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2008年11月11日 (火)

「四大帝王を直撃!偏愛ワイン録」 葉山考太郎

Yondai 葉山考太郎著
講談社(285p)2006.05.26

1,890円

246と環七の交差点をちょっと入った駒沢の住宅地に小粋なワイン・ショップがある。そこに置かれていた本。ワ イン好きが「経験」を綴った個人のワイン史。「偏愛」という書名をつけた所以もそこにあるのだろう。業界人でないが故の「素人の素直な疑問」が提起されて いる。評者は酒を得手としていないのでワインの薀蓄に長けているわけではないが、次のような挑戦的なキャッチ・コピーにつられて本を手にした。「・・・ワインの勢力図を読み解くうえで取り上げたキーワードは、『1976年のパリ試飲会事件』『ワインの国際化』『ワインのフランス化』『ロバート・ パーカーの登場』『黒ワイン』『フライング・ワイン・メーカー』『テロワール』『ビオディナミ』である。これを読めば、旧世界ワインと新世界ワインの対 決、ワイン批評の民主化など、この30年間に起きた激動のワイン史、ワイン界の流れが、『30分』でわかるようになっている。・・・」

「30分」がキーワドであるが、さすがに「30分」というわけにも行かず、もう少し読んでみて、ワイン界の事柄がわかった気になったのは事実である。ワイン好きの人にとっては百も承知の事柄なのかもしれないが、文章も読みやすく門外漢にとっては分かりやすい。

さて、本書は四人のワイン業界のビック・プレーヤーへのインタビューがなかなか面白い。うち二人が評論家(ワイン・ライター)であるということがワイン業 界の特徴なのだろうか。例えばこの50年間の映画を語ろうとすれば映画監督や脚本家・俳優といった人たちがインタビューの対象になることはあっても、映画 評論家が対象になることは無いだろう。

さて、ワイン評論界のリーダーたる二人、その一人がアメリカ人のロバート・パーカー。もう一方はイギリス人のヒュー・ジョンソンである。嗜好品であるワイ ンを評価・点数化するという作業は、その客観性を求めるというよりもその作業自体が芸術や文化になっているのだろうと理解した。しかし、文化論といったも のの、ヒュー・ジョンソンが語るロバート・パーカー像は感情的に過ぎるし、ヨーロッパ人のアメリカ人に対する感情のもつれはなかなか複雑である。

「・・・パーカーとはこれまで何度も一緒にテイスティングしたことがあるし、話たこともある。パーカーはすごくいい男だ、冷静で、知的で、・・・・パー カーの味覚は、アメリカ人の味覚そのものであり、ヨーロッパ人のそれではない・・・フランスのワイン生産者は、アメリカのマーケットが最重要と思っている のでない限り、アメリカ人の味覚に従う必要はない。・・・」

このような、「アメリカ人にヨーロッパのワインが分かるわけはない」という信念はイギリス人のヒュー・ジョンソンの個人的な見解というよりヨーロッパ文化 としての定説になっているのではないか。アメリカを馬鹿にするヨーロッパ人(特にフランス人)の思考はワインに限らずいろいろな分野で垣間見ることができ る。だからこそ、アメリカ建国200年を記念して行われた1976年のパリ試飲会事件の衝撃が大きかったことは想像に難くない。

「1967年、パリのインターコンチネンタルホテルで、フランスワインとカリフォルニア物がガチンコ対決する試飲会が開かれた。審査員は、フランスのワイ ン界を代表する錚々たる有名人・・フランスワインの赤の代表はムートン、オー・ブリオン・・・・・というボルドーが誇る超エリート軍団。白は、バタール・ モンラッシュ、ムルソー・シャルム・・・・というブルゴーニュ四銃士だった。

ワインをすこし勉強した人なら、これだけのフランスワインがそろえばどんなワインと対決しても負けるわけがない、と思うはず。ところがいざ蓋を開けてみる と赤の一位は、カリフォルニアのスタッグス・リーブ・カスク23、白もカリフォルニアのシャトー・モンテリーナだった。・・・・フランス以外の国のワイン 生産者を呪縛してきた『ワインはフランス』という神話が崩れた瞬間だった。・・・・天才は天才であることを自覚すると神通力が消えるが、反対に美女は自分 が美女であることを自覚しないと美女になれない。・・・フランス以外のワイン生産者が【フランスに比べてそれほどは劣らない】ことを自覚し、『美女』であ ることを認識したのだ・・・」

以降、フランス以外のワイン生産者はこうして自信を持って(みずから「美女」であることを認識して)国際的なワイン・ビジネスに躍り出ていったのか。しか し、それまでの各国の土着種のブドウを使うよりフランスの高貴種のぶどうを使ったワインこそビジネスとして成り立つということであり、本来土地固有の気 候・土壌・地味を大切にする「テロワール」重視のワイン造りから国際化というか同一化の波がワイン界で進んできている。そのあたりが自己矛盾の様相である と同時にワイン・ビジネスのダイナミズムとでも言うべきか。要すれば、かなりしたたかなビジネスマンがワイン作りをしているのだと理解したほうが良さそう である。

ビオディナミ(有機農法・バイオダイナミックスのフランス語)の推進者であるニコラ・ジョリイを大奇人として語.ることは多い。彼は、除草剤・殺虫剤など 生命を殺す化学薬剤は使わないという科学としての手法の部分と、「月が獅子座に達する数日間、月は『火』の光を反射するので、これを有効に使う」といった 非科学の部分が混在したビオディナミの実践者であるのだが、彼の造るワインが超一級とのことで、ただの「怪しいオジサン」ではないともいわれている。その かれもブドウの木一本あたりの収量などをしっかり計算するビジネスマンである。しかし、こうした非科学性の部分をどうにか確認しようと探るインタビューの やりとりもなかなか面白く、頭の良い人間同士の会話の面白さが満喫できる。

また、イタリアワインのリーダーである、ピエモンテのアンジェロ・ガイヤのインタビューも秀でた人間の持つ危険な部分もよく引き出している。頑固さや洒 落っ気とともに、アメリカのワイン輸入業者がガイヤのバルバレスコを気に入って全てを欲しいといってきたことからアンジェロは大いに自信になったという。 やはり、アメリカという巨大な市場に足がかりを作ることがそのビジネスの成功にとって不可欠であり、市場を広げていく意欲がイタリアワインのイメージを上 げていったということのようである。

ワインとは好きなものを飲むといった単純かつ主観的な飲み物でないことは承知しているが、本書を読むと文化とか強烈な個性などがぶつかり合いながらワイン 業界を支えてきたことが理解できる。一方、テイスティングで順位を決めるという客観的なようでかなり主観的表現が許される評価システムが存在しつつ、パー カーのように市場に対して大きな影響を与えるような個人が存在している。その複雑性がワインを文化として支えてきた力の源泉だろうし、本書もそうした危う さというか面白さの中で成り立っている好著。(正) 

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