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2004.07.28

アジアカップ中国2004

サッカーのアジアカップとは直接関係のない話の中で、ロサンジェルスに住む友人のブログに、こんな中国人の友人の言葉が紹介されていた。

「日本人は、ぼくは、わからないよ。
なぜ、原爆を忘れられるのか。わからないよ。
貿易? 防衛? そのほうが儲かるからか? 都合がいいからか? わからない。
ユダヤ人だって、中国人だって、ほら、韓国人も、昔のことを忘れたりしないよ」

そうか、これで最近のアジアカップについての一連の動きがつながった。

・ アジアカップの日本戦は中国・重慶で開催されている
・ 北京開催の中国戦でさえ空席が目立つのに、重慶での日本戦はなぜか満杯(動員か?)
・ オマーン戦、タイ戦での日本に対するブーイングがすごい
・ 日本サッカー協会は中国側に警備体制の強化を申し入れた
・ 重慶市は「会場で日本のファンが殴られたり、(反日の)横断幕がテレビ画面で流れたりして、中国の国際的イメージが悪くなる」ことを気に掛けて、日本戦に限りテレビでの生中継を中止した(つまり録画)
・ 重慶は大戦中、「重慶大爆撃」といわれる旧日本軍の度重なる空襲により多数の犠牲者を出した

つまり、「中国人は、昔のことを忘れたりしない」のである。
タイ戦の中継で、アナウンサーが「日本に対するブーイングがすごいですね」と水を向けると、お気楽な解説者は「それだけ日本が強くなったってことでしょう」と答えていた。違うって!!

政治とスポーツは別、という考え方もあるのかもしれないが、そんなきれいごとを信じているのは、もしかしたら日本人だけなのかもしれない。たしかに、原爆を落とされたのにアメリカに尻尾を振っている小泉首相の政治姿勢は、世界には理解されないだろうな〜。(健)

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2004.07.27

続・野中広務 差別と権力

日曜日の朝日新聞を開いて、ちょっとびっくりした。読書欄に、23日に当欄で紹介した「野中広務 差別と権力」の書評が載っていたからだ。しかも、評者は「コリアン世界の旅」の野村進である。

多少は期待して読んだのだが、正直がっかりした。当欄は「書評」ではなく「本の紹介」を旨としているので、斜め読みで書いてしまうことの方が多い。野村の書評は、その斜め読みの域を超えていないように思った。プロなんだから、もう少し真面目に仕事をして欲しい。だけど、「コリアン世界の旅」(講談社)は、それなりに面白いとだけは言っておこう。(健)

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2004.07.26

創価学会

島田裕巳「創価学会」(新潮社)

先の参院選挙で自民党が負けた。小泉首相が「自民党をぶっ壊す」という公約を実践したからだろうか? そうではないだろう。一番の理由は、自民党が創価学会におんぶに抱っこの選挙を戦ったからだ。

本来、政党というものは、自党の政策を掲げて選挙を戦うべきものであって、たとえ連立をしていようと、選挙は独自に戦うというのが本来の姿であろう。「選挙区は自民党、全国区は公明党」などというやり方は邪道である。

一選挙区2万人の学会票があり、そのすべてが自民党候補者に来るとなれば確かに心強い。しかし、創価学会の良し悪しは別として、好き嫌いは確実にある。極端な言い方をすれば、本来の自民党支持票の中で、創価学会は嫌だという票が1万票まるごと民主党にいけば、創価学会の2万票は相殺されてしまう。政治家というのは、概ね頭が悪いから、こういう単純な計算ができないのだ。

本書によれば、日本の中には、いくつかの巨大組織が存在するという。生協(2,000万人)、連合(730万人)などがそれだ。しかし、これらの組織には実態がなく、実質的にアクティブな活動をしている巨大組織は、実は創価学会だけなのだと指摘している。

創価学会の世帯数は821万世帯、会員数は1,748万人。日本の総人口の7人に1人は創価学会の会員である可能性があるらしい。

こうした人々が本気で不買運動を実施すれば、新聞社は経営が成り立たなくなる。だから、メディアは創価学会のスキャンダルは報道できないのだという説もある。確かに、Yahoo BBの個人情報漏洩の主犯格が元・創価学会幹部だったことを報道したのは、一部夕刊紙だけだったことも事実である。(健)

創価学会 (新潮新書)

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2004.07.24

続・読売不買運動のすすめ

開設当初、10〜20程度だったアクセス数が、ここにきて急に100を超えるようになった。どうやら、軽い気持ちで書いた「読売不買運動のすすめ」のおかげらしい。トラックバックも増えた。試しに、Googleで「読売 不買」で検索してみると、当ブログが4番目に表示される。

仕事柄、自社ホームページのページビューを上げるために、OvertureやらGoogleAdwordsに100万、200万という予算をかけているというのに、なにもしないでも上位に表示されるということが、なんだか不思議な気がする。

「不買運動」のイニシアティブを取る気はないが、だからといって逃げる気もない。せっかく訪問してくれる人のために、続編を書いておきたい。他のブログで知ったことだが、この動きがZAKZAKで紹介されている。そこでは、識者の声として「影響力という点では非常に低いですね。ネット上のアンケートなどでは圧倒的な数字が集まりますが、実際に新聞の購読をやめるかとなると、それほどでもない。・・・ネット上では騒いでいても、それがリアルの世界に反映することはほとんどない」とある。

確かにその通りかもしれない。私も含めて、不買を主張している人たちがもともと読売を購読していないらしいというのも弱みだ。ただ、こうした動きをZAKZAKが取り上げたというだけでも、ひとつの成果ではないか。小泉首相にしても、渡邊オーナーにしても、人の意見に耳を貸さない傲慢な人間が、国やら企業やらのトップにいることが我慢ならない。政治家は選挙で、企業トップは不買運動でチェックしていく習慣をつけていかなければ、この国は良くならないと思う。

ちなみに、渡邊オーナーはどうやら高校の大先輩らしい。こんな先輩を持ったために、街中を顔をあげて歩けないのが悲しい。(ホントか?)(健)

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2004.07.23

野中広務 差別と権力

魚住 昭「野中広務 差別と権力」(講談社)

往来堂書店。その本屋は不忍通りに面してひっそりとある。近頃では、この程度の規模の書店だと、週刊誌と漫画と文庫本と実用書、そして売れ筋の単行本が数冊というのが普通だ。けれども、ここは神田の大書店にも置いていないような本が揃っていたりして、なかなかユニークな品揃えになっている。

久しぶりに立ち寄って、まず目に付いたのが魚住昭「野中広務 差別と権力」。「読売不買運動のすすめ」の項で紹介した同じ著者の「渡邊恒雄 メディアと権力」が、なかなかの力作だったので、迷わず購入した。小泉との権力闘争に敗れ、当人にとっては甚だ不本意な形で引退に追い込まれた野中という政治家に関心があったということもある。

結論から言ってしまえば期待はずれということになる。前作にあった切れ味がどこにも感じられない。やはり「差別」というテーマが重すぎたのだろうか。当人もあとがきで次のように述べている。「部落差別というのは、中世以来の日本人の心の闇が凝縮してできた壁のようなものだ。その壁の厚さと高さは取材を始める前の予想をはるかに超えていた。私ごときの手に負える代物ではなかったのである」。一種の敗北宣言であろう。

ふと、子どものころ母が、「どこそこの肉屋は新平民だ」とつぶやいていたことを思い出した。差別の根は深い。そして、野中が総理候補に取り沙汰されたとき「野中のような部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」と発言したとされる麻生太郎のような政治家を、絶対に総理にしてはいけないと思った。(健)

野中広務 差別と権力

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2004.07.21

近くて遠い旅

先日の三連休、どこへ行こうか、ちょっと迷った。友人のブログには「明日から10日ほど、旅に出ます」とある。以前、フランスに行くとか聞いたような気がする。優雅だね~。そうだ、旅に出よう。30年間生まれ育った、ふるさとへ。

ふるさとは、すぐ近くにある。北区田端町、現在住んでいる千駄木から歩いて20分ほどの距離だ。30歳のとき、この街を離れてから20数年、ほとんど足を踏み入れていない。3年前に千葉から千駄木に越してきてからも、そこは近くて遠い街だ。

中学に進学するとき、公立ではなく私立を選んだ。以来、小学校の友人たちとはぷっつりと縁が切れてしまった。たまに街中で顔を合わせても、なんだかよそよそしい。西岸良平描くところのマンガ「三丁目の夕日 夕焼けの詩」の世界そのものだった小学生時代が、遠くかすんでいくような気がしたものだ。

街は想像していた以上にしょぼかった。すべてのサイズが、子供のとき感じていたものより小さく見えた。道幅は狭く神社やお寺の境内も狭かった。メインの商店街は、30年以上前に造られたアーケードが、古びてそのままに残っている。空き地やシャッターの閉まった店も少なくない。街全体がくすんで見える。

薬局がある。確かY君の家だ。彼は一人っ子だったから、家を継いだのかもしれない。M君の洋品店は看板はそのままにシャッターが閉まっており、2階の雨戸も閉じたままだ。坂の途中にH君の表札が残っていた。家は建て直されているから、兄弟のうちどちらかが継いだのだろう。そのままずっとここで暮らしている人たちがいる。なんだか不思議な気がした。

こうして、わずか1時間足らずのセンチメンタル・ジャーニーは終わった。(健)

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2004.07.20

「曽我さん一家の帰国」報道に思う

久しぶりの三連休だというのに、相変わらずテレビがつまらない。しかも今回は、数少ないお気に入り番組のひとつであるニュース番組を「曽我さん一家の帰国」にジャックされてしまった。「それでは帰国までの動きをダイジェストで・・・」。もしもし、それって、もう5、6回見てるんですけど・・・。

曽我さん一家の帰国を報じるのはいい。しかし、曽我さんたちの一挙手一投足をここまで報じる必要があるのだろうか? 例えば、入院予定の病院前に待機していて、バスの中の曽我さん夫婦を撮影する。これって盗撮じゃないの? これでは、プライバシーも何もあったものではない。ただでさえ、彼女たちはきつい状況を強いられているのだから、もう少しそっとしておいてあげればいいと思う。

もうひとつ。まだ拉致問題が未解決の横田さん夫妻や、有本さん夫妻のコメントが、この場面で必要だろうか。「帰国が実現して、よかったですね」。こんな、テレビ向きのよそゆきのコメントに、いったいどれだけの価値があるのだろうか。それ以前に、取材される側の気持ちをまったく無視した、傍若無人な報道姿勢に腹が立つ。

10数年間の無策で、大相撲やプロ野球がダメになってしまったように、テレビも近々崩壊すると思う。いや、すでに崩壊しているのに、当事者たちが気が付いていないだけだ。小林信彦「テレビの黄金時代」(文芸春秋)を読んでいて、つくづくそう思った。(健)

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2004.07.16

人生いろいろ

参院選挙で自民党が負けた。おおかたのマスコミは「敗因は、年金問題やイラク多国籍軍参加問題」などと分析しているが、果たしてそうだろうか? 日本の選挙では、政策で風向きが大きく変わることはあんまりないんだよね。

敗因はただひとつ、小泉首相の「人生いろいろ」発言に尽きると思う。あ、こいつは物事を(年金だけでなく)真面目に考えていないな、ということを世間に一瞬のうちに知らしめてしまった。だから、従来ならプラスに働くはずだった「曽我さんの家族再会」の前倒しも、あざとさが透けて見えて逆効果になってしまった。

小泉首相の「人生いろいろ」発言は、将来、政権交代の遠因になった言葉として、吉田茂の「バカヤロー解散」などとともに、長く歴史に残るのではないか。本家の島倉千代子もいい迷惑だろう。

人間は長く権力の座にいると、おごりからつい失言をしがちだ。巨人・渡邊オーナーの「無礼な。たかが選手が・・・」発言なども同類。おいおい、「たかが選手が」って、選手がいなけりゃプロ野球は成り立たないじゃん。「たかが」という言葉は「たかが一球団のオーナーごときが・・・」のように使うのが正解。渡邊クン、新聞社のトップでもあるんだから、言葉遣いは正確に!(健)

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2004.07.13

読売不買運動のすすめ

プロ野球をライブで見なくなって久しい。球場に足を運ぶことはもちろん、いまではテレビ中継さえまったく見なくなった。他のスポーツの結果が知りたくて、やむを得ずスポーツニュースで見せられてしまうというのが実情だ。かつては、巨人戦の実況中継が見たくて、早帰りしていた頃もあったというのに・・・

プロ野球は、もう10年以上も前から、何とかしなければ大変なことになると言われてきた。何とかしなかったから、今、大変なことになっているわけで、まあ自業自得といえる。ただ、ファン無視で1リーグ制に突っ走る巨人の渡邊オーナーには腹が立つし、「無礼な。たかが選手が・・・」などと言われている選手会もかわいそうだ。かといって、選手会のストライキという戦術はあまり有効ではないような気がする。

もう20年以上前の話になるが、1980年に長嶋監督が巨人を解任されたとき、長島ファンの不買運動で読売新聞は大きく部数を減らした。新聞社の経営はそれほど磐石ではない。販売部数が100万部単位で減少すれば販売収入が減り、結果として広告料金も値下げせざるを得ず、ダブルパンチになる。特に、クオリティーペーパーというわけではなく、販売部数だけが頼りの読売には大きな打撃だ。近鉄合併や1リーグ制に反対するプロ野球ファンには、ぜひ「読売不買運動」をおすすめする。

すでに、他のブログや掲示板などでも「読売不買運動」は深く静かに進行しているようなので、この運動がさらに大きなうねりになれば、状況も多少変わるかもしれない。なお、渡邊オーナーの実像に迫りたい人には、魚住昭「渡邊恒雄 メディアと権力」(講談社文庫)がおすすめ。悪い奴なんだなこれが・・・(健)

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百選の棚田を歩く

中島峰広「百選の棚田を歩く」(古今書院)

この5月、高校時代の恩師・中島峰広先生から本をいただいた。5月にいただいた本の紹介にしては遅きに失する感があるが、当時はまだこのブログを開設していなかったのだから、その点はご容赦いただきたい。

中島先生は、我々にとっては高校の地理の先生に過ぎないけれど、その後、早稲田大学の教授を長く務め、この春めでたく退官した際には、棚田の権威として朝日新聞の「ひと」欄で紹介されたほどの、実はえら〜い先生なのであった。

1999年、農水省は「日本の棚田百選」を認定した。117市町村の134地区が選ばれているのだが、同書で取り上げているのは選外の2地区を含めた45市町村48カ所の棚田である。先生は、ここで取り上げたのは少なくとも2回以上訪ねた地区であり、ベスト48を意味するものではないと断りながら次のように述べている。

「すでに134か所の棚田百選をすべて訪ね歩いているが、一度歩いただけで書けるところは限られている。そのため、今回は45市町村の棚田を紹介するに留めたが、残された地区についてはこれから果たさなければならない仕事と思っている」

なお、中島先生はNPO法人・棚田ネットワークの代表を務めている。(健)

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2004.07.07

書く技術

森脇逸男「新版・書く技術 なにを、どう文章にするか」(創元社)

ブログを始めてみて、改めて、書くこと、ひいては書きつづけることの難しさを感じている。特に、毎日というのは結構きつい。そんなとき雑学倶楽部の大先輩・森脇逸男さんから上記の本をいただいた。同書は1995年に初版が出ており、このほど大幅に書き改めて新版として上梓されたものだ。

森脇さんは1954年読売新聞社入社、74年6月から論説委員として6年5ヵ月間にわたり、読売新聞の一面コラム「編集手帳」を執筆した文章のプロである。何百万という部数の一面コラムを毎日書きつづけるというのは、どれほどのプレッシャーなのか想像もつかない。著者は、同書の中で「『よく毎日書けるね』と人に言われる度に『書くことがあれば簡単だが、年に何度か何もなくて脂汗を流す』と答えていました」と記している。

この本は、「文章を書きたいけれど書けない人」のために編まれたもので、豊富な例文と解説により、「文章以前」から「達意の文章」にいたるまで、段階を踏んで的確なアドバイスを送ってくれる。あとは実際に書いてみるっきゃない?(健)

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2004.07.06

まずはゆでる!

城川 朝「もっと野菜が食べたいから まずはゆでる!」(NHK出版)

一人暮らしを始めるにあたって心がけたことは、飲み会以外のときの夕食は外食しないということ。一年半たった今もそれは変わっていない。近所に松屋なんかもあるけれど、なるべくバランスのよい食事を摂りたいと思っている。特に野菜。冬は楽なんだよね~、鍋物ですべてが解決するから。

困るのは夏。野菜は生のままだとすぐに傷んで無駄が出やすい。そんなときに購入したのがこの本だ。「まずはゆでる!」。いいじゃないか、タイトルが気に入った。ゆでておけば保存がきくし、冷凍も可能だ。著者の城川朝は、スチュワーデス(今はキャビンアテンダントとかいうんだよね、たしか)として勤務後、10年以上アメリカで生活し、帰国後、料理・菓子教室を主宰している。

以下に著者が勧める野菜を列挙する。ついでにゆで時間も。

キャベツ(30秒)、じゃがいも(10〜12分)、小松菜(15秒)、ほうれんそう(10秒)、菜の花(25秒)、チンゲンサイ(10秒)、ごぼう(電子レンジで4分)、れんこん(5分)、かぼちゃ(電子レンジで6分)、白菜(30秒)、大根(15〜20分)、里芋(10〜15分)、ブロッコリ(20秒)

いまさら、野菜のゆで時間なんて人に聞けないし、これは重宝しました、本当に。(健)

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2004.07.05

ぼくたちの七〇年代

高平哲郎「ぼくたちの七〇年代」(晶文社) 

この本は、1970年代に特化した回想録である。ある意味では、高平哲郎の自伝といってもいいかもしれない。70年代に起こったあんなこと、こんなことの舞台裏が「ああそういうことになっていたのか」と分かる仕組みになっている。

義兄のコネで、すでに学生時代から「晶文社」嘱託という恵まれた環境にいたとはいえ、同じ世代にもかかわらず、こちらはサブカルチャーを享受する側、高平は送り手側にいたということに、少なからず驚かされる。

著者は、「宝島」編集長にはじまりタモリの「今夜は最高!」の構成作家にいたるまで、出版社嘱託、広告代理店社員、編集者、インタビュアー、イベント・プロデューサー、構成作家とさまざまな立場で、70年代のサブカルチャーに関わっていく。植草甚一をはじめ、赤塚不二夫、滝大作、浅井慎平、山下洋輔、タモリ、景山民夫らとの多彩な交遊が、結果として多様なサブカルチャーを生み出していくというあたりが、高平の真骨頂といえるだろう。

南伸坊の「若い頃さぁ、五十過ぎた人はみんな大人だと思っていたじゃない。それが、自分が五十過ぎてみて、あの人たちも本当は大人じゃなかったってことに気が付いたんだよね」や、奥成達の「遊びの時くらい、真面目にやれ!」といったセリフに妙に共感を覚えた。

なお、1970年前後については「インターネットで時代を読む」に詳しい。(健)

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2004.07.01

東京 五つ星の手みやげ

岸 朝子「東京 五つ星の手みやげ」 (東京書籍)

帯をみると「会社に、自宅に、必備の一冊」とある。会社生活の中で接待は必要悪として存在しているが、特に呼ばれた場合には必須である手土産には頭を痛めるものである。適当な値段で、嵩張らず、重くもないといった手土産の条件に沿って考えるとなかなか便利な本である。出版されてすぐ私の会社の秘書や庶務の女性陣の机にこの本が何冊か置かれていたのには驚いた。隠れたベスト・セラーなのだろう。

「江戸開府400年と歴史は古い東京ですが、親子代々の江戸っ子は少なく、故郷は北海道から沖縄まで日本各地という土地柄です。加えて関東大震災で江戸は消え、第二次世界大戦で東京は消滅。平成バブル崩壊ですがたを消した店も多く、東京の手土産として誇れる味は少なくなりました。」と岸朝子は言う。

加えて言えば、デパ地下に行けば東京だけでなく、全国いや全世界の名店があるといって過言ではない状況は、良いことやら悪いことやら。

とはいえ、上野鈴本の帰りに「うさぎや」に寄って家人にどらやきでも買って帰るかというのもなかなか良いものである。 (正)

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