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2007.10.05

マスコミは司法ではない

1956年、出版社系として初めて
新潮社が「週刊新潮」を創刊した。

以後、1959年ぐらいまでに続々と
週刊女性、週刊文春など主だった週刊誌が誕生する。

一方、テレビは1953年にNHKの放送が開始され、
1959年、皇太子の結婚を機に急速に一般に普及しはじめる。

逆に言えば、それ以前には(約50年前なんだけど)、
週刊誌もテレビもなかったということになる。

それまでは、生活にいっぱいいっぱいで、
娯楽にまで手が回らなかったということもできるだろう。

週刊誌やテレビがなければ、
政治家も、芸能人も、スポーツ関係者も安穏としていられた。

現在のように、朝から晩まで、
記者やリポーターに追い回されることもなかったからだ。

週刊誌やテレビは、一種のハコモノだから、
常に、何か収容するものを求めている。

新しいネタがなければ、ニーズとは関係なく、
連日、「サッチー」ネタや「梅宮アンナ」ネタを垂れ流すことになる。

だから、たいした事件ではなくても、
いつの間にかおおごとになっていくのである。

現在は、さらにインターネットも加わって、
事件の当事者たちの運命をもてあそんでいる。

私は、公人である政治家はともかく、
芸能人や、スポーツ関係者、ましてや一般人を、マスコミの都合だけで必要以上に追い回すことにある種の危惧を感じている。

テレビや週刊誌がなければ、三浦和義や林眞須美らの人生も
おそらく違ったものになっていただろう。

マスコミは司法ではない。
いたずらに人を裁くのはいかがなものか。

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コメント

はじめまして。
和歌山カレー事件が冤罪だと思い、そのことを広めるブログをこのたび始めた者です。

>テレビや週刊誌がなければ、三浦和義や林眞須美らの人生も
おそらく違ったものになっていただろう。
マスコミは司法ではない。
いたずらに人を裁くのはいかがなものか。

http://d.hatena.ne.jp/ken-kataoka/20080304#1205198577でもかるく述べていますが、この事件の実態は、事件当時に報じられたイメージとかなり違います。
和歌山カレー事件は、まさにマスコミがイタズラに人を裁いた事件です。 .

今後もカレー事件にご関心を持って頂ければ幸いです。
どうかよろしくお願い致しますm(_ _)m

投稿: ken-kataoka | 2008.03.13 17:22

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