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2006.06.27

詩のちから

最近、生活に余裕がないなと、つくづく思う。
余裕というより、ゆとりとか、潤いといった方が近いかもしれない。

本屋で、ふと目に入った「現代詩手帖」という雑誌を手に取った。
詩の本を手に取るなんて、ずいぶん久しぶりのような気がする。

目次にチラッと目を通しても、
知っている名前はほとんどない。

最近の詩人がどんな詩を書いているのか興味はあったが、
買わずに店を出た。

一昔前だったら、絶対に買っていたと思う。
やはり、ゆとりが欠如しているのかもしれない。

帰宅して、本棚の奥から、一冊の詩集を取り出した。
大宅歩「ある永遠の序奏」(南北社)、読むと元気が出る。

大宅歩は、大宅壮一の一人息子で、
中学時代のラグビーのけががもとで、
常に死の影におびえながら、1966年に33歳で夭折している。


    『ある小さな永遠の序奏のために』 大宅 歩

永遠というさだかな 想いを
いつも 心の波間に 浮かべることのできる
そんな 小っぽけな 詩が
たった一つでもいい 書けたならば
私の人生は ただ それだけのために
どんな 孤独を 味わおうと かまやしないんだ

ひとの世なんて だけど 
そんな幼い祈りに似た 決意だけが
意味のない 永遠を 心に感じさせるんだ
だからこそ 書けもせず うたえもせずに
こうして 今宵も 暗い想いの上に 漂流って
生きながらえて いるのじゃないか

「ほら そこに
 白雲が
 とんでいるよ
 この星の夜空に
 白い花びら
 みたいにね」

こんな 何の変哲もない 自分の ことばを
はるかに くりかえし 凝視めながら
小さく微笑んで 生きてゆくのが
はてしない 永遠の道なんだ
「ねえ、君、
黙って 生きてゆこうよ」


若い頃、落ち込んでいるときに、この詩を読むと、
「そうだな、もう少し生きてみるか」という気になったものだ。

そうさ、人生捨てたもんじゃないぞ。
もう少し生きてみるか・・・

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