2018年6月20日 (水)

「雪の階(きざはし)」奥泉 光

Yukino_okuizumi

奥泉 光 著
中央公論新社(592p)2018.02.10
2,592円

昭和初期、皇室に貞明皇太后(昭和天皇の母)の信任厚い島津ハルという女官長がいた。そのころ天皇機関説を攻撃する「国体明徴運動」が沸騰していたが、霊感をもった島津を中心に「国体明徴維神の道」を求める密かな集まりがあった。島津が崇拝するのは『古事記』冒頭に出てくる天地開闢の神アメノミナカヌシ。島津は、裕仁天皇(昭和天皇)がやがて崩御し、幼い明仁皇太子が天皇となってアメノミナカヌシの霊と一体となり神人が合体すると告げた(原武史『皇后考』)。

こうした動きの背後には、昭和天皇を嫌い秩父宮を溺愛した貞明皇太后の存在があり、昭和天皇を廃し秩父宮を擁立しようとする重臣グループ、青年将校グループが存在したこととも無関係ではなかったろう。

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「不便ですてきな江戸の町」永井義男

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永井義男 著
柏書房(260p)2018.04.26
1,728円

著者紹介には、作家・江戸風俗研究家とある。1997年に「算学奇人伝」で開高健賞の受賞を始め、小説や江戸風俗に関する著作が多く紹介されているものの、永井の著作は初めての読書となった。

本書は現代人がタイムスリップして過去の時代に生きてみるという小説。著者が「仮想実験」と言っているように、かなり挑戦的な試みである。例えば、「東海道中膝栗毛」の場合、十返舎一九という江戸に生きた人間が書いているので、現代人の我々が気になるところであっても彼にとって普通の事象であれば文章として表現されることは無い。一方、現代人が過去の時代で生きるという意味は、歴史的知識を持っているだけでは対応が難しく、過去で生きるための知恵が必要なのだ。だからこそ、現代人の視点で過去を体験するという狙いはスリリングで面白い。

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2018年5月20日 (日)

「醤油 (ものと人間の文化誌 180) 」 吉田 元

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吉田 元 著
法政大学出版局(269p)2018.03.09
2,808円

古代から現代まで日本における「醤油」の歴史を辿っている一冊。加えて、アジア各国における「醤油類」の製造についても俯瞰していて、広範囲な醤油文化を描いている。技術に重点を置いた内容なので、詳細な醗酵のメカニズムや製造プロセスの説明など、読み手の興味によって、選択的な読書をしても良いと思う。醤油の歴史についての好奇心を満たしてくれる十分な内容になっている。

いうまでもなく、醤油は日本で愛されて来た発酵調味料。その理由として、温暖湿潤な気候に支えられた農耕文化のわれわれ日本人の食生活は穀物中心の植物性タンパク質を大量に摂取するため。塩に頼った味付けが必要だった。過去においては、こうした日本型の食生活の欠陥として動物性タンパク質の摂取不足と塩分の過剰摂取が指摘されてきた。最近はその日本食は健康食として世界からもてはやされているというのも皮肉なものである。要すれば、何事につけても過剰摂取やバランスの崩れが食生活として問題が有るという事なのだろう。

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「超国家主義」中島岳志

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中島岳志 著
筑摩書房(272p)2018.03.25
1,836円

「超国家主義」とはなんだろうか。平凡社大百科事典にはこうある。「ナショナリズム(民族主義、国家主義、国民主義)の契機を極端に膨張・拡大し、自民族至上主義、優越主義を他民族抑圧・併合とそのための国家的・軍事的侵略にまで拡大して国民を動員・統合・正当化する思想・運動ないしは体制のこと」。第二次世界大戦前、天皇を頂点にいただく大日本帝国をその中心に構想された「大東亜共栄圏」は超国家主義の典型とされる。とはいえ21世紀に生きるわれわれにとって、それは歴史の彼方にある遠い風景にすぎないようにも感じられる。

いや、そうではない、と中島岳志は言う。彼は本書を構想したきっかけをこのように書く。ある日、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 まごころを、君に』という映画を見て衝撃を受けた。なぜなら、煩悶をかかえた青年が世界との一体化を希求して政治行動へ傾斜するこの映画の世界観はそのまま超国家主義につながっている。超国家主義への渇望は今もうずいている。この本は、そんな問題意識から生まれた。

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2018年4月18日 (水)

「日本軍兵士」吉田 裕

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吉田 裕 著
中公新書(230p)2017.12.25
886円

国有地が確たる理由なしに8億円値引きされた森友学園問題で、当事者である財務省が作成した決裁文書が大量に改竄されていたことが発覚した。決裁文書は行政府が法に則って意思決定をし、決裁権者がそれを承認したことを記録するもの。これをきちんと保管することで後から意思決定の過程を追跡できる一次資料だ。その決裁文書を改竄したり隠蔽したりする行為は、いわば歴史を偽造するに等しい。今回は総理大臣とその妻の存在が、直接にか間接にか影響を与えて公正な法の執行を歪めた疑いが濃い。

と、この本を読みながら森友問題を思い出したのは、どうもこの国は昔から同じようなことやってるなあと感じたから。というのも、軍民合わせて310万人の犠牲者を出した第二次世界大戦の死者に関して、「包括的な統計がほとんど残されていない」というのだ。日本政府は、なぜか年次別の戦没者数を発表していない。戦争末期の混乱はあったにせよ、戦後ずっと厚労省が戦没者の調査を進めているのだから、その時々での数字を確定させることはできるはず。それがされていないことは、そこになんらかの意図があるのではないかと疑ってしまう。

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「思えば、孤独は美しい」糸井重里

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糸井重里 著
ほぼ日(289p)2017.12.05
1,728円

糸井重里の名前は1970年代末にコマーシャルのコピーやテレビの番組司会で知ったと思う。彼に対する印象は新鮮な才能とか時代を先取りする感性もさりながら、消費者を「煽る」という印象を持っていたことは否めない。その頃、ITが社会インフラとしてその重要さを増していった時代で、最先端の技術という耳障りの良い言葉とは裏腹に、ドロドロした地道な努力でオンラインシステムを開発し、日々の稼働に翻弄されていた。そうした高度成長期に働きづめだった人間の目には、彼のように颯爽とメディアに露出して「言葉」で禄を食む新しい才能に対し、やや斜に構えて見ていたということかもしれない。
 
その糸井は仕事の幅を広げると言う意味もあってか、1989年に「ほぼ日刊イトイ新聞」というウェブ・サイトを開始している。このサイトに毎日掲載している文章をベースとして本書は構成されているのだが収められているのは、長い文章もあれば、キャッチ・コピー的な短文、箴言、警句が並んでいる一方、愛犬の写真があったりとなかなかバラエティーに富んだ内容である。

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2018年3月19日 (月)

「日本人とリズム感」樋口桂子

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樋口桂子 著
青土社(299p)2017.11.24
2,376円

自分自身がリズム感に自信が無いのはともかくとして、リズムが文化論として成り立つのかも想像したことはなかった。所詮、リズムとはノリが良いかどうかであり、「好き」か「嫌いか」という落ち着きどころになってしまう様に思っていたので、リズム感を構造的に語るとはどういうことなのか興味を持って本書を手にした。

著者が日本人のリズム感を考える契機になったエピソードが紹介されているのだが、極めて象徴的で面白い。それは、来日したイタリア人とタクシーに乗った時に、ラジオから流れていた都はるみの「あんこ椿は恋の花」を聞いて「この女の人は腹が痛いのか」と真面目に質問してきたという。喉に無理なく流れるような唱法のベルカントオペラの国の人からすると、喉から絞り出すような都はるみの歌には驚いたようだ。もうひとつは、イタリア語通訳として同乗していた友人とイタリア人との会話で相槌の打ち方の違い。日本人の友人は相槌を打つときに首を下向きに振る。しかし、イタリア人は首を上に上げる。こうした声や相槌といった所作・動作が示す日本人の特性はどこに由来しているのかという疑問から本書は始まっている。

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「コンパス綺譚」グレゴリ青山

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グレゴリ青山 著
龜鳴屋(120p)2017.12.20
2,700円

映画でも小説でも、1930年代の上海を舞台にしているというと、それだけで手が伸びてしまう。最近だと松浦寿輝の『名誉と恍惚』。「魔都・上海」を絵に描いたような、暗い魅力に満ちた小説だった。スピルバーグが映画にもしたJ.G.バラードの『太陽の帝国』は、この時代の上海を少年の目から見ている。映画なら韓国映画『暗殺』やアン・リーの『ラスト・コーション』が、日本軍占領下の上海で日本人や日本への協力者の暗殺をテーマにしていた。時代は少しさかのぼるが、舞台で『上海バンスキング』という名作もある。漫画なら湊谷夢吉の『魔都の群盲』が忘れがたい。

『コンパス綺譚』は1920~30年代の大連、青島、哈爾浜(ハルビン)、上海を舞台にした連作漫画。ひとつの方位磁石(コンパス)を狂言回しに、コンパスを手にした人々の運命を飄々としたタッチで描いてゆく。登場するのはこの地を訪れた日本人と中国人。詩人の安西冬衛、少年時代の三船敏郎、金子光晴と妻の三千代、プロレタリア作家の前田河広一郎、内山書店の内山完造、作家の魯迅と郁達夫、人気女優の阮玲玉、男優で亡命朝鮮人の金焔といった面々だ。

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2018年2月21日 (水)

「主権なき平和国家」伊勢﨑賢治・布施祐仁

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伊勢﨑賢治・布施祐仁 著
集英社(272p)2017.10.31
1,620円

沖縄で米軍機の事故や米兵の犯罪が起こるたびに「日米地位協定」という言葉がメディアをにぎわす。でも、たいていは「協定によって○○(逮捕とか、調査とか、規制とか)できない」というだけで通りすぎてしまう。日米地位協定とはそもそもどんなものなのか、多くの人が知らないのではないか。僕自身もそうだった。そこで「地位協定の国際比較からみる日本の姿」というサブタイトルのこの本を読んでみることにした。

著者のひとりである伊勢﨑賢治は、国際NGOで活動した後、国連PKO幹部として東チモールの行政官となり、シエラレオネでは国連派遣団の武装解除部長を務めた。また日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を担ったこともある。自称「紛争屋」、世界の紛争地の現場で仕事をしてきた人である。本書はジャーナリストの布施祐仁が伊勢﨑へのインタビューを基に、他国の地位協定のありようを調査してまとめたものだ。

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「アメリカ 暴力の世紀」ジョン・ W・.ダワー

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ジョン・ W・.ダワー 著
岩波書店(204p)2017.11.15
1,944円

この一年間、トランプ政権の政策運営を見ていると「アメリカ 暴力の世紀」という本書のタイトルにどうしても今日的な意味を思い浮かべてしまうのだが、本書原文の最終稿は2016年9月で、オバマ政権の最終局面までのアメリカを考察の対象にしていることは確認しておきたい。もっとも、日本語版の「はじめに」の執筆時期は2017年8月ということもあり、トランプ政権に対する著者ダワーの辛辣な評価とともに日本政府の対応についても読み応えのある文章になっている。

本書のタイトルは、ヘンリー・ルースが1941年2月に発表した論評「アメリカの世紀」をもじって「暴力」という形容詞を加えたものだが、1941年といえばアメリカは経済恐慌から脱却し、第二次大戦を前にして経済的や軍事的にも自信にあふれた時代だ。その後、良し悪しは別としてアメリカは対抗できる国が無い状態で存在してきた。その間「パックス・アメリカーナ」といった大袈裟な「言葉」で語られてきたアメリカとは何なのかを、冷戦、ソ連の崩壊、湾岸戦争、9.11といった事件と時代を継続・関連した事象として詳細に分析している。その手法は国防総省、CIA、軍の現場、政府の広範な資料やデータの引用で徹底して裏付けられており巻末の引用リストも圧巻である。

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