2012年5月14日 (月)
2012年5月11日 (金)
「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」水野和夫
水野和夫 著
日本経済新聞出版社(540p)2011.09.05
2,940円
『終わりなき危機』は3つの「危機」の日付から始まる。「9.11」「9.15」そして「3.11」。米国同時多発テロ(9.11)とリーマン・ショック(9.15)、福島第一原発事故(3.11)のことだ。「9.11」はジェット旅客機がミサイルと化して、「9.15」はサブプライムローンが「金融版大量破壊兵器」として、「3.11」は原発が「放射能兵器」へと姿を変えて弱者に牙をむいた。この3つの危機は何を意味しているのか。さらには、こうした危機が連鎖する21世紀とはどのような時代なのか。それがこの本を通底している問いだ。答えをあらかじめ言ってしまえば、これらは「近代の終焉を告げる事件・事故」であるというのが著者の考え。そのことを検証するために水野は、中世から近代への転換点となった16世紀のグローバリゼーションと、1970年代から現在へと続くグローバリゼーションとを重ね、比較している。
2012年4月17日 (火)
「郊外はこれからどうなる?」三浦 展
三浦 展 著
中央公論新社 (238p)2011.12.09
882円
この1月に読んだ「千葉県、初の人口減少 東京圏1都3県も人口減時代に」という記事が印象に残っている。千葉県の人口が昨年、1920年の統計開始以来初めて減少することが判明したという。こうした傾向は、数年前から予測されていたこととはいえ、改めて数字をつきつけられてみると、戦後膨張を続けてきた郊外しか知らない私たち団塊世代には感慨深いものがある。千葉県の場合、東日本大震災による液状化被害や、東葛6市などが放射線量の高い「ホットスポット」と指摘されたことが原因とされているが、こうした現象がなくても、少子高齢化などで、東京圏の郊外は10年代後半か20年ごろから減少に転じると予測されている。今後、郊外はどうなっていくのか大いに気になるところだ。
2012年4月11日 (水)
「メルトダウン」大鹿靖明
「メルトダウン」
大鹿靖明 著
講談社(368p)2012.01.27
1,680円
「レベル7」
東京新聞原発事故取材班 著
幻冬社(368p)2012.03.11
1,680円
「プロメテウスの罠」
朝日新聞特別報道部 著
学研パブリッシング(272p)2012.03.13
1,300円
マス・メディアの重要な仕事のひとつに調査報道がある。日々のニュースを追うだけでなく、時間をかけた独自の取材で事件や事故の全体像を描き、問題をえぐりだす。手間ひまも金もかかり、時に権力の内側にまで入り込む必要もあるから、今の日本で個人の力で調査報道を継続することはむずかしい。福島第一原発の事故は、最悪の場合、首都圏の避難という国の存亡にも関わりかねない大事故だった。そのとき、現場の第一原発や官邸、霞が関で何が起こっていたのか。巨大地震や津波とともに、これこそマス・メディアの調査報道の力が試される出来事だったろう。それに対する答えが、ようやく単行本になりはじめた。
「東日本大震災復興時刻表」越前 勤
「東日本大震災復興時刻表」
越前 勤 著
講談社(176p)2012.03
2,625円
「福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書」
福島原発事故独立検証委員会 著
ディスカヴァー・トゥエンティワン(412p)2012.03.12
1,575円
この二冊を机において、今回の震災と事故とはなんだったのか考えて見る。一年間という時間はまだまだ当面の対処の期間であり、対策についても手探りの期間でしかなかった。特に原発事故に関して言えば数十年といった時間軸で対策の効果を見ていかなければ、その影響実態は判断できないだろう。一方、発生した被害や痛みはどんどん風化していって、残された住民の怨嗟や遺棄された国土だけがモニュメントのように残るという事態だけは避けなければならない。私たちは今回の震災や原発事故で、肉親や仲間、家や風景、生活の場たる海や田畑、伝統や文化などあまりに多くのものを失っている。そうした状況の中からも新たに生まれてきた夢や希望はどんな些細なものであっても拾い上げて行きたい、そんな気持ちで取り上げたのが「東日本大震災復興時刻表」である。
2012年3月 8日 (木)
「@Fukushima」高田昌幸編、「裸のフクシマ」たくきよしみつ
「@Fukushima」
高田昌幸 編
産学社(456p)2011.12.31
1,785円
「裸のフクシマ」
たくきよしみつ 著
講談社(352p)2011.10.15
1,680円
福島第一原発の事故は「この国のかたち」を変えてしまう出来事、いや、変えたくない人もいるようだから、変えなければいけない文明史的な出来事だった。だから直後から事故に関して、あるいはどんな新しい「かたち」を目指すかについて、たくさんの本が出版された。そのうちの何冊かを読んでbook-naviで紹介したけれど、多くは専門家や社会科学系の研究者の手になるものだった。それぞれに刺激を受け説得力のあるものだったが、もっと生の福島の声も聞いてみたい。
2012年2月 6日 (月)
「中国化する日本」與那覇 潤
與那覇 潤 著
文藝春秋(320p)2011.11.20
1,575円
『中国化する日本』というこの本のタイトル、ぱっと見では意味がよく分からないなあ。その分からなさは、サブタイトルの「日中『文明の衝突』一千年史」を眺めても一向に解消されない。ひょっとして反中国の右派が書いたトンデモ本? でも與那覇潤といえば日本近代史の研究者で、著書『帝国の残影』は小津安二郎の映画を通して昭和日本を分析した刺激的な本だった(book-naviで紹介済)。
「小さな天体 – 全サバティカル日記」加藤典洋
加藤典洋 著
新潮社(409p)2011.10.31
2,310 円
サバティカルとは大学の教員に対し一定期間毎に自主的な調査研究のために与えられる通常一年間の休暇。サラリーマンからすると想像もつかないような制度だ。もしサラリーマンが7年間働いた後、1年間の休暇を取りたいと言い出したら、まず職を失うことは確実だろう。大学の先生達の活動はチーム・プレイというよりも個人技であり、職人の世界に近い職業だと思う。そうでなければこのような制度は運用不可能だ。もっとも、サバティカルがラテン語で安息日ということを考えると、こうした制度によって充電したり、自身の研究・研鑽を深めることは意義深いことであることは疑いないと思いつつ、ある種の妬ましさとともに読み進んだ。











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