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2010年9月13日 (月)

「アクターズ・スタジオ・インタビュー」ジェイムズ・リプトン

Actor

ジェイムズ・リプトン 著
早川書房(624p)2010.06.25
3,990円

アクターズ・スタジオといえば、アメリカ映画・演劇の俳優や演出家を養成する機関としてあまりにも有名だ。ジェイムズ・リプトンはこのスタジオの共同所長であり、俳優、脚本家、演出家、作家としても活躍してきた。1994年、リプトンは学生教育の一環として、彼自身がインタビュアーになり俳優や映画監督を招いて学生の前で話をしてもらうプログラムを始めた。これが「アクターズ・スタジオ・インタビュー」で、ケーブルTVで放映されたことによって全米の人気番組になった。

登場するゲストがスタジオ出身者を中心に、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、ロバート・デ・ニーロ、ダスティン・ホフマン、アル・パチーノ、ジョニー・デップ、ジュリア・ロバーツ、スティーブン・スピルバーグ、ビリー・ジョエルら超一流だったことも人気になった理由だろう。今では世界125カ国で放映され、日本でもNHK BSが不定期で放送しているから、見たことがある人も多いに違いない。僕も気がつけば見るようにしている(不定期とは不親切な! NHKさん)。

『アクターズ・スタジオ・インタビュー(原題:Inside Inside)』は、放送開始以来、名だたるゲストが見せた「名場面」を振り返りながら、「インタビュー」を始めるまでのリプトンの自伝を重ねたものだ。

リプトンはこのプログラム(番組)を始めるに当たって、インタビュアーとして2つの原則を立てたと言っている。ひとつは、予備インタビューをしないこと。ひとつは、ゴシップを扱わないこと。

テレビのトーク番組では、まずスタッフがゲストに予備インタビューをして、おおまかな台本をつくるのが普通だ。リプトンはそれをせず、ゲストの過去のデータを調べて(ゲストと個人的つきあいがある場合も多い)500枚の質問カードを手に本番に臨むことにした。

また、インタビューはあくまで学生教育の手段なので演技や演出の専門的な話にしぼり、ゴシップには踏み込まない。とはいえアクターズ・スタジオの教育は、スタニスラフスキー・システムに基づいた「メソッド演技」という、俳優の実体験の感覚や記憶を引き出して演技に反映させる方法を取っている。俳優が演技について話せば、当然その背景の個人的体験に踏み込むことになる。

この本の最大の読みどころは、スターたちがそうした個人的な体験を率直に語って思わぬ素顔を見せていることだろう。ポール・ニューマン(彼は財政難のアクターズ・スタジオを自費で支えてきた)は、『明日に向かって撃て』『スティング』の名コンビ、ロバート・レッドフォードとのこんな楽しいエピソードを披露している。2人は「相手を“かつぐ”ワルふざけの好きなことで有名だった」。

「『ノーバディーズ・フール』の撮影中に地元のラジオ局から電話がきて『対談番組に出てくれたら、好きなチャリティに500ドル差し上げますよ』って言う。ぼくたちは病院で撮影していて、看護婦たちがクリスマスに向けて1000ドル集めようとしていた。ちょうど500ドル足らなかったから、ぼくはやると言ったんだ。その男は言った。……『レッドフォードと100万ドルで組まないか?』。ぼくは間髪入れず答えた。『すごい! マジで? 100万ドルならゴリラとだって組むよ』。すると男は『オスのゴリラでどうだ?』。だから言った。『じゃ10%上乗せだ』。むろん、それが新聞に出た。そして明らかにレッドフォードも電話を受けたらしい。記者は言った。『ニューマンはきみと100万ドルなら組むと言ったよ』。そしたら電話の向こうで長い間があり、レッドフォードが言った。『それじゃ不足だ』」

一方、レッドフォードが出演したときは、ポール・ニューマンにこんないたずらをしたと話している。

「やつ(注・ポール・ニューマン)といるとうんざりするくらいレーシングカーの話を聞かされる。だから、彼の50歳の誕生日に廃車業者んとこに行って、“ポンコツのポルシェあるか!”って訊いた。そしたら『あります。まったくの廃車。ポンコツです』って言う。だからぼくは言った。『いいよ。そいつに赤いリボンをつけて彼の家の裏玄関に置いてきてくれ』。業者はそのとおりにして、“ハッピー・バースデイ!”とだけ書いておいた。それに対して何の返事もなかったが2週間後家に帰って玄関入ると、リビングルームの出入口に大きな梱包が置いてあった。そいつはポンコツを圧縮した固いブロックで、うちの床が抜けてたよ。それで彼の仕業だとわかった。……そいつを運んできた業者にまた来てもらって持っていってもらわなきゃならない! 業者はよほど儲けたと思うよ。だって、ぼくはさらにそいつを溶かして庭の彫刻にして、彼の庭に置くように届けたんだから」

2人の大スターのいたずらは、さすがにスケールがでかい。レッドフォードは、「ぼくたちこのゲームをしばらくつづけられるもんね」と笑った。

もっとも、こんな楽しい話ばかりじゃない。いや、むしろ深刻な話題のほうが多い。例えば、『酒とバラの日々』でアル中を演じたジャック・レモンは、この番組で自分もアル中であることを告白した。

「ひと間おいてジャックに向き直った。『(注・映画のなかで)禁酒同盟の会合での最初のセリフ。覚えてますか?』/私は待った。その台詞が聞きたい。持ち前の親切さからジャックは応じてくれた。『やーっ、ぼくの名前は……そしてぼくはアル中だ』/……私の左でジャックがつづけた。ひっそり言ったのでまるで独り言のようだった。『それってぼくのことだよ、ちなみに』/私は彼に向き直り『誰?』と言った。/『ぼく』/私は意味を取り違えたくなかった。『それはクレイ(注・役名)として言っているのか……』/『いや、ジャック・レモンとしてなんだ。ぼくはアルコール依存症だ』/つづいて『アクターズ・スタジオ・インタビュー』の歴史上一番長い沈黙があった。私たちはただ互いに見つめ合い、観客は固まってしまった」

サリー・フィールドは、父親から受けた虐待について語った。シャーリーズ・セロンは、15歳のとき、母親がアル中の父親を銃で殺してしまった体験を語った。ダスティン・ホスマンは、「負け犬」だった父のことを語っていて、突然に涙を流した。アル・パチーノは、『ゴッドファーザー』の撮影中、ずっと役を降ろされる不安に苛まれていたと語った。ハリソン・フォードはこの番組に出るのが不安で、「三晩寝てないんだ」と告白した。ショーン・ペンは、監督としてシリアスな映画ばかりつくっていることを聞かれて、「エンターテインメントがお望みなら、売春婦2人にエイトボール(注・ビリヤード)があればいい」と名セリフを吐いた。

この本は、番組のそんな印象的なシーンをいくつも記録している。もうひとつ紹介しようか。ジェーン・フォンダが父のヘンリー・フォンダと共演した『黄昏』で、映画を撮りながら長いこと不和だった父と和解した場面。

「『このシーンでわたしは彼(注・父)に近づき、“友だちでいたい”と言うのね。初めに本を読んだときから、リハーサルをする度いつでもそこに行くと、涙があふれたわ……こんな風に」。そう言った目に涙が溢れてきた。/『だって、こういうことは絶対父には言えなかったことなの。そういう風に互いに話をしたことがなかったから。その朝のリハーサルでもそのセリフを口にすることも出来なかった。だから、まず彼の方を先に撮ったけど、彼にはたっぷり演じてほしかった、感情を出してほしかった。これが彼にとって最後の映画になるって分かってた。……父は自然に起きてくる演技なんてものが好きでない役者だった。演技というものはきっちり稽古したとおりにやるものだった。でも最後のクローズアップで、わたしが“友だちでいたいの”と言って手を差し出し彼の身体にふれた。そんなことは今までしたことがなかった。それが彼を動かした。スクリーンでそれが分かりますよ。彼の目に涙が浮かんできて顔を伏せ、目をそらしているのが。それだけでもうわたしは何もいらないと思った』」

『アクターズ・スタジオ・インタビュー』は、そんなスターたちの素顔を見せるだけでなく、アクターズ・スタジオに学び、演劇俳優としてスタートした著者の自伝にもなっている。その万能ぶりは、ある紹介によると「教師、俳優、演出家、舞台・テレビ・映画プロデューサー、劇作家、振付師、作詞家、映画脚本家、フィクション・ノンフィクション作家、騎手、パイロット」となっている。

しかも映画やテレビ、舞台だけでなく、カーター大統領の就任祝賀会を構成したり、北京で「アメリカ独立記念日祝賀会」をボブ・ホープを招いて実現したり、財政難のスタジオのために大学と協力してドラマ・スクールを設立したりと、彼の活動範囲は芸能・文化の世界に止まらない。

この本を読むと、芸能と文化芸術、大学、企業、政治の世界が人脈を通じてどんな具合に絡み合っているのか、アメリカの一断面がよく見える。それだけでなく、自分の成しとげた多彩な仕事を振り返り、東洋系の奥さんの美しさにのろけ、自己実現のために全力で突っ走るアメリカ人知識人の興味深い自伝にもなっている。

そんなふうに、いろんな読み方、楽しみ方ができる本だ。注文をつけるなら、分厚く、資料としても役立つ本なのだから索引をつけてほしかった。(雄)

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