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2008年11月 4日 (火)

「さびしいまる、くるしいまる。」 中村うさぎ

Sabisii 中村うさぎ著
角川書店(256p)2002.11.30

1,575円

1960年代の後半、大学生だった僕がビートルズを好きになったのは「サージャント・ペパー」から、いわゆる後期ビートルズからだった。それ以前のビートルズはただのアイドルとしか思えず、キャーキャー騒ぐ女の子たちをバカにしていた。でも、好きになってよく聴いてみると、例えば初期のアルバム「ハード・デイズ・ナイト」など、たとえようもなく美しく、胸にじんとくる。実は女の子たちのほうが、よくわかっていたんだと恥ずかしかった。

そのときと似たような恥ずかしさを噛みしめながら言えば、僕は中村うさぎの遅れてきたファンである。

タレントのおすぎは、『週刊文春』は「ショッピングの女王」から読むと言ったけれど、僕も同じ。ブランドものに狂い、ホストクラブにはまり、美容整形に 血道をあげる自分を毒気たっぷりに報告して、「ああ、中村うさぎは今週もカゲキだ」と思わせる。そのテンションが何年も続いているばかりか、読んでいて心 配になるくらいに上がる一方なのだ。

この本は、中村うさぎがホストクラブにはまった(彼女のセリフを借りれば「15歳年下のホストに恋をした」)顛末を書き下ろしたものだ。連載コラムでは 書けなかった部分、惚れたホストとのやりとりのディテールや、自分の深層心理分析にまで手が届いているこっちのほうが、断然おもしろい。

これは何人もが語っていることだが、中村うさぎのすごさは、ブランドに狂い、ホストに入れあげ、自らの顔を傷つける整形にのめり込む自分を、恐ろしいほどに突き離して笑いのめしていることだろう。

「私は本当に男運のない(てゆーか、むしろ男を見る目がない)ダメ女なのかもしれない」とか、「いーかげん白鳥になりたがるのはやめな、中村うさぎ」とか、自分に対する鋭い突っ込みは、うさぎファンにはおなじみのフレーズだ。

惚れたホストの売り上げのために、1本10万円のドンペリ(懐かしい名前!)を一晩に何本もあける。銀行口座には数万円しか残っていないのに、ついには 1本100万円のブランデーを入れる(リシャール・ヘネシー。で、その場でホスト全員でイッキ飲みしてしまう)。住民税滞納で、港区役所から差し押さえを くらう。そんな愚行の数々。

中村うさぎほどに、バブルとバブル崩壊後の日本人の自画像をあからさまに、正確に、苦く、しかし愛をこめて描写し分析した書き手はいない、と思う。 

中村うさぎのエッセイにリアリティーがあるのは、彼女が体を張って、自らの身と魂をこれでもかとばかりに削り、血を流しながら文字を記しているからだ (身も蓋もなく言えば、自分をネタに商売してる)。ヴァーチャルなゲーム感覚こそが新しいと錯覚されている時代に、そんなふうに文章を書く人間は、ほとん ど絶滅しかかっている。

かつて私小説作家は、いわば表現のために自分の生活を貧乏や不倫や乱行で染め上げた。その多くは自滅していったが、中村うさぎは彼らの正当な後継者とい えるかもしれない。彼女のエッセイを読んで僕が思い浮かべたのは、なぜか川崎長太郎だった(川崎のような陰々滅々とした味わいではなく、やけっぱちの明る さが彼女の持ち味なのは、時代のせいだろう)。

「苦しみや痛みを回避して、合理的に生きることはできる。だけど、それは私の人生じゃない。私はちゃんと、自分で感じたいの。愛の苦しみも、愚行の痛み も、人生の空しさも、すべて自分で嫌というほど味わいたいの。のたうちまわるような苦しみの先に、きっと何か美しい物がある。私の人生に、ラクチンで平凡 な幸福なんかいらない。……地獄を通らなければたどり着けない天国に行きたい」

増えつづけるうさぎファンとは別に、「真っ当な業界」からは、中村うさぎはブランド狂い(ホスト狂い)を商売にしてると色モノ視されてきた。この本は印税前借りのカタに約束したもの、と公言しているように、確かにそうには違いない。

でも、中村うさぎの書くものに色モノのいかがわしさがないのは、自分は愚かだ、こんな自分が嫌だと書きながら、苦しみや空しさや傷つきの底で、結局のと ころ彼女が自分自身を信じ、肯定し、そのことによって人間というものを信頼しているからではないか。だから、中村うさぎを読んで、読み手は元気づけられ る。それがいま、中村うさぎが読まれている理由だと思う。(雄)

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