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2009年1月29日 (木)

「国民的俳句百選」長谷川 櫂

Kokumin 長谷川 櫂著
講談社(342p)2008.11.05
1,785円

オバサン達から人気絶頂の俳人・長谷川櫂が講談社の週刊現代に書き継いできたコラムの単行本化である。国民的俳句百選というだけあって、世に名句といわれているものの読み方、味わい方などの解説とともに百句以外の句も数多く紹介されている。百句に絞り込むことの難しさもあったからだとは思うが、なかなか盛り沢山な内容である。あくまで普通の人
(週刊現代の読者:オジサン)を 対象とした俳句のコラムがベースでもあり、読みやすい一冊になったとおもう。帯のキャッチは「読めば俳句がよくわかる。読めば日本がよくわかる。」という 直接的な売り文句が並んでいるものの、安易に読者に迎合した内容になることもなく全体の破綻もないところは著者の腕の冴えである。この種のコラムが週刊誌で100(二年間)続くというのも考えてみれば、俳句が身近に存在している証左でもあり、私達が考える以上に俳句・川柳文化は現代に深く定着していると実感する。

さて、長谷川が選んだ百句であるが、百人一句ではないので、一人で複数句選ばれている俳人もある。その筆頭は芭蕉で六句、そして蕪村・其角が四句ずつ、凡兆・秋邨・波 郷はそれぞれ三句が選ばれている。こうしてみると、芭蕉が時代を超えて現代に通じる感性を評価されるという力を実感するとともに、俳句のような短詩形の特性として、数少ない語数で構成されているがゆえに時代に左右されない普遍的な表現を作りやすいとも考えられる。長谷川は句の選定基準を次のように述べている。

「この国の文学はいいたいことをできれば言葉でなく、「間」によって伝えることを最上とした。・・・・俳句は短い(言葉が少ない)というだけでなく、その短い言葉を「切れ」によってさらに短く切り、深々とした「間」をとりこむ詩である。・・・・名句とは何か。・・・・名句であるか否かを見分ける目利きの基準は、その句が涼しげにそこに立っているかどうか。実はこれ一つしかない」

広く、深い世界を十七文字で表現するために「切れ」と「間」は長谷川が常々指摘している重要な技法・技術であるが、そうした指摘を拾ってみていると、同時に間違って覚えられてしまっている名句の例示も出てきた。なかなか面白いのでその趣旨を紹介すると、

「秋深き隣は何をする人ぞ」という芭蕉の句があるが、「秋深し・・」と間違って覚えている人も多い。そう指摘されてみると、はたして「秋深し・・・」と覚えていたような曖昧な気持ちにもなってくる。「秋深し / 隣は何をする人ぞ」となるか、「秋深き隣は / 何をする人ぞ」となるか。それは「切れ」の違いを生み、含意も異なってくるというのが長谷川の指摘。「秋深し」と「隣は何をする人ぞ」では極めて平板的に言葉を並べたことになる。もっと言うとドライな現代では「秋になったが、隣が何をしていても知りませんよ」と読まれかねない。一方、本句の「秋深き隣」では「秋深い隣の人」つまり、「秋深さを湛えた人」を思いやる意となる。

同様に、「目に青葉山ほととぎすはつ松魚(かつお)」とよく覚えられている句は「目には青葉山ほととぎすはつ松魚(かつお) (素堂)が本句である。「目には青葉」という、あえて字余りにした躍動感に着目すべきとの解釈。「間」のあり方の大きい効果の一例として挙げている。

「俳句を読めば日本がよくわかる」という帯のキャッチの意図は本書の中で江戸文化に対する知識を丁寧に説明しているところにもあると思う。江戸にあって東京に無いものの一つとして物売りの声がある。話芸として寄席でいろいろな物売りの声を聞かせる芸人もいるが、それほど江戸には近郊の村からさまざまな物売りがやってきた。虫売りもその一つ。

「虫売りは草花売りの弟かや」臥猿

「・・・野山で狩りあつめてきた鈴虫や松虫、邯鄲などを小さな竹かごに入れて売っていたものだが、道灌山は松虫、飛鳥山は鈴虫の名所であり、御茶ノ水も広尾も虫で知られていた」

道灌山といえば卒業した中学・高校のあるところで校歌にも道灌山が歌われている。また、飛鳥山といえば子供の時分走り回っていた場所だ。そうした身近な場所が、江戸の時代には松虫や鈴虫の名所であったとはまったく知らず、風流の欠けらも無く過ごしていたのかという極めて個人的な感慨とは別として、いまや都会の真ん中も江戸の当時は近郊の田舎だったということである。そうした虫売りや草花売りがやってきた江戸の町で、草花売りは女の仕事で虫売りは男の仕事だったことから読まれた一句とのこと、

「・・・・虫売りの若者が草花を売りに来る乙女と姉弟ならば風情があるのに、というのだ。秋草の花が咲き、虫のすだく野に二人してつつましく暮らしている、懐かしい昔物語のような場面も浮かんでくる。・・・」

一番気に入った一句。

「憂いことを海月(くらげ)に語る海鼠(なまこ)哉」召波 

憂いこととは、天下国家や金の苦労ではなく、恋の悩みであることは江戸の常識だそうで、そのあたりから読む側の広い教養が試されている。

「・・・・ 海底の砂に寝転ぶ一匹の海鼠。近頃顔色がすぐれぬと思えば、鱚の乙女に恋したのか、細魚の美女に振られたか、どうやら恋の悩みらしい。・・・海月に悩みを 打ち明けているところ。相談相手がよりにもよって遊び人の海月ではまともな助言は得られそうに無いが、海鼠の純朴ぶりがいじらしい」

と、この句を解していた長谷川だが、最近もしかすると、と思い始めた読み方とは、

「・・・この海鼠、海月に恋をしてしまったのではないか。海鼠にしてみれば、ふわふわと波に漂う海月は高嶺の花。・・・・竜宮城の舞台から飛び降りる覚悟で告白に及んだ。『海月に語る』の『語る』を相談ととるか、告白ととるかで天地ほどの違いが出る。・・・・」

なるほど、いろいろな読み方があるものだ。評者は前者に近いが、こう読みたい。純朴な海鼠とふわふわ漂う遊び人の海月の会話を聞いてみると、海月も思いのほか親身になって助言をしてくれている。「お前には女の気持ちなんざあ、判らんだろうが、・・・」などと言いつつも、世間を知り尽くした海月が謹厳実直な海鼠に女のあしらい方について助言している。海鼠は判ったのかどうかは別として、しきりに頷いて聞いている。そんな風情が望ましい。

俳句の鑑賞も勝負どころは読み手の想像力であると実感できる好著。()

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