« 「年収300万円時代を生き抜く経済学」 森永卓郎 | トップページ | 「日本経済復活への序曲」田中直毅 »

2008年11月 5日 (水)

「なぜわれわれは戦争をしているのか」 ノーマン・メイラー

Naze ノーマン・メイラー著 田代泰子訳
岩波書店(110p)2003.09.05

1,260円

大戦後、一貫して反権力と戦争の不毛を説きつづけてきたノーマン・メイラーが9.11とイラク戦争に関して行っ た、対談と講演録である。評者の年齢では活字が大きいというのも読み易い重要な要素だが、慣れ親しんだ、あのメイラーの凝った文体や言い回しに比較する と、明快でシンプルな論理展開は大変わかりやすい。

「な ぜアメリカはイラクと戦争をしているのか」という問いに新しい見解を提示しようとする本書であるが、大戦後の政治・経済・地勢社会といったものを縦糸に し、文明・宗教といった深層を横糸にして、最後に、ジョージ・W・ブッシュ大統領(JWB)への批判(個人の資質や選挙の正当性)をトッピングしたような 構成である。

9.11はアメリカ国民に物理的・心理的激震を与えた。評者もLiveでTVに映し出される光景に圧倒されていたことを思い出す。そうした状況をメイラーは次のように考える。

「アメリカ国民はアイデンティティ危機のさなかにいた。」なぜなら「なぜわれわれはこれほど憎まれているのか? いったい誰がわれわれにこれほどの恨みを いだくのか? われわれは悪いことはしていない。」といった自問のはてに、「自分が何者であるのか、もはや断言できなくなる。」。その結果「・・・至極わ かりやすい反応を示した。熱狂的愛国心に身をゆだねたのである。」と。

事件後何日もの間、TVに映し出される星条旗の波は一般的なアメリカ人が示した怒涛のような愛国心であるが、同時にメイラーはこの状況が持つもうひとつの危機を指摘している。

「デモクラシーは危険な概念のうえに成立している。・・・建国の時アメリカは、大衆が自由に意志を表明すれば、その結果は悪より善になる、という大胆な概 念にもとづいて大それた賭けにでた文明史上初めての国になった。・・・・」しかし、「デモクラシーは実存で、たえず変化し続けている。わたしが無定見な愛 国心を嫌う理由のひとつはそれだ。」アメリカが全体主義(国旗保守主義)に流されていく危険を彼の嗅覚はしっかりと認識している様である。

一方、不道徳と邪悪をしっかり定義ずけた上でテロは不道徳ではなく、不条理であるが故に邪悪だとしている。イスラムが邪悪なテロ実行に踏み込んでいく理 由ば何故なのか? メイラーは「アメリカ文化(女性の活躍・性的に開放されたメディア・金によってのみ動く企業・等)によってイスラムが拠って立つすべて の価値が侵食されるとの恐れがムスリムの憎しみの核である」としている。それに対し、アメリカ人が口にする「正義」とか「ここは神の国」といった言葉は、 こうした文明の対立の前では何の価値も無く、次のメイラーの問いかけにアメリカ人だけでなく、我々、日本人もその答えを求められている部分であろう。

「テロリストにとってたくさんの人を抹殺できればできるほどうれしいのだ、しかし、正義を振りかざしてそれに憤慨する前に訊きたいんだが、かって使用され たことの無い、尋常ならざる手段によって、広島で十万人が殺され、その三日後には長崎でさらに十万人が殺されたことを思って、ハリー・トルーマンはベッド で震えただろうか? それとも、戦争に勝ったことに満足していただろうか?・・・・・」

9.11を遡る10数年間のイスラム社会・国家に対するアメリカの政策・戦略は正義という尺度で見た場合、けしてまっとうでもなく、有効でもなかった。 加えてビル・クリントンは例のスキャンダルの渦中にあっては戦士としては役立たなかった。そしてブッシュ(JWB)が「合法のような、違法のような」選挙 によって登場したものの、その正当性が疑われた。

米国内には景気後退や失業率上昇といった問題が続く中で「9.11がJWBにとって政治的たなぼたのように起こった」。しかしオサマ・ビンラディンも捕 らえられず、アメリカの信用を揺らがす様な事柄がたて続けに起こってしまった。エンロン問題で企業倫理は地に堕ち、FBIでは15年もの間ソ連の二重スパ イだった男が逮捕され、子供への性的虐待でカトリック教会に対する訴訟が起こされた。本当に嘆かわしいかたちでアメリカの面目を失墜していった。メイラー はだから、ある種の精神(サイキ)の若返りを図るために勝てる戦争がブッシュ(アメリカではない)には必要だったとする。

そして結びの文章は次のブッシュへの痛烈な皮肉で終わる。 
「ある国を大きな歴史的行動へと促す動機は、その国の指導者の精神的理解力より高尚なものにはなりえない。」

メイラーの年齢を感じさせない力強さは相変わらずで、丁寧に自分の考えを伝えたいという文章である。原書にも目を通したが、原文の持つリズムを素直に訳 しているように思う。戦後のアメリカの若者をリードしてきた文化の旗手であった80歳のメイラーが、何故いま、語らなければならないのかを考えてみるとア メリカの苦悩の深さが浮かび上がってくる様に思う。(正)

|

« 「年収300万円時代を生き抜く経済学」 森永卓郎 | トップページ | 「日本経済復活への序曲」田中直毅 »

 な  行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「年収300万円時代を生き抜く経済学」 森永卓郎 | トップページ | 「日本経済復活への序曲」田中直毅 »