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2008年11月 4日 (火)

「北朝鮮に消えた友と私の物語」 萩原 遼

Kita 萩原遼著
文春文庫(435P)2001.5.10(単行本は1998刊)

552円

北朝鮮から帰国した拉致被害者のニュースが新聞やテレビをにぎわしている。北朝鮮という国についてはよく分から ないことが多いし、情報を得ようにも、かつては左翼、今は「自由主義」のイデオロギーで塗り込められた本ばかりで、信頼できるものは少ない。その実状を知 る適当な本はないかと探して、本書に突き当たった。著者は日本共産党の機関紙「赤旗」の元ピョンヤン特派員。彼のピョンヤンでの体験を綿密な調査で裏づけ、個人的な体験でありながら歴史的パースペクティ ブも併せ持つ、迫力あるノンフィクションになっている。大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しているから知られている本なのだろうが、僕は不明にして読んで いなかった。

主な登場人物が二人いて、彼らの人生がたどられる。一人は、著者の親友で大阪の定時制高校に通っていたときの同級生、尹元一(ユン・ウオニル)。尹は1960年、朝鮮総連が中心になって推進した「帰国運動」に身を投じて北に帰国した後、消息不明となる。

もう一人は、著者がピョンヤンに赴任するとき、「北に帰国して消息の絶えた弟のことを調べてほしい」と頼んだ金竜南(キム・ヨンナム)。金は済州島(チェジュド)生まれ、15歳のとき左翼の武装蜂起に参加して捕らえられ、服役した後、日本に密航してきた。

「この国の異常さについて赤子のように無知だった」著者は、「憧れの」ピョンヤンにつくとさっそく尹の消息を調べてくれるよう当局に依頼する。それが、1年後、スパイ罪で北朝鮮を退去させられるまでの、すべての出来事の始まりだった。

やはりピョンヤンについて間もないころ、著者は金に頼まれた弟の住所を訪ねる。暗く古ぼけたアパートに金の弟は不在で、髪が乱れ青ざめた女だけがいて、何も答えようとしない。「私の最初のショックだった。鬼気迫るものを感じた」。

やがて著者は、すべての行動が監視され、密告されていることを知る。得体の知れない人物から「尹に会わせる」と電話がかかってくる。盗聴を恐れて、妻と の会話も筆談でするようになる。筆談したメモも燃やす。ふと目を上げると、向かいのアパートから掃除婦がじっと、その小さな炎を見ている。外出から戻る と、部屋を調べられた跡がある。妻は、「消される」と怯える。

尹元一の消息は、遂に分からないままだった。金竜南の弟は、強制収容所送りになっていたことを後に知る。もしかしたら、北にとって不審人物である自分が 動いたことが彼らの運命を狂わせてしまったのかもしれない、と著者は自問する。「もし推測があたっているとするなら彼を死地に追いやったのはこのわたしと いうことになる」。
 
北朝鮮は、いつからこんな国になってしまったのか。著者はそれを1967年と考え、「金日成親子のクーデター」と呼んでいる。この年、実に中央委員の6割、中央委員候補の6割、政治委員の7割、政治委員候補の8割が粛正された。
 
これは「まさに軍を背景にした金日成が唯一独裁を固めるためのクーデターにほかならなかった」。ここから金日成の「主体思想」絶対化が始まったし、今日の農業・工業の破綻の源もここにある、と著者は言う。

金正日体制は遅かれ早かれ崩壊するにちがいない。しかし武力行使も辞さないアメリカの強圧的な政策では、混乱は測りしれず、現在でも死と隣り合わせの、 生きているかもしれない尹元一や金竜南たち北の国民の犠牲は想像を絶するものになるだろう。北を軟着陸させるために日本の果たす役割はあるはずだけれど、 今の拉致犠牲者一辺倒の空気はそれを許さない。
 
その空気は、日清戦争の三国干渉での、日露戦争講和での、第二次大戦での、異論を許さない愛国的な「挙国一致」を思い出させる。恐ろしくもあり、悲しくもある。(雄)

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