2017年2月18日 (土)

「ヒマ道楽」坪内稔典

Hima_tubouchi

坪内稔典 著
岩波書店(224p)2016.12.10
2,052円

団塊の世代である私はフルタイムの仕事を卒業して4年。多少の仕事は有るものの、ボランティア活動、街道歩き、陶芸、読書、ジャズといった趣味で日々を過ごしている。モノ忘れを補う適度な緊張とゆるく流れる時間の混在した生活を楽しみながら、ある日、散歩の途中で「ほんとうはヒマなクセに。お忙しいアナタに 現代ストレス解消法!」というサブ・タイトルに惹かれて本書を手にした。

著者の坪内稔典は1944年生れ。学生時代から俳句を作り続け、近代日本文学、特に正岡子規の研究者となって詩歌を研究してきた人。本書は産経新聞大阪本社版に連載していた「モーロクのススメ」という2013年から2016年のコラムからの抜粋であり、フルタイムの仕事を卒業して二年目の72才である。「金を稼ぐ本職」から離れ、時間の制約からは解き放たれた生活による人生のリズムの変化期におけるエッセイである。

» 続きを読む

| | コメント (0)

「彼女のひたむきな12カ月」アンヌ・ヴィアゼムスキー

Kanojyono_anne

アンヌ・ヴィアゼムスキー 著
DU BOOKS(332p)2016.7.21
2,592円

神田の東京堂書店で新刊の棚を見ていたとき、文学書のコーナーでアンヌ・ヴィアゼムスキーという名前を目にしてぴんときた。そういえば彼女、女優をやめた後、小説家として有名になったんじゃなかったっけ? 帯にはこうあった。「ゴダールに恋した青春の日々。19歳のアンヌの葛藤と成長を描く、自伝的小説」

学生時代に新宿のアートシアターで見た『中国女』(1967)の一シーンを思い出した。三白眼の大きな目。キュートに尖った唇。肩にかかる茶髪をたくしこんだ中国の人民帽みたいな帽子に、やはり人民服のようなシャツ。赤い毛沢東語録を持って拳を振り上げている。中国文化大革命の紅衛兵に倣った女子学生。実際、このとき19歳のアンヌ・ヴィアゼムスキーはパリ大学ナンテール校で哲学を学ぶ学生だった。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2017年1月17日 (火)

「住友銀行秘史」國重惇史

Sumitomo_kunisige

國重惇史 著
講談社(472p)2016.10.5
1,944円

「イトマン事件」といえば、戦後最大の経済事件として知られる。バブル末期の1990年代、この時代を象徴するように土地取引と絵画取引を巡って数千億の金が闇に消えた。都市銀行と商社の幹部、バブル紳士、闇世界とつながるフィクサー、政治家が主役脇役として入り乱れ、戦後日本経済の不透明な部分が露出した事件だった。

著者の國重惇史は元住友銀行取締役。この事件は大蔵省への「内部告発」と新聞報道によって明るみに出たが、これらはすべて著者の手で工作されたことがこの本で初めて明かされた。当時の著者のメモをもとに、「住銀の天皇」磯田一郎元会長以下、すべて実名で事件の推移が描かれる。ベストセラーになるのも当然かもしれない。

もっとも評者は経済にも事件にも疎い。専門知識もない。ただの野次馬として、読んで感じたことを記してみることにする。

» 続きを読む

| | コメント (0)

「夢みる教養 – 文系女性のための知的生き方史」小平麻衣子

Yumemiru_odaira

小平麻衣子 著
河出書房新社(208p)2016.09.13
1,620円

「夢みる教養」というタイトルと「女はいつも文化のお客様」という帯のキャッチコピーが気になって本書を手にした。しかし、それらの柔らかな表現とは裏腹に著者小平の厳しい視点の分析が繰り広げられている。大正から現代に至る期間で、女性が学問を志すことへの制約と男たちの排他的な言説が女性の学問意欲をいかに削いできたかを示し、その結果女性にとって「教養=実現しない夢」となってしまってきた歴史を緻密に描き出している。小平は昭和43年(1968年)生れ、慶應大学文学部に学び、現在同校文学部教授。近代文学におけるジェンダーについての研究をしてきたので、本書はまさに彼女の専門のど真ん中と言える。

小平は「教養」とは、深い知識を前提とした物事に対する理解力や創造力であり、古今東西の文学・宗教・哲学などの幅広い読書を通して、自己の人格を高めることとしている。しかし、「役に立たないが生活を豊かにする知識」とか「だれでも知っているべき一般常識」といった混沌とした「教養」の概念がまん延していることを証左として、それぞれの時代に求められてきた女性像に対応して、都合良く使われて来た言葉であったことを指摘している。同時に、「NHKの朝ドラ」で知的女性たちの人生を成功とか進歩という表現でドラマが作られていることに批判的な目を向けている。それは、少数の成功者を語ることで、一般の女性たちの苦労が隠され、解決すべき問題が明らかにならなくなってしまうという主張である。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2016年12月20日 (火)

「駄犬道中おかげ参り」 土橋章宏

Daken_dobasi

土橋章宏 著
小学館(427p)2016.09.14
1,620円

著者の土橋は「超高速 ! 参勤交代」で華々しくデビューの後、時代小説を得意ジャンルとして活躍している気鋭だ。「駄犬道中おかげ参り」は天保元年(一八三〇年)の「おかげ参り」が舞台となっている。この年「おかげ参り」の人数は二百五十万人を超えたといわれている。江戸からの道中は東海道を進み伊勢の四日市宿から分岐して松坂宿を経由して伊勢神宮に至るというルート。旅としては十五日から二十日程の旅だろうか。年端もいかぬ子供達が柄杓一本を持って旅が出来た。この柄杓をみると宿場の人々は伊勢への信心の旅人とわかり施し(路銀の寄進)をしてくれる。人数だけでなく、子供達の安全を担保する環境があったことに驚かされるばかりである。

江戸から伊勢までの旅物語に登場する人物は三人と一匹。まったく見ず知らずの彼らが、江戸を発ち、最初の品川宿、次の川崎宿の間でたまたま出会い共に旅をするというストーリー。

» 続きを読む

| | コメント (0)

「マラス 暴力に支配される少年たち」工藤律子

Marath_kudou

工藤律子 著
集英社(336p)2016.11.30
1800円+税

5年ほど前、『闇の列車、光の旅(原題:Sin Nombre /名無し)』というメキシコ・アメリカ合作映画を見たことがある。貧しいホンジュラスの少女が、父がアメリカに残した家族に会うためパスポートも持たず貨物列車の屋根に乗り、アメリカ国境に向けてメキシコを旅する映画だった。少女は列車の屋根に乗る移民を襲ったギャングの少年と仲良くなり、少年は逆にギャングに追われることになって少女とともに逃避行を試みる。物語の大部分が列車の屋根の上で展開する、とてもユニークな映画だった。

貧困やギャング、麻薬といった中米がかかえる問題を背景にした青春映画。きっと映画が描いたような現実が実際にあり、それをベースにしているんだろうな、と感じた。『マラス』を読んでいたら、映画と同じように貨物列車の屋根に乗ってアメリカを目指すホンジュラスの少女が出てきて、ああやっぱり、と思った。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2016年11月20日 (日)

「〆切本」 夏目漱石ほか

Simekiri_natume_2

夏目漱石ほか 著
左右社(365p)2016.08.30
2,484円

本書は「作品原稿の〆切(締切)」にまつわるアンソロジーである。夏目漱石、田山花袋、泉鏡花といった明治・大正の文豪から堀江敏幸、吉本ばなな、西加奈子といった気鋭作家まで、作家、評論家、漫画家、加えて出版・編集関係者など90名の文章が集められている。物を書いて禄を食んでいる人達だけに「書けない・〆切に追われる」描写は切実で、「作家と編集者との関係」についても仕事と割り切れない複雑な人間関係も見て取れる。

本書を読んでいると作家一人一人の性格に肉薄できた気になるし、作品を通してイメージしていた作家の人物像とのギャップも垣間見えるという点も面白い。それにも増して、〆切に苦しみ、悩み、もがいている作家や編集者たちの姿に同情と共感が残るのはどんな仕事でも時間や日程に追われるからだろう。

» 続きを読む

| | コメント (0)

「敗北力─Later Works」鶴見俊輔

Haiboku_turumi_2

鶴見俊輔 著
編集グループSURE(256p)2016.10.19
2,376円

昨年7月に亡くなった鶴見俊輔の、僕はきれぎれの読者にすぎない。100冊を超える鶴見の著書・共著・編著書のうち、手に取ったのは10冊に満たない。鶴見が組織したベ平連の集会やデモに参加したこともない。それでもはじめて読んだ『日常的思想の可能性』(1967)以来、亡くなるまでずっと気にかかる存在だった。その気にかかる部分が、年とともにだんだん大きくなってきていた。

20代のころ読んで強烈に印象に残っている一節がある。吉本隆明対談集『どこに思想の根拠をおくか』に収録された、書名と同じ標題の鶴見と吉本の対談。べ平連の評価をめぐって、吉本がベ平連は社会主義に同伴するもので折衷的であり、世界を包括しうる運動ではないと批判した後のやりとりだった。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2016年10月19日 (水)

「戦争まで」加藤陽子

Sensou_katoh

加藤陽子 著
朝日出版社(480p)2016.08.20
1,836円

加藤陽子が7年前に出した『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』の続編である。『それでも……』は、日本近現代史を専門とする加藤が17人の中高生を相手に日清戦争から太平洋戦争までを語った講義録だった。ポイントを衝いた加藤の解説と中高生の生き生きした反応で、大日本帝国が戦争にのめりこんでいく過程が実に分かりやすくおさらいできるようになっていた。

『戦争まで』も同じスタイル。28人の中高生を前に、この国の運命を決めた3つの外交交渉──国際連盟脱退にいたる「リットン報告書」、ドイツ、イタリアと組んだ「三国軍事同盟」、真珠湾攻撃の直前までつづけられた「日米交渉」──と、その失敗を語っている。

『それでも……』もそうだったけれど、この本がいいと思うのは、中高生相手だからといって変にやさしくしゃべったりせず、まずリットン報告書なり同盟交渉の原文(もちろん一部だが)を示して、それを読むことから始めるやり方。一般書ではこうしたものはしばしば要約され、著者による解釈がほどこされることが多いから、読者にとっても原文を読むのは新鮮だ。

» 続きを読む

| | コメント (0)

「文学部で読む日本憲法」長谷川 櫂

Bungaku_hasegawa

長谷川 櫂 著
筑摩書房(167p)2016.08.04
842円

俳人として活躍している長谷川櫂がなぜ憲法を語るのかという、そのギャップ感に後押しされて本書を手にした。帯には「その言葉の奥の時代精神を読み解く」とある。長谷川は俳句に接すると、俳句を生み出した日本文化とは何かといった想いに直面すると言う。限られた字数での表現の中に感情や心象を見つけ出して鑑賞するにはその文化と時代認識が必要であるということだろう。また、日本文化について書かれた名作と言われている谷崎純一郎の「陰翳礼賛」を昭和初期の時代精神を読みとるテキストとしているが、第二次大戦の敗戦を踏まえた時代精神を読み解くための最適なテキストは何かと考えた時、最も相応しいものとして「日本国憲法」を選んだと言っている。

通常、日本国憲法を語ろうとすると、条文の解釈や具体的な運用事例などがその中心になると思うのだが、「日本国憲法を文学部で読む」と言っている本書の趣旨は「法律も文学も言葉で書かれており、その言葉の奥に広がる世界を解明しようとする文学の方法で新たなるものが見えてくるのではないか」という挑戦的なもの。このように「言葉」をキーワードにして、「自分の欲望を行動や言葉で正当化する厄介な人間という動物」と「日本国憲法」の共存をどう図ろうとしているのかを探る旅のようなものだ。

» 続きを読む

| | コメント (0)

«「黒い本」オルハン・パムク