2017年8月20日 (日)

「花の命はノー・フューチャー DELUXE EDITION」ブレイディみかこ

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ブレイディみかこ 著
ちくま文庫(308p)2017.06.10
842円

ブレイディみかこという書き手の名前を見かけるようになったのは数年前だろうか(遅いって!)。たいてい「イギリス」と「パンク」という言葉がセットになっていた。小生はイギリスに行ったことがないし、パンク・ミュージックも聞いたことがない。気になりながらも手を触れないできた。

でもあるとき、彼女のブログ「THE BRADY BLOG」を読んだら、これが面白いんだなあ。彼女にしか書けない体験と発想と文体。同じようにブログを使って発信している者として、「参りました」というしかない。最近は雑誌『世界』なんかにも寄稿しているようだけど、雑誌や本といった身構えたメディアではなく、ツイッターやFBといった瞬間的な反応が命のSNSでもなく、ある程度まとまった文章を、しかも友達に語りかけるみたいに気軽に発信できるブログというメディアがあったからこそ登場してきた書き手だと思う。

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「総力戦のなかの日本政治」源川真希

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源川真希 著
吉川弘文館(253p)2017.03.02
3,024円

本書は吉川弘文館の「日本近代の歴史」シリーズの最終第6巻。1937年の盧溝橋事件から1945年の第二次大戦敗戦までの10年間に満たない期間を対象としているのだが、この激動の時代は近代の最後であるとともに、次に続く現代への屈折点になっていることから、現代からあの時代をどう読み解くべきなのかという提起でもある。執筆者の源川は1961年(昭和36年)生れ。21世紀の現代から戦前・戦中を語っている。

「歴史」とは語る人が生きた時代と語る時期の二つの要素によって異なる意味を持つと云う。その違いを三つのカテゴリーに分類している。戦争体験者によって1955年頃までに書かれた「体験的通史」、戦争体験者による高度成長期に書かれた「検証的通史」、戦後生まれの執筆者による世紀転換期に書かれた「記憶的通史」という見方である。本書に限らず現代においては、語る者も聞く者も双方ともに戦争体験を持たない人がほとんどである。そうした違いが有るからこそ執筆者の源川は近代、特に戦中を語ることに相対性があることを否定していない。

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2017年7月21日 (金)

「デンジャラス」桐野夏生

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桐野夏生 著
中央公論新社(296p)2016.06.10
1,728円

『デンジャラス』の主人公は文豪・谷崎潤一郎。桐野夏生と谷崎潤一郎。ふたつの名前を並べてみると、どこか共通した匂いがあるように思う。二人の小説から立ちのぼってくるのはタイトルどおりデンジャラスな、危険な香り。謎と秘密がふんだんに散りばめられているのも同じだ。桐野夏生は『ナニカアル』では作家・林芙美子の戦争中の行動を素材に、そこに隠された秘密を大胆に推理してみせた。『デンジャラス』は、その系列に連なる。日本文学史が孕む謎に小説の新しい鉱脈を見つけたのかもしれない。

谷崎潤一郎の小説にモデルがあることは有名だ。『痴人の愛』の「ナオミ」は、最初の妻の妹である葉山三千子。『細雪』の四姉妹は三度目の妻・松子と姉の朝子、妹の重子・信子。主人公の老人が息子の嫁に性的欲望を抱く『瘋癲老人日記』の「颯子」は、谷崎の義理の息子の嫁である渡辺千萬子。モデルとなった谷崎松子には『蘆辺の夢』などの回想録があり、『谷崎潤一郎=渡辺千萬子 往復書簡』が出版されているから、これは広く知られた事実といっていいだろう。

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「駅格差」首都圏鉄道路線研究会

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首都圏鉄道路線研究会 著
SBクリエイティブ(256p)2017.05.08
886円

著者の首都圏鉄道路線研究会は「各種統計データを駆使して鉄道がもたらす様々な効果効用を日夜研究している」と紹介されている。会員6名で執筆しているのだが、鉄道好きという共通項で統一感のある一冊になっている。このグループは昨年「沿線格差」を出版しており、本書は続編という事になる。前書同様、「格差」という言葉をタイトルに使っているのだが、「時代の新しい流れ」を示しつつ駅ごとの特色・特性をより鮮明に比較するためにこの言葉を選んだと考えるのが妥当なようだ。

同時に「駅格差」としながらも物理的な駅舎や構内を単純に比較している訳ではなく、「駅」と「街」の混在した空間を対象としたランキングである。それは私たちが普段生活をしている中で使っている生活空間としての「駅」という言葉の概念に近いものであり、こう説明している。

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2017年6月23日 (金)

「世界まるごとギョーザの旅」 久保えーじ

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久保えーじ 著
東海教育研究所(252p)2017.02.21
1,944円

著者は世界50ヶ国以上を旅して、現地で出会った食べ物を日本で再現している人だ。奥さんは調理師という能力を生かしつつ、夫婦が追いつづけたテーマの一つが「ギョーザ」である。中国人が日本でギョウザを焼くことにカルチャーショックを受けたというエピソードに象徴されるように、今となっては、焼き餃子はれっきとした日本のソウルフードになったと言って良いだろう。

それは、文化の伝播の常として受容のプロセスの過程で多様な変化が発生し、そこに新しいものが生まれるのは必然という証左でもある。その結果、長い歴史を持ちながらも世界各国にギョウザの仲間が存在し続けていることは「ギョーザ」の持つ魅力であることを教えてくれる努力の一冊になっている。

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「田中陽造著作集 人外魔境篇」 田中陽造

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田中陽造 著
文遊社(480p)2017.04.25
3,564円

ずいぶん凝った装幀の本だなあ、と思って書店で手に取った。コートしてないオフホワイトのカバー用紙に、余白をたっぷり取った小村雪岱の版画。鏡台のある部屋から外を眺めている。運河と低い甍の連なりは明治の風景か。「田中陽造著作集」のタイトルは、かすれさせた古風な明朝で小ぶりな縦組み。紺色の帯のキャッチコピーに「魔の棲む映画」とある。本を開くと見返しにも雪岱の墨一色の版画。別丁扉の前にもう一枚、半透明で模様入りの扉が挟まれている。雪岱が装幀家、挿画家として人気だった大正から昭和初期の造本を意識したらしい粋な仕上がりだ。

脚本家・田中陽造の名前をはじめて記憶にとどめたのは、「実録白川和子 裸の履歴書」(1973)だったか「㊙女郎責め地獄」だったか。当時、日活ロマンポルノが猥褻図画として摘発されてスキャンダルになり、しかも映画として質の高い作品が多かったので、週刊誌記者として面白がって取材し記事にしたのだった。田中陽造は20本以上のロマンポルノの脚本を書き、その後も『新仁義なき戦い 組長の首』『嗚呼‼ 花の応援団』『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』『セーラー服と機関銃』『魚影の群れ』『居酒屋ゆうれい』と話題作の脚本を書いた。

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2017年5月17日 (水)

「超一極集中社会アメリカの暴走」小林由美

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小林由美 著
新潮社(240p)2017.03.25
1,620円

タイトルだけ見ると、この本は反米的な思想をもつ論者の批判的な著作と見えるかもしれない。いや、批判的であることは間違いないが、著者はアメリカにおけるIT産業の最前線、シリコンバレーで長年アナリストとして働いている女性である。

前著『超・格差社会アメリカの真実』もそうだったけれど、豊富なデータに基づいた鋭い分析、現象の背後にある社会構造や歴史への目配り、そして在米36年の実体験に裏づけられて、アメリカでいま起きていることの分析者として僕はいちばん信頼している。

トランプ大統領が誕生して100日がすぎた。大方の予想を裏切ってなぜトランプが勝ったのかについて、さまざまな論者が解説している。そのなかで、予備選からトランプに注目し支持者の声に耳を傾けた金成隆一の『ルポ トランプ王国』(岩波新書)が面白そうだが、その基になっている朝日新聞デジタルの連載を既に読んでいたので、もう少し広い視野からトランプを生んだアメリカ社会の変化を考えたものはないかと探して、この本を見つけた。

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「『能率』の共同体」 新倉貴仁

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新倉貴仁 著
岩波書店(352p)2017.02.18
3,564円

本書は第一次大戦後(1920年代)から戦後高度成長期(1970年代はじめ)までの約半世紀に亘る、日本の文化ナショナリズムの変化を「能率」という概念を補助線にして説明しようという試みである。第二次大戦を挟むこの時代は社会の仕組、国民の意識、天皇制、家族観などが一挙に変わった時代というのが一般的理解と思う。だからこそ、この半世紀の間でどんな視点であれ連続するという見方に興味を覚えて本書を手にした。

著者は「文化」のナショナリズムを構成するものとして三つの視点を提起している。第一が、近代日本における人口の増加(1920年から1970年で約2倍)と農村から都市への人口移動にともなって発生した格差を「農村と都市の二重構造」について語っている。第二の点は産業化や都市化を背景として社会の大多数を構成するミドルクラスの形成を取り上げている。第三として、産業技術の進歩と能率についてか検討している。

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2017年4月25日 (火)

「騎士団長殺し」村上春樹

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村上春樹 著
新潮社(第1部512p、第2部544p)2017.02.25
各1,944円

『風の歌を聴け』以来、村上春樹の長編はほとんど読んできた。群像新人賞を受けたこの小説が刊行されたのが1979年だから、ざっと40年になる。なんでこんなに長いあいだ飽きずに読んでこられたんだろうと考えると、同世代としての共感がいちばん大きかったように思う。小生は1947年生まれ、村上は49年、いわゆる団塊の世代に属する。それぞれの生きた道筋は違っても、いろんなことを同時代的に体験し同じ空気を呼吸してきた。そのことで、言葉以前に通ずるものがある、ような気がする。

村上春樹の初期の小説に流れていたのは喪失感と、にもかかわらず日々はつづく、という感覚だったと思う。『風の歌を聴け』は、東京の大学に在籍しているらしい「僕」が神戸に近い海沿いの町に里帰りして、なじみのバーで友人やガールフレンドととりとめない日々を過ごす小説だった。アメリカ西海岸ふうな舞台装置と、アメリカ小説から抜け出てきたような洒落た会話が新鮮だった。でも仲のよい友人と親しく会話をかわす「僕」の心の底に、どうしようもなく喪失感が流れているように感じられた。

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「ジャズメン死亡診断書」 小川隆夫

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小川隆夫 著
シンコーミュージック・エンタテイメント(312p)2017.02.13
2,160円

著者は自ら整形外科医・Jazzジャーナリストと名乗っているように、ジャズ好きと医師という二つの目線を組み合わせながら「ミュージシャンの『死』から見えてくる人生、そして聴こえてくるジャズ」という考え方に基づいて彼らの人生を表現してみせている。具体的には23名のジャズ・ミュージシャンの死亡原因とその経緯を著者の医学的考察を示し、そこから遡って、音楽活動の記録を重ねてプレーヤー達のジャズ人生を振り返ってみるという試みである。このユニークな手法では死亡原因を探り、持病、麻薬中毒、アルコール依存、そして人間関係などメンタルな要素も加えることで、ジャズプレーヤー達の生き様を描き出すという構想を温めてきたとして次のように語っている。

「『音楽はミュージシャンの写し鏡』とよくいわれる。演奏に人柄が反映されていることも少なくない。……マイルス・デイヴィスやブルーノートの創業者であるアルフレッド・ライオンのお墓や墓地からは、その人物のひととなりが見えて来て、さまざまなことを考えさせられた」

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