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2008年11月 8日 (土)

「封印される不平等」 橘木俊詔

Huuin 橘木俊詔編著
東洋経済新報社(234p)2004.07.29

1,890円

最初の1行には、「日本の平等神話は崩壊している」とある。かつて日本は、「先進諸国で貧富の差がいちばん少ない国」とか「世界でもっとも成功した社会主義国」とか言われてきた。でも、そういう言い方が過去のものであることは、この10年、誰もが肌身に沁みて感じている。この本は、目の前で進行する格差の拡大にたいして積極的に発言してきた4人の論者――橘木俊詔(経済学)、刈谷剛彦(教育学)、斉藤貴男(ジャーナリスト)、佐藤俊樹(社会学)――による座談会と、それを受けた橘木の論によって構成されている。

4 人の一致するところ、所得などの不平等化が進行しはじめたのは1980年前後だという。1970年代まで、この国の所得分配が北欧並みの平等度を達成して いたことはOECDの統計からもはっきりしている。また子供が親の職業(所得)の制約を受けずに、比較的自由に自分の進路と職業を決められたのが、高度成 長前期までの日本だった。

それが変化するのは1980年代に入ってから。税・社会保険料を差し引いた後の「再分配後所得の不平等度」を計る係数を見ると、80年代の半ばからじりじりと上昇をはじめ、90年代後半になるとそれが一層はっきりしてくるのが分かる。

なぜなのかは、たいていの人が思いつくだろう。年功序列から成果主義への賃金体系の転換、不況とリストラによる失業率の上昇、社員を減らし派遣労働者を増 やす雇用形態の変化、ベンチャー・ビジネスの成功者など高額所得者の増加、恵まれた熟年層と低所得の熟年層という高齢者の2極化、などなど。

加えて、1986年には15段階・最高70%だった所得税の税率が、何度かの変遷をへて1999年には4段階・最高37%へと変わったことの影響も大きい。富める層を優遇したこの所得税の改訂については、格差拡大が国の意思だったことがはっきりしている。

ところで、平等・不平等を議論するときには2つの視点が必要なのだという。ひとつは「結果の不平等」で、もうひとつは「機会の不平等」。

たとえば、ある人が得る所得が多いか少ないかは「結果の不平等」に属する。大企業に入ったり、いい仕事や売れる仕事をした人間には高い所得がもたらされ る。事業に失敗したり、失業したりすると所得は下がる。つまり競争の結果として、成功者と失敗者には「結果の不平等」がついてまわる。

「結果の不平等」については、4人の論者のあいだでも、「ある程度以上の格差は是正(政府による再分配)すべきだ」という意見から「機会の平等が保証されていれば、どんな結果の不平等があってもよい」という考えまで、かなりの幅がある。

でも一致しているのは、「機会の不平等」があってはならないということ。つまり競争に参加するチャンスは、誰にでも公平に開かれていなければならない。こ の「機会の不平等」についていちばん分かりやすく、しかも重大な問題は、親の人種や職業、所得によって子供の地位に影響があるかどうかということだ。

刈谷の調査によると、1979年と1997年のデータを比較すると、97年では高校生の「学力」と「学習意欲」の両方について、親の階層による格差がはっきり存在するという。

それによると、高校生の学校外での学習時間は、親が高い階層に属しているほど多くなる(もっとも、同じ階層のなかでは、79年に比べるとどの階層でも学習 時間は低下している)。また子どもに対して「落第しない程度の成績でよい」と考える親は、下層にいくほど多くなる。

さらに、父親と息子の職業を比較した佐藤の調査によると、子どもが父親の職業・階層を受け継ぐ確率が最近では高くなってきている。特に「上層ホワイトカラー(管理職・専門職)」ではその傾向が強い。

言いかえれば、父親が「上層ホワイトカラー」でない場合、その子どもが「上層ホワイトカラー」になれる確率が低くなってきている。つまり「結果の不平等」が次の世代の「機会の不平等」をもたらし、階層間の移動が少なくなって社会が閉じられつつある。

「2世社会」などと言われるように、そのことはすでに多くの人が実感しているに違いない。でも、このように改めてデータとして出されてみると、いったんは 立ち止まって、この国はどこへ行こうとしているのかと考えこまざるをえない。ほんとうにみんな、アメリカ型の競争社会を望んでいるの?

こうしたデータを基にして、座談会では「競争社会がいいというコンセンサスはできているのか」「競争社会に参入できる人、できない人が選別されているので はないか」「競争社会は実は非効率なのではないか」「日本はアメリカ型ではなく旧ソ連型の不平等社会になりつつあるのではないか」「社会が、ものを考える 2割程度の人と、何も考えない8割の人とに分割されているのではないか」など、刺激的な議論が展開されている。

また、アメリカは貧富の格差が日本よりはるかに大きいだけでなく、「機会の不平等」についても人種や学歴による格差がきわめて大きい社会(「アメリカン・ドリーム」のキャッチコピーにもかかわらず)であることも指摘されている。

橘木の診断によると、今の日本はアメリカほどではないにしても、「イギリス、フランス、ドイツといった国とほぼ同等の不平等度に高まった、……いわば普通の先進国になった」という。

進行しつつある不平等がさらに拡大するのを許すのか。「普通の国」になった現状で歯止めをかけるのか。あるいは、もういちど格差を縮小するほうへ舵を切るべきなのか。この国の未来を考えるために、いろんな素材を提供してくれる一冊だ。(雄)

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コメント

私は民主党のマニフェストを読んでいませんし、非正規雇用の問題について新聞報道以上の情報を持っていません。

その上で素人考えを言えば、技術者(エンジニア)の非正規雇用が許されるようになったのは、技術職(特にIT関係)の雇用流動化が進んだという背景があると思います。ただ、その実態が「過酷な労働環境に置かれている割に低賃金で、雇用も製造現場の技能職以上に不安定」というのは、私にも知人がいるから分かりますが、おっしゃる通りでしょう。また「契約社員・個人請負を含む非正規雇用を対象にしなければ、派遣社員が契約社員・個人請負に切り替わるだけ」というのも、その通りと思います。

ただ、派遣・契約・個人請負を禁止して正社員化を図れば、人件費は上昇します。人件費については、中国をはじめとする新興工業国と同じ土俵で勝負しても太刀打ちできませんから、そこと競合しない高付加価値の技術と製品の質が問われることになります。一方で経営者は、(技術職に限らず)非正規雇用を禁止すれば、しわ寄せはどんどん下(アルバイトなど)に行くだけだし、生産拠点を海外に移すと言うでしょう。

いま、経済は善くも悪くも世界市場を前提にしています。そうした国際環境のなかで、どういう方策が有効なのかは、正直言って私には分かりません。「技術者が長期的に安心して技術開発・技術革新に取り組め、その結果、産業が発展し技能職の雇用を持続することが可能」な社会がいいのは言うまでもありません。そのために、どうしたらいいのか。現場のひとりひとりの視点を基本にしながら考えていきたいと思います。

投稿: | 2009年9月 4日 (金) 11時50分

◆技術者等の非正規雇用を明確に禁止すべき

▼民主党は、マニフェスト案において、『原則として製造現場への派遣を禁止』とす
る一方で、『専門業務以外の派遣労働者は常用雇用』としています。『専門業務』の
『常用雇用』が除外され、かつ『専門業務』に技術者 (エンジニア) 等が含まれると
すれば、これは看過できない大きな問題です。
技術者 (エンジニア) 等の非正規雇用 (契約社員・派遣社員・個人請負等) を明確
に禁止しなければなりません。
改正前の労働者派遣法に関する「政令で定める業務」の内容は、技術の進展や社会
情勢の変化に対し時代遅れになっており、非正規雇用の対象業務を、全面的に見直す
必要があります。
また、派遣社員だけではなく、「契約社員」・「個人請負」等を含む非正規雇用を
対象としなければなりません。

【理由】

●技術者等の非正規雇用が『製造現場』の技能職に比べて、賃金・雇用・社会保険等
において有利だという誤解があるならば、そのようなことは全くない。長時間労働
など過酷な労働環境に置かれている割には低賃金の職種で、雇用が安定しているか
というと、『製造現場』の技能職以上に不安定である。

技術者等が『製造現場』の技能職に比べて過酷な労働環境に置かれているにもかか
わらず、非正規雇用として冷遇されるのであれば、技術職より技能職の方が雇用・
生活が安定して良いということになり、技術職の志望者が減少して人材を確保でき
なくなる。努力して技術を身につけるメリットがなくなるため、大学生の工学部・
理学部離れ、子供の理科離れが加速する。一方、技能職の志望者は増加し、技能職
の就職難が拡大する。

●技術者等の非正規雇用が容認されると、マニフェスト案『中小企業憲章』における
『次世代の人材育成』と、『中小企業の技術開発を促進する』ことが困難になる。
また、『技術や技能の継承を容易に』どころか、逆に困難になる。さらに、『環境
分野などの技術革新』、『環境技術の研究開発・実用化を進めること』、および、
『イノベーション等による新産業を育成』も困難になる。

頻繁に人員・職場が変わるような環境では、企業への帰属意識が希薄になるため、
技術の蓄積・継承を行おうとする精神的な動機が低下する。また、そのための工数
が物理的に必要になるため、さらに非効率になる。事業者は非正規労働者を安易に
調達することにより、社内教育を放棄して『次世代の人材育成』を行わないように
なる。技術職の魅力が低下して人材が集まらなくなるため、技術革新が鈍化、産業
が停滞する。結局、企業が技能職の雇用を持続することも困難になる。

●派遣社員だけではなく、「契約社員」・「個人請負」等を含む非正規雇用を対象と
しなければ、単に派遣社員が「契約社員」・「個人請負」等に切り替わるだけで、
雇用破壊の問題は解決しない。

企業は派遣社員を「契約社員」や「個人請負」等に切り替えて、1年や3年で次々
に契約を解除することになり、現状と大差ない。

▲上記の様に、『製造現場への派遣を禁止』するにもかかわらず、技術者等の非正規
雇用 (契約社員・派遣社員・個人請負等) を禁止しないのであれば、技能職より雇用
が不安定となった技術職の志望者が減少していきます。そして、技術開発・技術革新
や技術の継承が困難になるなどの要因が次第に蓄積し、企業の技術力は長期的に低下
していきます。その結果、企業が技能職の雇用を持続することも困難になります。

これを回避するには、改正前の労働者派遣法に関する「政令で定める業務」の内容
を見直して技術者等の非正規雇用を禁止し、むしろ技術者等の待遇を改善して、人材
を技術職に誘導することが必要です。これにより、技術者等は長期的に安心して技術
開発・技術革新に取り組むことに専念できるようになります。その成果として産業が
発展し、これにより技能職の雇用を持続することが可能になります。

もしも、以上のことが理解できないのであれば、管理職になる一歩手前のクラスの
労働者ら (財界人・経営者・役員・管理職ではないこと) に対し意識調査をするか、
または、その立場で考えられる雇用問題の研究者をブレーンに採用して、政策を立案
することが必要です。

投稿: pMailAgency | 2009年8月27日 (木) 18時23分

この書評は4年前に書いたものですが、事態はいっそうひどくなっているように思えます。

今の金融危機は、世界の実体経済より4倍も大きい投機資金がマネーゲームを繰り返した結果と言われますが、企業や産油国の超富裕層に蓄積されたこれら投機資金は、本来なら企業で働く人や産油国の国民に還元されなければならなかったお金です。

「ちゃんと働いている人間が食えない世の中はおかしい」。こういう常識がすべての基本だと思います。世界中で、この常識の底が破れてしまっています。

叉葉賢氏の「また派遣、また派遣」という単調なリズムと歌詞の繰り返しが耳に残ります。

投稿: | 2008年11月 8日 (土) 12時40分

市場原理主義に翻弄され続ける世界経済。
フォーディズム(フォード方式の経済システム)の次の経済モデルの選択を誤った結果に他ならない。労働者=購買力であるからだ。
搾取された利潤がマネーゲームに向かい続けた15年、派遣労働者は増え続けてきた。
そんな派遣労働者の一人 叉葉賢(またはけん)氏が youtube に自身の歌を発表している。

http://jp.youtube.com/watch?v=v0siyuT_0as

我々はこの声を看過してはならない

投稿: たまきち | 2008年11月 8日 (土) 11時02分

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