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2011年8月 7日 (日)

「我が家の問題」奥田英朗

Wagaya_2

奥田英朗 著
集英社(288p)2011.07.05
1,470円

事前に狙い定めて新刊本を買いに行くことは小説に限ってはほとんど無い。本書も、いつもの様に本屋の書棚を素見半分で眺めながら、ふと惹かれるものがあって購入。奥田の作品を読むのは初めてだが、小説としての構成の面白さや人物の心象を言葉に変換させる巧みさに才能を感じながら、週末でさっと読みきってしまった。

「小説スバル」に掲載された6つの短編小説で構成されていて、内容は夫婦を中心に家族が遭遇するいろいろなトラブルに苦悩しながらも健気に対処する姿が描かれている。登場する人物、とりわけ活躍する妻が目立つ。彼女たちの生き様は常に「前向き」に描かれていて、斜に構えたり、諦めたりすることなく、ひたむきに努力をしている姿が読んでいてホッとさせられるところ。加えて、「我が家」という人間模様なので、夫婦の親たちが過度に介在してこないストーリーとなっていて嫁と姑的なドロドロ感が排除されている。いわば水平の家族関係が描かれている。

「ささやかでも悩ましい、それでも家族が一番」という本書のキャッチ・コピーはなかなか上手い。しかし、各編のエピソードはその家族にとって、けして「ささやか」というレベルの問題ではない。結婚後初めての双方の実家に墓参りに行く憂うつさを主題とした「里帰り」。妻がランニングにのめり込んでいく理由をだんだんと理解していく夫を主題とした「妻とマラソン」。高校生の娘が祖母からの電話に出ると、声が似ているためか、祖母は母と間違えて離婚話と悟られるようなことを話してしまう「絵里のエイプリル」など。

「甘い生活?」という話は、新婚生活が数ヶ月たって、夫は何故か家に帰るのに抵抗感を覚えるようになったというところから始まる。妻は専業主婦で食事から家事万端をしっかりと行っていて、欠点の無さが息苦しさの根源。夫が会社でそうした気持ちを語っても、逆に面倒見の良い奥さんだと羨ましがられる。かたや、妻も夫とのかみ合わなさを感じている。働いていた元の会社の同僚に、食事を一生懸命に作っても張り合いがないと、愚痴を言うと、手のかからない人で良かったじゃないとなる。元上司の部長から「一度派手に夫婦喧嘩をしてみたら」という助言をもらう。それもそうかと、二人は心に溜まった不満をぶちまけることにする。

「・・妻は腕組みをして、『する? これから』とすっと目を細めた。可愛い妻がこのときだけ他人の表情になった。・・・・二人の声が家中に響く。真新しい家具や家電製品がそれを見守っている。初めての夫婦喧嘩は、その後一時間ほど続いた。・・」

まあ、夫婦は所詮他人だから、阿吽の呼吸で分かり合うというのも無理な話。文句があれば語り、誤解があればはらす。そのための会話は必要だし、喧嘩も時には必要だろう。しかし、それも若いうちで、この話も新婚の二人だから必ず仲直りするという期待を持って読み終えることが出来る。全てを結末として見せないという上手さを感じるとともに「・・可愛い妻がこのときだけ他人の表情になった・・」という表現の新鮮さはすごい。

「夫とUFO」という掌編は面白く読んだ。夫が突然、真面目な顔をして近所の河原でUFOを見たとか、エムエム星雲から来たコピー星人と交信しているなどと言い出す。冗談なのか、病気なのか、はたまた新興宗教にでもはまり込んでしまったのか。妻は悩んだ結果、帰宅する夫を待ち伏せして後をつけてみることにした。最寄り駅に着いた夫は多摩川の土手を越えて河原の遊歩道に向かう。そして立ち止まり漆黒の空を眺めている。隠れて見ていると、夫は近づいてきた警官に職務質問をされる。警官はバカ丁寧に何をしているのかと問い掛ける。夫は臆することなく警官に応える。

「・・・『ぼくはね、UFOとの会話を交わしてるわけ、ここで』・・その言葉を聴き、美奈子は目を覆った。警官を相手に、なんてことを・・・。警官が身を固くするのが雰囲気で判った。・・・」

本当におかしくなってしまったと確信したものの、その原因も判らず、職場結婚だったこともあり、昔のOL仲間に電話をして夫の仕事ぶりを聞いてみる。最近人事異動があって人望のなさでは札付きの役員が夫の上司になったとのこと。多くの管理職が反旗を翻す中、人のいい夫は課長に昇進した直後ということもあって我慢して頑張りつづけている。そのために問題プロジェクトをつぎつぎと任されて、とても見ていられないという。友人からはもう会社を休ませたほうがいいとまで言われる。

「・・・電話を切るとぽろぽろと涙がこぼれてきた。達生は会社でひどくつらい目に遭っていた。それを家族に隠し、何食わぬ顔で日々を過ごすうちに、UFOを見るようになってしまった。・・・・一人で苦しんでいたのだ。爆発したっていいのに。会社がなんだ。いざとなれば、何をしたって生きていける。妻はそのための存在ではないのか。・・・」

妻は夫を救うべく意を決する。
「・・その夜、多摩川の堤防で帰宅する達生を待ち伏せすることにした。ヨガスクールに通っていたときの全身レオタードを身につけ、そのうえにモヘアのニットを着込み、ミニスカートを穿いた。髪は額に垂らし、内巻きにした。真っ赤な口紅を引く。変装していると中一の娘と小五の息子にみられギョッとされる。『おかあさん、どうしたの』二人はおそるおそる聞いてくる。『これからおとうさんを救出してきます』美奈子は力強くそういうと自転車で家を出る。

・・・・達夫が遊歩道に現れ、かばんを地面に置いて何かを浴びるように両手を広げた。・・今だ。美奈子はすくっと立ち上がり『地球人・高木達生よ。わたしはエムエム星雲から来た、コピー星人である。わが星の代表より君に重大なお告げがある。すぐ会社を辞めなさい。』

『誰。誰』達生はパニックになり、声を震わせていた。
『コピー星人である』美奈子はLEDの懐中電灯をグルグルと回した。
『美奈子? 美奈子か?』
『だから、コピー星人だってば』
『美奈子だよな、その声は。何言ってんだ、おまえ』達生は我に返ったらしく困惑の表情で土手を登ってきた。『何だ、その格好は。気でもふれたか』眉間にシワを寄せ、珍獣でも見るような目で言った。

『あんたが言う台詞か。それよりわたしはコピー星人である。会社をすぐに辞めて、しばらく家で休みなさい。・・・・あなたが大事だから。大変なんでしょ。今の営業部。健康第一。家族も第一。お金はずっと下』美奈子がたたみかけた。・・・・」

夫が辛いとき、コピー星人に変装してくれる奥さんを持った夫は絶対幸せだと思う。震災や原発事故といった状況の中で、心身ともに一人で生きるのはなにかと辛い。互助的な人間関係も必要であるが、誰かの役に立っているという自分自身の意味づけも必要だ。そのためにも、やはり複数の人間が前提である。それは家族だったり、仲間だったり。「夫とUFO」を読みながら、小説の楽しさを再認識しつつ、今年はふるさと納税をしようと思わせてくれた一冊。(正)

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