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2008年11月 4日 (火)

「夏目漱石を読む」 吉本隆明

Natume 吉本隆明著
筑摩書房(260p)2002.11.25

1,890円

吉本隆明が蘇った。彼の読者なら先刻承知のことだが、吉本隆明は1996年の夏、毎年行っていた伊豆の海で溺れ、あやうく一命を取り止めた。それ以後、自身の言葉を借りれ ば「ガクンと衰えが進み、全身ボロボロの状態」でいくつもの病気や障害を抱えこみ、今でも300メートルを歩くのがやっとだという。衰えは肉体だけにとどまらなかった。事故以後の吉本の著作は、自身にとって最も切実な問題である老いと病をめぐる数冊の本がリアリティーを感じさせるのみで、悲しいことに、思想家としての吉本隆明は死んだ、と思わざるをえなかった。

そんななかで出たのが、この『夏目漱石を読む』である。吉本はすごい、と、改めて認識させられた。もっともこれ は事故以前の90年代初頭の講演に、10年後に手を入れて一冊にまとめたものだ。だから、吉本がすごいのは当たり前かもしれない。それでも、ずいぶん久し ぶりにその思考の冴えに接して、なんだか嬉しくなってしまった。

吉本は十代の半ばから、繰り返し漱石を読んできたという。その50年以上に及ぶ漱石体験のエッセンスが、蒸留器にかけられて一滴ずつ染み出すように、珠玉のような豊かさを匂わせている。

「漱石はいつでも根源的な不安をもっていた人ですが、そのじぶんの根源的な不安がどこからくるかといったら、文明の発達に帰している部分があからさまに作 品のなかに出てきます。しかしじぶんの根源的な不安は乳幼児期の不安だということについては、解明がそれほど行き届いていません。漱石にとって少しは意識 したかもしれないけど、半分は意識しない問題だったとおもわれます」(『行人』)

近代日本の最大の作家に向かって、漱石さん、あんたが自分について考えていることは、実はそうじゃないんだよ、盾の半面にすぎないんだよと言っている。まず並の物書きに言えるセリフでないことは確かだ。

こういうところ以外にも、漱石の作品の「同性愛的な要素」だとか、「初期の作品を除いてぜんぶ探偵小説、推理小説」とか、『坊っちゃん』のなかで「赤シャツも(坊っちゃんだけでなく)漱石の分身」とか、思わず唸ってしまうセリフがそこここに出てくる。

この本を貫いている一本の糸は、漱石の小説を「宿命の物語」として読んでいく、というものだ。不幸な乳幼児期を送ったという「宿命」、西洋を後追いする歪んだ近代化のなかでの知的エリートという「宿命」。

そうした「宿命」がもたらす不安や葛藤や妄想に、ときに抗い、ときに踏ん張り、あるいは従順になろうとしたその軌跡として、『吾輩は猫である』から『明暗』までを読みといてゆく。深く納得させられる。

もうひとつ、この本の素晴らしいところは、漱石を読み返してみよう、という気にさせることだ。僕の好きな『門』についても、しとやかなヒロインお米に寄 せる吉本の目は、こよなく優しい。「このお米さんの役割は影のようにしか描かれていないのですが、実に見事に、影が逆に鮮明なイメージになって出てくるよ うに描かれています」。すぐに、『門』を読み返そう!(雄)

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