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2008年11月 4日 (火)

「死への祈り」ローレンス・ブロック

Shiheno ローレンス・ブロック著
二見書房(456p)2002.11.25

2,310円

数えてみれば15冊、20年近くにわたってつきあい、僕のなかではもう実在の人間以上にリアルな肉体と心を持ってしまった探偵マット・スカダーとの、ひょっとしたらこれは「別れの始まり」になるかもしれない。そんな予感にふるえながら、やっぱり一気に読み終えてしまった。1970年代から80年代に全盛をきわめたネオ・ハードボイルドの、何人の探偵たちとそんなふうに別れてきただろう。孤独な中年男だった名無しのオプ、 「68年世代」の元過激派モウゼズ・ワイン、マッチョでグルメのスペンサー、酔いどれ探偵ミロ……。スカダーは、僕のなかで最後に残ったただ一人の探偵 だったのに。

ハー ドボイルドの基本が<一人称>である以上、シリーズ化が長期化すればするほどに、探偵と彼を取り巻く人間関係に大なり小なり作家の「私小説」めいた要素が 反映してくるのは止むをえない。いや、シリーズが好調な間は、それこそが魅力なのだ。その同じ部分が、ある作品をきっかけに「飽き」に反転する。惚れこん だ度合いが深いほどに、そのときの別れはつらい。

この小説で、スカダーはすっかり中産階級化してしまった。しかもその背中には、覆いがたく老いが忍びよっているのを隠せない。

かつて警察からドロップアウトし、無免許の探偵としてニューヨークの底辺をさまよっていたアル中のスカダーが、今では立派なアパートを所有し、カーネ ギー・ホールの文化事業に多額の寄付をする身分になってしまった。禁酒もすっかり身につき、心を磨りへらしてアルコールの誘惑におののくこともない。

小説の後半、事件を解決するのに、インターネットが大きな力を発揮する。かつてのスカダーだったら街を歩きまわり、男たち女たちの一言や一瞬の表情から事件のカギを見つけるのが当たり前だった。
 
動きがにぶくなり、パソコンでの情報収集はアシスタントのTJ、暴力はアンダーグラウンドに生きるミック・バルーという、おなじみの仲間にお任せだ。そこからは、いささかアームチェア・ディテクティブの気配がただよってくる。
 
などと文句を言いながらも、ブロックの職人技は健在だ。しゃれた会話とストーリー・テリングのうまさは相変わらず。ニューヨークの街の空気感を、こんなに感じさせる小説家はいないと思う。

スカダーと妻のエレイン(彼女が高級娼婦だったシリーズ初期の二人の関係は危うく、刺激的だった)のジャズや映画の趣味からは、1950年代、60年代 のノスタルジックな匂いが濃厚にただよってくる(僕のひいきのロバート・アルドリッチの映画やシダー・ウォルトンのピアノを、スカダーも好む)。

聞くところによると、著者のブロックは10年ほど前にニューヨークを引き払ってマイアミに引っ越してしまった。だからこの間、真の主役はニューヨークの街ともいうべき「スカダーもの」の、次の作品が果たして書かれるのかどうか、ファンは常に気をもんできた。

僕たちは本書を読めたことを素直に喜ぶべきなのだろう。あの「八百万の死にざま」から「聖なる酒場の挽歌」へと連なる傑作群のヒリヒリと切迫した心情や、90年代の、「墓場への切符」に始まる“倒錯3部作”の面白さに比べることはできないにしても。

スカダーには、無理な願いだとわかっていても、まだ老いてほしくない。(雄)

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