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2004.08.10

Re:ブログの可能性

友人のブログからトラックバックがきた。題して「ブログの可能性」(トラックバック参照)。

8年前、インターネットに参入したとき、もちろんブログなどはなかった。それでも、インターネットに大きな可能性を感じたものだ。ネットの原点は「情報の共有」にあるけれど、ホームページの登場によって、個人が比較的気軽に「情報の発信」ができるようになったからだ。それまで「情報の発信」は、ある程度の資金や、組織がなければなかなか困難だった。

あれから8年。ネット界の流れは速い。「ブログ」の登場で、ネット界の動きは、さらに加速されるに違いない。経験者なら分かると思うけれど、ホームページを維持・管理、更新していくのは、結構手間暇がかかるのだ。途中で挫折してしまう人も少なくない。ブログは、そんなホームページの短所を、軽々と超えてしまったかのようにみえる。友人の言う「一人新聞」や「一人雑誌」的な役割は、ホームページよりブログの方が、はるかに向いていると思う。

友人曰く。

「そんな『一人新聞』や『一人雑誌』がテーマに応じてネットワークを組むことで、時にはマス・メディア以上の力を発揮することができるかもしれない。情報流通のスピードに関しては、ネットは十分にテレビに対抗できる同時性を持っていると思う」

ブログを始めて一カ月半の間に、アクセス数的には3つほどの山があった。ひとつは「読売不買運動のすすめ」、ふたつ目は「野中広務 差別と権力」、みっつ目が現在の「中国人サポーター」である。それぞれ、数日にわたって一日100~200のアクセスがあった。

別に受けを狙ったわけではなく、たまたま関心があることを書いただけだ。思うに、ブログに関心があるような人々は、新聞やテレビなど既製のメディアの、いわゆる「客観報道」に飽き飽きしているのではないか。だから、多様な見解を求めてブログサーフィンをしているのだと思う。

ただ、そうなると当方はちょっと冷や汗ものだ。酔った勢いでエイヤッと書いたものが多く、それほどたくさんの読者を想定していなかったからだ。自戒、自戒。

友人、さらに曰く。

「主張のはっきりした『一人新聞』『一人雑誌』がゆるやかにネットワークを組むことで、『客観報道』ではない個性あるジャーナリズムをつくれるかもしれない」

同感である。(健)

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