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2004.08.16

私生活の「真実」

高橋源一郎『私生活』(集英社インターナショナル)の帯に、こうあった。「これを書いている間、二度結婚し、二度離婚した。死ぬかと思った。 高橋源一郎」。

このタイトル、このキャッチ・コピー。作家の私生活のスキャンダルに対する読者の好奇心を呼び起こし、それによって本を手に取らそうとするミエミエの本づくり。

その誘いにうかうかと乗ってレジへ本を差し出してしまった以上、著者や編集者が意図するように読んでみようじゃありませんか。

といっって、週刊誌や『噂の真相』(だったか?)で報じられたような「事実」が書かれているわけでないことは、レジへ行く前にぱらぱらと本をめくったときから分かっている。もとは、月刊『PLAYBOY』に「真夜中だからお茶会にしよう」というタイトルで連載された、私生活を題材にしたエッセーだ。

まず作家は、序文「作家の『私生活』」や、章の頭につけられたコメント「××に引っ越した理由」で、ある程度の「事実」を明らかにして読者の好奇心に応えつつ(ここまでは教えてあげるけどね)、実は作家の書くものは虚実皮膜の間にあって、「ほんとう」なんかどこにもないんだよと煙幕を張っている。

作者は永井荷風の『断腸亭日乗』を引き合いに出しているが、作家の書くものが、それがどんな「事実」であれ「日記」であれ、フィクションと考えるほうがいいことは言うまでもない。でも、その一方で、僕の読者としての経験からいえば、作家という生き物はあきれるくらい「真実」しか書けない(「事実」ではない)悲しい性をもった動物でもあるんだなあ。

で、僕のアンテナがぴくりとしたのは、「桜色の女」というエッセーでしたね。

「桜色の女」は、マキというキャバクラの女と箱根の旅館へ行った、というお話。このエッセーは、それまでとはがらりと変わって、いかにも小説めいた文体で書かれている。情痴小説とでも言ったらいいのか。これは読者サービスのためのフィクションなんですよ、という信号を全身から発している。

でも、これはお話ですよという信号の背後から、作家が女に出会い、惚れて、のめり込んでいく瞬間の感情が否応なく顔を出している、と感じられる。

このエッセーには「真実」の核があるな、と僕は感じた。僕は週刊誌も『噂の真相』も読んでないから、よく知らないが、「事実」のレベルでいえば、「二度目の離婚」の引き金となった出来事なんだろうか。(雄)

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