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2010年7月15日 (木)

「日本は世界5位の農業大国」浅川芳裕

Nougyou

浅川芳裕 著
講談社(192p)2010.02.19
880円

この一年半のあいだ週末を利用して旧東海道を歩いている。旧東海道といっても都会に飲み込まれてしまった道や静かな住宅地の抜け道として残っているところなど、いろいろな風景に出会う。その中でものどかな田園風景を歩くことも多い。素晴らしく手入れの行き届いた田畑の中に多くの休耕田があるのも目立つ。食料自給率の向上が叫ばれて久しいが、なにか日本の農業政策の歪みが感じられる風景といってよい。そんな印象を持っていたところに、書店でふと目にしたタイトル「日本は世界5位の農業大国」に惹かれるものがあった。

本書のスタンスは、農水省いうところの「農家弱者論」でもなく、構造的な問題を解決すれば成長のチャンスがあるという「農業再生可能論」でもない。すでに日本は農業大国であるという立場で書かれている。著者のバックグラウンドを見てみると、1974年生まれ、カイロ大学文学部を出て、2000年に農業通信社入社、若者向け農業誌「Agrizm」発行人、ジャガイモ専門誌「ポテカル」編集長、月刊「農業経営者」副編集長とある。

広義にいえば農業のコミュニティの中にいる人なのだ。「食料自給率40%は農水省のでっち上げ」と本書の帯にあるとおり、今までの国の農業政策に批判的な一冊である。しかし、論理的・統計的に問題提起をしているので賛否は別としても判りやすい内容になっている。

槍玉にあがっている農水省の食料自給率政策とは、「低い食料自給率(2008年は41%)→国民の食を守る→国内農業の保護・振興→輸入依存からの脱却→高い食料自給率の達成(2015年に45%が目標)」というシナリオであるが、著者淺川によればこれは「自虐史観」とでも言うべき政策ということになる。

その反論として、まず国民一人当たりの食料輸入額に注目している。自給率が低いとすると日本国民一人当たりの食料輸入額が多いはずであるが、一位は英国の$880、続いてドイツの$851、フランス$722、日本は四位の$360という数字。

別の視点として各国が対GDP比でどのくらい食料を輸入しているのかを比較すると、日本は0.6%、英国・ドイツ・フランスの各国が2%を超えていることからみても日本が輸入に依存しているという姿は見えてこない。

次に、国内農業生産総額の比較である。さすがに農民が国民の大多数を占める中国が一位、二位に米国、三位のインド、四位の農業大国ブラジルに続いて日本は堂々第五位につけている。この日本の数字はEU諸国のどこよりも多く、農業大国ロシアやオーストラリアと比較しても三倍の生産量だという。どれをとっても農業大国日本を示す数字である。そもそもは、農水省が低いと言う日本の食料自給率の考え方にマジックがあるというのが著者の指摘である。食料自給率は「カロリー・ベースと生産額ベース」の二つが法で定められているが、農水省がいっている自給率とはカロリー・ベースの自給率である。

「一人・一日あたりの国産供給カロリー ( 1012Kcal) / 一人・一日あたりの供給カロリー(2473Kcal) = 41%」という式。分母が消費カロリーではないことに注意が必要。厚生省の調査では一人・一日当たりの消費カロリーは1904Kcals。この消費カロリーを分母にすると自給率は53%ということになって政策目標は達成されてしまう。それでは、この差はどこから来ているかというと、供給カロリーにはコンビニ、ファストフード、ファミレスでの食料廃棄と一般家庭の食べ残し分である廃棄カロリーを含んでいるということだ。ここで驚かされるのは、廃棄されているカロリーが総供給カロリーの25%という大きさであることと、この指標を使っている国は世界で日本だけという事実だ。

農水省がそれでもこのカロリー自給率を使っている理由とは、
「パラグアイ・ラウンドの1983年以前は日本における食料自給率計算は生産額ベースであったが、農水省は関税自由化を阻止するために日本農業の自給率の低さを国際社会に訴えるためにカロリー・ベースの自給率という誰も使っていない指標を使い始めた」

ちなみに、生産額ベースの自給率計算式は「食料国内生産額/ 食料の国内仕向額(国内生産額+輸入額-輸出額)」であり、2007年における日本の生産高自給率は、10兆37億円 / 15兆941億円 = 66%となっている。この自給率は主要先進国で第三位(一位はアメリカ、二位はフランス)という堂々たるものである。

こうした数字のマジックを駆使して、いくつかの農産物・畜産物は高関税で守られていたり、国の補助金政策によって保護されることになる。補助金に関する問題提起の一例が示されている。

「肉1キログラムを作る場合、牛肉ならば10数倍の飼料が必要になる。つまり10数キログラムの飼料を牛に食べさせて1キログラムの肉が出来る。国は水田で飼料用のコメを作った農家に10アールあたり8万円の補助金を出している。仮に10アール当たりの収量を10俵で試算すると・・・飼料1キログラム当たりの税金投入額が133円。これに和牛1キログラムを作るのに必要な穀物量をかけると約1600円となる。つまり国民は和牛1キログラムあたり、食べる食べないに係わらず1600円の負担をしている。・・・・・そもそも大量に穀物を使う肉食は贅沢な食文化である。・・・本当に食料を買うお金のない最貧国の人がこの話を聞けば卒倒するだろう。『自給率の名の下に、家畜のエサに巨万の富を浪費する日本は罰当たりな国』(バングラディシュ農業団体)と罵られても当然なのだ」

関税や輸入管理については「バター利権」「小麦の管理貿易」「豚肉の差額関税」などの仕組みが説明されている。例えば、2008年のバターの品薄騒動があったが、おなじ酪農製品でもチーズはその騒ぎと無縁であったのはなぜなのか。チーズは自由貿易商品であるが、バターの輸入は「農畜産業振興機構」による独占業務であることにその理由がある。

「輸入バターには特殊な関税割当制度が適用されている。一定の輸入数量(国際航空会社や物産展対応)を超えると二次関税がかかる仕組みになっている。加えて輸入業者はわざわざ機構にバターを買い入れてもらい、農水大臣が定めたキロ当たり806円の輸入差益(マークアップ)を上乗せされた価格で買い戻さなければならない。・・・・国際価格500円のバターを1キロ輸入したとすると、500円に一次関税35%の179円と二次関税29.8%の149円、そこにマークアップの806円が加算され1634円に化ける。これに流通マージンが加われば2000円近くにならざるを得ない。・・・・これではスーパーが日常的に店頭に並べることは難しい。国産が足りないからといっておいそれと輸入できない。品揃えの多様なチーズと大違いである」

そういうことか。国家管理が食料安保の観点からいうと逆に食のリスクを大きくしている、という主張は明快だ。

それにしても、世の中には知らないことが沢山ある。官僚の仕組みは判り難いようにわざと複雑にしているのではないかと思ってしまうことも多い。本書の提起に対してもいろいろな議論・反論もあるのだろう。あってしかるべきだ。ただ、一つの問題提起として日本の農業を考えてみようと思わせてくれた刺激的な一冊である。(正)

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コメント

農業が魅力ある産業になっていくためにも、創造された付加価値が努力した生産者に直接入る仕組みが必要だと思いますね。

投稿: 正 | 2010年9月 7日 (火) 11時40分

私もこの本では、輸入バターや肉の規制を知って、びっくりしました。

こんなことはテレビでも新聞でも報道しないからです。

農業をやる方も大変ですが、消費者も考えさせられるものがありますね。

投稿: 本のソムリエ | 2010年9月 2日 (木) 20時09分

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