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2005.02.08

安心のファシズムーー支配されたがる人びと

斉藤貴男「安心のファシズム−−支配されたがる人びと」(岩波新書)

遅ればせながら斎藤貴男「安心のファシズム」を読んだ。内容については、すでに昨年の10月、友人の(雄)氏が、「ケータイと監視カメラの未来」で取り上げているので、ここで詳しくは触れない。

ただ、ちょっと面白いなと思ったのは、「自己責任」のテーマの中で、「成人病」が「生活習慣病」に名前が変わって以来、医療費の自己負担が増大したという以下の記述である。

<九〇年代半ばになると、福祉や教育、健康の領域でも「自己責任」が登場した。公共サービスにばかり頼らず、国民一人ひとりが自らの責任において自らや家族を扶(たす)けるべしというのである>

<糖尿病など従来は「成人病」(adult disease)と呼ばれていた疾病が、九六年に厚生大臣の諮問機関である厚生衛生審議会成人病難病対策部会の提言で、患者本人の責任を前面に押し出した「生活習慣病」(lifestyle related disease)と言い改められ、以来、医療費の自己負担分が増加してきたことも記憶に新しい>

従来、加齢が原因とされてきたガン・心臓病・脳卒中などのいわゆる「成人病」は、ある日突然、誤った食事の取り方、運動不足、心身休息の不十分など、日常生活の悪習慣が原因の「生活習慣病」だということになってしまったのである。

「生活習慣が悪い」と言われれば、誰しも思い当たるところがあり、表立って反論はしにくい。だけど一律に、「生活習慣が悪い」、つまり発病は「自己責任」だから、医療費も自分で負担してね、というのはいかがなものか。

これは、国による「福祉切り捨て」を隠蔽するための屁理屈ではないかという気がしてならない。なにせこの提言が出された時の厚生大臣は、弱者切り捨て、弱肉強食を推進するあの小泉純一郎だからだ。

なんだかんだ屁理屈をつけては、福祉や弱者を切り捨てていく彼の手法は、すでにこの頃から発揮されていたというわけだ。「郵政民営化」など誰も望んでいないのに、ひとり闇雲に推し進めようとしているのも、絶対に何か裏があると考えた方がいい。

よく調べてみると、小泉内閣の下では、医療や年金だけでなく、雇用保険なんかも結構「改悪」されているからね。それでも人々は声を挙げない。

<騙されつつ、しかし多くの人々は自らの置かれた立場にどこか感づいている。積もり積もった不満や不安を、だからといって権力を有する元凶にぶつければ報復が怖い。より立場の弱い人々に八つ当たりし、あるいは差別の牙を剥いて、内心の安定を図るようになっていく>

一連のイラク人質事件の被害者やその家族に対する異常なまでのバッシングは記憶に新しい。“支配されたがる人びと”による“安心のファシズム”とやらが深く静かに進行しているということなのだろうか。(健)

安心のファシズム―支配されたがる人びと (岩波新書)

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