2010年1月 6日 (水)

「骸骨ビルの庭(上・下)」宮本輝

Gaikotu宮本輝 著
講談社(上292、下288p)2009.6.23
各1,575円

小説を読む楽しみって、こういうものだったよな。そんな読後感を与えてくれる本を久しぶりに読んだ気がする。物語の展開が巧みで面白く、文章に品があり、古風だけれど現代的なテーマを抱えている。
ちょっとした必要があって手に取ったんだけど、読みはじめたら止まらず、まる1日で上下巻を読んでしまった。宮本輝はデビュー当時の『泥の河』『蛍川』くらいしか読んでないから、30年ぶりのことになる。それにしても『1Q84』の村上春樹と『骸骨ビルの庭』の宮本輝、2009年に発表されたふたつの小説の作者がほぼ同世代とは信じられない(宮本は1947年、村上は49年生まれ)。なんて思ったのも、一方はポップで実験的、一方は端正な正統派と対照的な作風をもち、小説家としての立ち位置やキャリアに重なるところはほとんどないのに、テーマとしてやっぱり同世代だと感じさせるものを扱っていたからだ(あ、二人が関西人なのも共通か)。

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「円朝の女」松井今朝子

Entyou松井今朝子 著
文芸春秋(227p)2009.11.12
1,500円

松井今朝子というと歌舞伎の脚本を書いていたり、武智歌舞伎に関わっていたりと、歌舞伎畑の人だという知識しか無かったので、円朝に関する本書を手にしたときには少し驚いた。それにしても、円朝、この稀代の名人に関する本は過去から夥しい数が刊行されているのだろう。直接見聞き出来ないその芸がこれほど大きな影響を与え続ける理由は何なのかと考えてしまう。円朝の凄さはいろいろな側面から語られている。例えば、真打になったのが17歳というとてつもない若さだった、「真景累ヶ淵」や「怪談牡丹灯籠」などの名作を自ら書いた、円朝作の「塩原多助一代記」は修身の教科書に採用された、井上馨や山岡鉄舟、福沢諭吉など当時の一流人の懇意を受けた、明治天皇に御前落語を行った、等など。そうした、華麗なる伝説に彩られた円朝を材料に松井今朝子がどう料理したかというと、歌舞伎に対する造詣を生かしつつ、円朝が生きた天保10年(1839年)から明治33年(1900年)という時代を丁寧に描いている。

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2009年12月 4日 (金)

「書棚と平台 : 出版流通というメディア」柴野京子

Syodana_2柴野京子 著
弘文堂(236p)2009.07
2,940円

「読書離れ・活字離れ」が叫ばれて久しい。子供や若者がその槍玉に上がっていたのが、いつの間に全ての世代に対して語られるべき状況になってしまった。インターネットによって出版物の流通は大きく変化してしまって町の本屋も少なくなったし、ネット小説が発生するに至っては、今までの本にまつわる価値観の多くは覆してしまう可能性もある。しかし、そうした危機感も所詮は本を買う側からの目線だと思う。本書は出版業界の側から「本の危機」をどう捉えるべきかを論じている。したがって「本の危機」とは「出版業界の危機」との視点である。

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「環境世界と自己の系譜」大井 玄

Kankyo大井 玄 著
みすず書房(308p)2009.07.24
3,570円

大井玄という名前をはじめて知ったのは『「痴呆老人」は何を見ているか』(新潮新書)の著者としてだった。認知症にかかった老人が、なぜ看護師を娘と間違えたり自分を思春期にいると思い込んだりするのかという疑問から発して、彼らには現実がどう見えているのか、その背後にある人間の認識構造がどんなにあやふやなものなのかに迫った、とても面白い本だった。

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2009年11月 6日 (金)

「倒壊する巨塔(上・下)」ローレンス・ライト

Toukaiローレンス・ライト 著
白水社(上下各386p)2009.08.20
各2,520円

タイトルの「倒壊する巨塔」とは、ニューヨークの世界貿易センタービルを指す。「アルカイダと『9.11』への道」とサブタイトルを打たれたこの本は、2007年のピュリツァー賞を得た。僕の知る範囲で、この「世界が変わった日」と呼ばれる事件にいちばん詳細に、しかも深くまで切り込んだノンフィクションだと思う。雑誌「ニューヨーカー」のスタッフ・ライターである著者は、同時テロが起きた9月11日その日に編集部と構想を練りはじめ、何度かに分けて同誌に発表した後、06年に一冊の本として刊行した。その間、取材のために各国でインタビューした人の名前が巻末にリストアップされている。その数、実に557人。大半は「ジハードを唱える急進的イスラム主義者と、各国の諜報機関関係者」で、そもそも口を開かせることすらむずかしい相手ばかりだ。しかも、彼らが事実を語る保証はない。

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「焼き餃子と名画座」平松洋子

Yaki_2平松洋子 著
アスペクト(280p)2009.09.30
1,785円
 
本書はタイトルの通り極めて「日常的」な食に関するエッセイである。それにしても上手いネーミングだ。「とびっきりの東京の味」というサブタイトルを見るとレストラン・ガイドかと誤解しそうであるがそうではない。世上、食べ物に関する書物はこの四半世紀で飛びぬけて増えた出版領域の一つだと思う。「食材」に関するもの、「料理」を作るもの、「食べる」という目線でのレストラン・ガイドなど、多くの食べ物本のジャンルがある中で圧倒的に「食べる(レストラン・ガイド)」領域が多くなってきたのは何故だろうか。季節の食材を家庭料理で楽しむという風潮はなくなったわけではないにしても、プロの技を堪能し、とても素人では作れない料理を賞味するという時代になったのだろうか。日本、特に東京では世界の美食が堪能できるといわれ、日本も豊かなったと20年前には素直に思っていた。しかし、いまや世界の美食は中国にとって代わられつつあるというのも事実。それでも日本ではレストラン・ガイドが夥しく出版されている。そこで、一般人が予約し難い店や、個人が自費で食事をするにはひどく高価な店などの紹介されているのを見ると、何の為のガイドかと疑問を持つことも度々ある。

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2009年10月 9日 (金)

「1968(上・下)」小熊英二

1968 小熊英二 著
新曜社
1094p・下1014p2009.7.7、下2009.7.31
7,140 

以前、ブック・ナビで『<民主>と<愛国>』について書いたとき、小熊英二の本はどんどん厚くなる、次の本は1000ページを超えるかも、なんて書いたことがある。半分冗談のつもりだったけど、最新作19681000ページどころか、上下合わせて2100ページ。2冊重ねると厚さ11センチ、重さ2キロ以上にな400字詰め原稿用紙で約6000枚。れでも草稿を6割に縮たそうだ。最近の中身の薄い新書は400×250程度で1冊にしてしまうから、それで換算すれば24冊分になる! この大きさ重さの本を読むのは、脳細胞だけじゃなく身体的にも楽じゃない。老眼の小生、本を読むときは眼鏡をはずし、本を少し目に近づけるから、机に置いたのでは遠すぎる。仕方なく本を手首で支えることになるわけで、そうなると頻繁に左右に持ち変えないと手首が痛くなる。読書して腱鞘炎なんて笑い話にもならないもんな。

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「もういちど読む山川日本史」五味文彦、鳥海靖

Yamakawa五味文彦、鳥海靖   
山川出版社354 p 2009.09
1,575  

高校時代の日本史といえば、教科書は山川の「詳細日本史」問題集は昇龍堂の日本史難問集だった先日ねぼけまなこ朝刊を見ていると本書の広告が掲載されていた。「再発見 高校教科書、高校の教科書を一般読者のために書き改めた通史。日々変化する現代の日本をとらえ、ニュースの背景がわかる社会人のための教科書」とある。懐かしさもあり早速購入しようとしたら売り切れ。失礼ながら売り切れるような本ではないと思っていたので驚きである。3週間ほどたって入手したところ早くも第二こうした本が売れるという「受験戦争の真っ只中にいた団塊の世代がだんだんと仕事を終えて、もう一度若い頃の教科書に戻ってくる」という出版社の企画にまんまと嵌まってしまった結果のようでちょっと悔しい

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2009年9月 4日 (金)

「ノモンハン戦争」田中克彦

Nomonhan 田中克彦
岩波新書
248p2008.06.19
819
 

 「ノモンハン戦争」というのは、僕らが普段「ノモンハン事件」と呼出来事を指している。 1939年夏、満洲国とモンゴル人民共和国の国境地帯で日本軍とソ連軍が4カ月にわたって激突し、それぞれに2万人前後の死者・行方不明者を出した。 この出来事はロシア(ソ連)側では「ハルハ河の勝利」とか「ハルハ河の会戦」と呼ばれている。大量の戦車と航空機が出動し、両軍で4の死者・行方不明者を出した長期の戦闘は「事件」や「会戦」というより「戦争」と呼ぶにふさわしいけれど、日本もロシアもそう呼ばないのは宣戦布告なしに戦われた「非公式」の戦争だからだ。

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「『東京裁判』を読む」半藤一利、保阪正康、井上亮

Tokyo2_2 半藤一利、保阪正康、井上亮
日本経済新聞出版社440p2009.08.04
2,310円

日差しの照り返しが強くなってくると、被爆や終戦といった報道季節が来る特に今年非核メッセージが具体的動きになってきたとの印象を強く持った。一方東京裁判に対するメディア意識の低下空洞化は著しい被害者として語ることは出来ても、加害者であった自分を客観的に反省語り継ぐ力弱さとでも言うのだろうかそんな思いを抱きながら、本書を手にした

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