2017年5月17日 (水)

「超一極集中社会アメリカの暴走」小林由美

Tyouikkyoku_kobayasi

小林由美 著
新潮社(240p)2017.03.25
1,620円

タイトルだけ見ると、この本は反米的な思想をもつ論者の批判的な著作と見えるかもしれない。いや、批判的であることは間違いないが、著者はアメリカにおけるIT産業の最前線、シリコンバレーで長年アナリストとして働いている女性である。

前著『超・格差社会アメリカの真実』もそうだったけれど、豊富なデータに基づいた鋭い分析、現象の背後にある社会構造や歴史への目配り、そして在米36年の実体験に裏づけられて、アメリカでいま起きていることの分析者として僕はいちばん信頼している。

トランプ大統領が誕生して100日がすぎた。大方の予想を裏切ってなぜトランプが勝ったのかについて、さまざまな論者が解説している。そのなかで、予備選からトランプに注目し支持者の声に耳を傾けた金成隆一の『ルポ トランプ王国』(岩波新書)が面白そうだが、その基になっている朝日新聞デジタルの連載を既に読んでいたので、もう少し広い視野からトランプを生んだアメリカ社会の変化を考えたものはないかと探して、この本を見つけた。

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「『能率』の共同体」 新倉貴仁

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新倉貴仁 著
岩波書店(352p)2017.02.18
3,564円

本書は第一次大戦後(1920年代)から戦後高度成長期(1970年代はじめ)までの約半世紀に亘る、日本の文化ナショナリズムの変化を「能率」という概念を補助線にして説明しようという試みである。第二次大戦を挟むこの時代は社会の仕組、国民の意識、天皇制、家族観などが一挙に変わった時代というのが一般的理解と思う。だからこそ、この半世紀の間でどんな視点であれ連続するという見方に興味を覚えて本書を手にした。

著者は「文化」のナショナリズムを構成するものとして三つの視点を提起している。第一が、近代日本における人口の増加(1920年から1970年で約2倍)と農村から都市への人口移動にともなって発生した格差を「農村と都市の二重構造」について語っている。第二の点は産業化や都市化を背景として社会の大多数を構成するミドルクラスの形成を取り上げている。第三として、産業技術の進歩と能率についてか検討している。

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2017年4月25日 (火)

「騎士団長殺し」村上春樹

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村上春樹 著
新潮社(第1部512p、第2部544p)2017.02.25
各1,944円

『風の歌を聴け』以来、村上春樹の長編はほとんど読んできた。群像新人賞を受けたこの小説が刊行されたのが1979年だから、ざっと40年になる。なんでこんなに長いあいだ飽きずに読んでこられたんだろうと考えると、同世代としての共感がいちばん大きかったように思う。小生は1947年生まれ、村上は49年、いわゆる団塊の世代に属する。それぞれの生きた道筋は違っても、いろんなことを同時代的に体験し同じ空気を呼吸してきた。そのことで、言葉以前に通ずるものがある、ような気がする。

村上春樹の初期の小説に流れていたのは喪失感と、にもかかわらず日々はつづく、という感覚だったと思う。『風の歌を聴け』は、東京の大学に在籍しているらしい「僕」が神戸に近い海沿いの町に里帰りして、なじみのバーで友人やガールフレンドととりとめない日々を過ごす小説だった。アメリカ西海岸ふうな舞台装置と、アメリカ小説から抜け出てきたような洒落た会話が新鮮だった。でも仲のよい友人と親しく会話をかわす「僕」の心の底に、どうしようもなく喪失感が流れているように感じられた。

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「ジャズメン死亡診断書」 小川隆夫

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小川隆夫 著
シンコーミュージック・エンタテイメント(312p)2017.02.13
2,160円

著者は自ら整形外科医・Jazzジャーナリストと名乗っているように、ジャズ好きと医師という二つの目線を組み合わせながら「ミュージシャンの『死』から見えてくる人生、そして聴こえてくるジャズ」という考え方に基づいて彼らの人生を表現してみせている。具体的には23名のジャズ・ミュージシャンの死亡原因とその経緯を著者の医学的考察を示し、そこから遡って、音楽活動の記録を重ねてプレーヤー達のジャズ人生を振り返ってみるという試みである。このユニークな手法では死亡原因を探り、持病、麻薬中毒、アルコール依存、そして人間関係などメンタルな要素も加えることで、ジャズプレーヤー達の生き様を描き出すという構想を温めてきたとして次のように語っている。

「『音楽はミュージシャンの写し鏡』とよくいわれる。演奏に人柄が反映されていることも少なくない。……マイルス・デイヴィスやブルーノートの創業者であるアルフレッド・ライオンのお墓や墓地からは、その人物のひととなりが見えて来て、さまざまなことを考えさせられた」

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2017年3月18日 (土)

「セカンドハンドの時代」スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

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スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 著
岩波書店(630p)2016.09.29
2,916円

1991年12月、ソビエト連邦が消滅した。その1年半前、わずか10日間だがモスクワとサンクト・ペテルブルクを一人で旅したことがある。すでにベルリンの壁は崩壊し、東欧の共産主義国家が次々に倒れていた。ゴルバチョフのもとでペレストロイカとグラスノスチが進行していたがモノ不足からインフレが進行し、経済の混乱は目を覆うばかりだった。日々そんな報道に接して、国が壊れるというのはどういうことかと、野次馬的な興味から「物見遊山」の旅だった。

夜遅くモスクワの空港に着いて、市内のホテルにチェックインした。空腹だったのでホテルのレストランに行くと、サラダしかできないという。仕方なくパンとサラダを頼むと、固いパンにぶつぎりのキュウリとキャベツが出てきて、ドレッシングもかかっていなかった。市内のレストランに入ると、メニューは国民向けにルーブル、外国人にはドル建てと二重の価格が書かれていた。ルーブルより1ドル札が通貨として通用していた。アメリカたばこが通貨代わりに喜ばれると聞いて持っていったが事態の変化は早く、もう誰も喜んではくれなかった。

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「脳はなぜ都合よく記憶するのか」 ジュリア・ショウ

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ジュリア・ショウ 著
講談社(306p)2016.12.14
1,944円

年齢のせいか記憶という言葉に敏感になってきた。物忘れも加齢の結果と割り切ることにしているものの思い出せないイライラ感がないわけではない。本書は「朝起きたら、自分でしてきたこと、学んだことなどを何ひとつ覚えていなかったらどうだろう。それでも、この人物はあなたなのか」との問いかけから始まる。著者は「過誤記憶(記憶エラー)」という脳心理学の領域の数少ない研究者。人の記憶については近年多様な視点からの研究が行われていて新しい発見も多いといわれている。それらの多くは人の記憶の不完全さを明らかにしてきているのだが、そうした成果をもとに冤罪の危機にあった多くの犯罪容疑者たちを救う活動をしてきた実績を持つ人である。

イノセンス・プロジェクトという冤罪を無くすことを目的とした団体は、DNA鑑定を利用して337名の容疑者を釈放させたが、驚くべきことにこの釈放された容疑者の内75%は「誤った記憶」による証言が有罪の根拠とされていたという。この数字は米国におけるDNA鑑定が可能であった事件だけに限られているということを考えると、世界でどれだけの曖昧な記憶による証言で罪を負っている人が居るかは想像に難くない。こうした状況に対する科学からの問題提起である。

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2017年2月18日 (土)

「ヒマ道楽」坪内稔典

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坪内稔典 著
岩波書店(224p)2016.12.10
2,052円

団塊の世代である私はフルタイムの仕事を卒業して4年。多少の仕事は有るものの、ボランティア活動、街道歩き、陶芸、読書、ジャズといった趣味で日々を過ごしている。モノ忘れを補う適度な緊張とゆるく流れる時間の混在した生活を楽しみながら、ある日、散歩の途中で「ほんとうはヒマなクセに。お忙しいアナタに 現代ストレス解消法!」というサブ・タイトルに惹かれて本書を手にした。

著者の坪内稔典は1944年生れ。学生時代から俳句を作り続け、近代日本文学、特に正岡子規の研究者となって詩歌を研究してきた人。本書は産経新聞大阪本社版に連載していた「モーロクのススメ」という2013年から2016年のコラムからの抜粋であり、フルタイムの仕事を卒業して二年目の72才である。「金を稼ぐ本職」から離れ、時間の制約からは解き放たれた生活による人生のリズムの変化期におけるエッセイである。

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「彼女のひたむきな12カ月」アンヌ・ヴィアゼムスキー

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アンヌ・ヴィアゼムスキー 著
DU BOOKS(332p)2016.7.21
2,592円

神田の東京堂書店で新刊の棚を見ていたとき、文学書のコーナーでアンヌ・ヴィアゼムスキーという名前を目にしてぴんときた。そういえば彼女、女優をやめた後、小説家として有名になったんじゃなかったっけ? 帯にはこうあった。「ゴダールに恋した青春の日々。19歳のアンヌの葛藤と成長を描く、自伝的小説」

学生時代に新宿のアートシアターで見た『中国女』(1967)の一シーンを思い出した。三白眼の大きな目。キュートに尖った唇。肩にかかる茶髪をたくしこんだ中国の人民帽みたいな帽子に、やはり人民服のようなシャツ。赤い毛沢東語録を持って拳を振り上げている。中国文化大革命の紅衛兵に倣った女子学生。実際、このとき19歳のアンヌ・ヴィアゼムスキーはパリ大学ナンテール校で哲学を学ぶ学生だった。

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2017年1月17日 (火)

「住友銀行秘史」國重惇史

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國重惇史 著
講談社(472p)2016.10.5
1,944円

「イトマン事件」といえば、戦後最大の経済事件として知られる。バブル末期の1990年代、この時代を象徴するように土地取引と絵画取引を巡って数千億の金が闇に消えた。都市銀行と商社の幹部、バブル紳士、闇世界とつながるフィクサー、政治家が主役脇役として入り乱れ、戦後日本経済の不透明な部分が露出した事件だった。

著者の國重惇史は元住友銀行取締役。この事件は大蔵省への「内部告発」と新聞報道によって明るみに出たが、これらはすべて著者の手で工作されたことがこの本で初めて明かされた。当時の著者のメモをもとに、「住銀の天皇」磯田一郎元会長以下、すべて実名で事件の推移が描かれる。ベストセラーになるのも当然かもしれない。

もっとも評者は経済にも事件にも疎い。専門知識もない。ただの野次馬として、読んで感じたことを記してみることにする。

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「夢みる教養 – 文系女性のための知的生き方史」小平麻衣子

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小平麻衣子 著
河出書房新社(208p)2016.09.13
1,620円

「夢みる教養」というタイトルと「女はいつも文化のお客様」という帯のキャッチコピーが気になって本書を手にした。しかし、それらの柔らかな表現とは裏腹に著者小平の厳しい視点の分析が繰り広げられている。大正から現代に至る期間で、女性が学問を志すことへの制約と男たちの排他的な言説が女性の学問意欲をいかに削いできたかを示し、その結果女性にとって「教養=実現しない夢」となってしまってきた歴史を緻密に描き出している。小平は昭和43年(1968年)生れ、慶應大学文学部に学び、現在同校文学部教授。近代文学におけるジェンダーについての研究をしてきたので、本書はまさに彼女の専門のど真ん中と言える。

小平は「教養」とは、深い知識を前提とした物事に対する理解力や創造力であり、古今東西の文学・宗教・哲学などの幅広い読書を通して、自己の人格を高めることとしている。しかし、「役に立たないが生活を豊かにする知識」とか「だれでも知っているべき一般常識」といった混沌とした「教養」の概念がまん延していることを証左として、それぞれの時代に求められてきた女性像に対応して、都合良く使われて来た言葉であったことを指摘している。同時に、「NHKの朝ドラ」で知的女性たちの人生を成功とか進歩という表現でドラマが作られていることに批判的な目を向けている。それは、少数の成功者を語ることで、一般の女性たちの苦労が隠され、解決すべき問題が明らかにならなくなってしまうという主張である。

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«「駄犬道中おかげ参り」 土橋章宏