2010.12.23

カレンダーは可憐だ

Cal

私は定年ものの本を読まないので、よく分からないが、
名刺がない、定期がない、と吉幾三的なことが・・・

最近、分かったことだが、現役を離れると
カレンダーが手に入らないことに気がついた。

カレンダーってこの60数年間買ったことないし、
仕方が無いので昔の同僚に電話を入れた。

「たまには飲まんかね?
ま、ホントはカレンダーが欲しいんだけど」

同僚は優しいので、それなりのカレンダーを
2,3本用意してくれた。

貰っておいて悪いんだけど、こじゃれたカレンダーは
意外に使い勝手が悪いことに気づいた。

多少ダサくても、数字が大きくて見やすいほうが
使いやすい。そっちの方は知人にあげた(泣)。

先日、そういうダサくて使いやすいカレンダーは
百円ショップで売っていることを知った。

来年は、そこで買おう。

| | コメント (2)

2009.03.03

年寄りばかり集まってどうする

団子坂下の交差点で信号待ちをしていたら、
「老人大学」という旗を先頭に20数人の団体が歩いてきた。

う~ん、「老人大学」というネーミングはいかがなものか。
こういう旗の下にはせ参じる人の気持ちが理解できない。

私は以前「シニア・ナビ」というサイトを立ち上げたが、
ホントはシニアとか中高年とか老人という言葉は好きではない。

いまさら「青春とは・・・心の持ちかたを言う」(※)とは言わない。
だけど、進んで自らを老人と規定しようとは思わない。

私が参加する雑学倶楽部の平均年齢は60歳超だが、
これはあくまで平均であって30代、40代、50代の会員もいる。

年寄りばかり集まってどうする?
たしかに気楽かもしれないが、そこに未来はない。


※サムエル・ウルマン「青春」より

青春とは人生のある期間ではなく、
心の持ちかたを言う。(略)

ときには、二〇歳の青年よりも
六〇歳の人に青春がある。

年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うとき初めて老いる。(略)

| | コメント (0)

2009.01.27

年金生活者への道

ずっと無気力状態が続いていて、
いろんな手続きを先送りにしてきた。

まあ、最後に勤めた編集プロダクションがずさんで、
なかなか必要書類が揃わなかったこともあるんだけど・・・

昨年7月から受給資格がある年金もそのひとつだ。
先日ようやく、巣鴨の社会保険センターで年金申請をしてきた。

とうとう年金生活者の仲間入りである。
もちろん、年金だけじゃ生活できないんだけどね。

でも、僕らの世代は貰えるだけ幸せなのかもしれない。

| | コメント (1)

2008.06.20

名刺がない!

シニア向けサイトを運営していたとき、
「定年になると名刺がないのが困る」という話を聞いた。

実際、ちょっと申し訳なさそうに、
「定年で名刺がありません」というセリフを何度か耳にした。

そんなとき、名刺なんて勝手に作ればいいのに、
何を悩んでいるんだろう、と思った記憶がある。

本好きな人は「文芸評論家」、映画好きは「映画評論家」、
音楽好きは「音楽評論家」、カメラ好きは「カメラマン」。

肩書きなんてなんだっていい。
パソコンでサクッと作ってしまえばいいのである。

今度は自分の番が回ってきた。
20日で退職してしまうと土曜日以降は「名刺がない!」ってか?

昨日、まだちょっと早いけれど、
フラインングで名刺を作った。

肩書きは何にしよう・・・若いころは
「青年失業家」を自称していたけれど、今はそうもいかない。

「アルコール評論家」でもいいし、
ちょっとまじめに「雑学倶楽部」運営委員でもいい。

どうせなら自分のサイトの宣伝をしようと、
最終的に「ブック・ナビ」主宰という肩書きに落ち着いた。

社内で「ちょっと早いけど」と配ったら受けた。
行きつけの「しゃれこうべ」でも数枚配った。

別に、名刺に頼る必要もないけれど、
無いことがストレスなら適当に作ればいいんじゃないか。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.01.30

自己流「おひとりさまの老後」

まもなく1月も終わる。
定年まで、あと2ヵ月になった。

高校時代の同期の連中は、
すでにリタイアしているものも少なくない。

だけど毎日が日曜日って退屈じゃないかな。
駄洒落を聞いてくれる人もいなくなるし。

わたしのような独り者は、
一週間だれとも口をきかないなんて可能性もある。

以前読んだ「定年後の自分革命」で、野末陳平は、
定年後は「ないないづくし」だと書いている。

・眠れない
・朝起きても行くところがない
・小遣いが十分にない
・定期券がない
・名刺がない
・地元に知り合いがいない
・家庭に居場所がない

そこで、4月以降も継続勤務することに決めた。
ただし週4日勤務ということで・・・

月・火・休・木・金・休・休という勤務体制は、
年収は大幅ダウンになるけれど、なかなかに魅力的だ。

「ないないづくし」は解消されるし、
少ないとはいえ給料も出るわけだからね。

ギャンブルをやめ、飲み会を(多少)減らし、
本はなるべく図書館を利用する。

こうすれば、支出は大幅に減らすことができる。
映画館だって60歳以上は1000円だぞ!

今は、早く定年がやってこないかと
心待ちにしている。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.12.12

「定年うつ病」というのがあるらしい

来年3月、定年を迎える。
その日が近づくにつれて、なんとなく落ち着かなくなる。

とかく、定年前後には精神的に不安定になり、
悪くすると「定年うつ病」になる可能性もあるらしい。

自分では、こういうものとは無縁だと思い込んでいたが、
最近、なんとなく疲れやすいし、集中力が低下している。

一般的に、うつ病になると、こんな症状が現れるという。

 気分が落ち込む。
 自信がなくなる。
 集中力や判断力、思考力が低下する。 
 悲観的で自責的な考え方になる。 
 気力がなくなる。
 会社に行くのがおっくうになる。
 仕事がいやになる。
 楽しいと感じることがなくなり、興味が起きない。 
 イライラする。 
 怒りっぽい。
 今したことをすぐ忘れる。

う~ん、いくつかあてはまるような気がするな。
先週「退職者説明会」を受けてから、特に顕著だ。

まあ、この状態を吹き飛ばすには、
飲んで、飲んで、飲みまくるしかないか・・・

要するに、愚痴を聞いてくれる人がほしいんだよね。
早速、年末のタイトな日程に、新たに2件の飲み会を入れた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.15

Long Vacation

「玄冬真っ盛り」の項で書いたように、
1976年、堺屋太一の小説から「団塊の世代」は生まれた。

奇しくも、同年に城山三郎が「毎日が日曜日」を書いている。
この言葉は、いつしか定年の代名詞になった。

小説の題名から新語が生まれる。
まだまだ活字の力が強かった時代があったのだ。

そうして、「団塊の世代」が
まもなく「毎日が日曜日」を迎えようとしている。

Googleで「毎日が日曜日」を検索すると、
定年を迎えた人たちのブログがたくさん表示される。

つまり、この言葉は
あまりに手垢がつきすぎている。

さて、「団塊の世代」はどうするか。
わたしは「Long Vacation」を推奨したい。
長い、長いお休み・・・

人によってはキムタクのドラマを連想するかもしれないが、
我々の世代には「ヴァケーション」といえば
「V・A・C・A・T・I・O・N」の弘田三枝子でしょう・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005.12.14

玄冬真っ盛り

青春、朱夏、白秋、そして玄冬・・・

「青春真っ盛り」という言葉はあるが、
「玄冬真っ盛り」という言葉はない。

だけど、あってもいいんじゃないか。
「団塊の世代」が今まさに「玄冬真っ盛り」なのだから。

言葉というものは、
なければ創ればいいだけの話である。

言葉もまた生き物だから、
生まれては死んでいく。

生まれたばかりの言葉は「新語」と呼ばれ、
死んだ言葉は「死語」と呼ばれる。

「超ムカツク」とか「ウザい」などはまだ新語の部類で、
「イカす」とか「ナウい」などはすでに死語になっている。

言葉にも寿命があり、
短命の言葉もあれば、長寿の言葉もある。

「団塊の世代」という言葉は、
1976年、堺屋太一の同名の小説から生まれた。
だから現在は29歳ということになる。

この世代は、それ以前の約30年間、
「ベビーブーム世代」と呼ばれていたのだが、
この時点で、この呼び名はほとんど死語になってしまった。

そして、2007年には
この世代が定年を迎えはじめる、しかも大量に。

一部では、技術者の大量減少を憂えて、
「2007年問題」などと呼んでいる。

しかし、それ以前に、数百万人といわれる「玄冬真っ盛り」な人たちが
 ・年金支給の先送り
 ・定年延長、再雇用でも年収300万~400万円程度
という環境に置かれることの方が大問題ではないだろうか?

かくいうわたしも、あと2年で定年を迎える。
何か始めなければ・・・

というわけで、来年、新しいサイトを立ち上げる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.06.22

還暦なんて知らないよ!

週末に高校時代のクラス会がある。

飲み仲間の作曲家が
「友人の還暦祝いがあるから出席できない」という。

う~ん、還暦かあ・・・

これまで自分には無縁のものと思っていた言葉が
妙に現実味を帯びてせまってきた。
あと、2年半で自分も還暦を迎える。

人生50年時代の還暦と
人生80年時代の還暦とでは
大きな違いがあるはずだ。

いや、全く意味が違うと言ってもいい。

人生50年時代には
還暦を迎える人はごくわずかだったはずだが、
80年時代ではまだ人生の四分の三を消化したに過ぎない。
あと20年も残っているではないか(ま、15年でもいいが・・・)。

還暦=定年ということであれば、
人々は、あと20年何をして過ごすのだろう?

還暦を迎えても、まだ親が健在という人が多い。
仕事を離れても、
今度は親の介護が待っているというケースも少なくない。
現代にはハッピーリタイヤなんてないんだ。

幸か不幸か、自分には世話を焼くべき両親はすでにない。
幸いにもバツイチである。
還暦なんて知らないよ!
好き放題生きるぞ~~!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)