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2012年1月10日 (火)

「ドキュメント アメリカ先住民」鎌田 遵

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鎌田 遵 著
大月書店(432p)2011.11.18
2,940 円

アメリカ西部のニューメキシコ州にあるサンタフェは、アメリカ人が国内で行ってみたい場所のアンケートを取るとたいていナンバーワンにランクされる、日本でいえば京都みたいな土地だ。先住民プエブロ族とヨーロッパからこの地に最初に入り込んだスペインの文化が濃厚に残り、町中の建物も黄土色のプエブロふうに統一され美術家やアーティストも多く住む、砂漠の中の小さく美しい町。

数年前、この町を訪れたことがある。町中には先住民の伝統的な陶器など美術工芸品を売る土産物店が並んでいる。黒色の素焼きの肌に独特の模様を彫りこんだ壷など、焼き物好きの身にはたまらない魅力だった。

また町から数十キロ離れたところに画家のジョージア・オキーフが住んだ家があり、そこに向かって砂漠(と言っても低い潅木がつづき、日本語の語感では荒野)を車で走っていたら、人っ子ひとりいない荒野に突如巨大な建築物が出現してびっくりしたことがある。ネオンや飾りがついた華やかさ。何だと思ったら、このあたりは先住民の居留地で、その建物は先住民が経営するカジノと付属のホテルだった。カジノと工芸品。訪れたサンタフェでは、現在のアメリカ先住民の主要な収入源であるふたつのものに出会ったことになる。

『ドキュメント アメリカ先住民』の著者・鎌田遵は18歳のときワシントン州の先住民の居留地を訪れ、そこから先住民とのつきあいが始まった。カリフォルニア大学でアメリカン・インディアン学を専攻し、研究者としてまた友人として20年に渡って100以上の部族の居留地を訪れている。おそらく日本人で著者以上にアメリカ先住民と深い関係を結んだ者はいないだろう。

著者は、友人である先住民のネットワークに支えられてさまざまな部族、さまざまな人に会いに行く。「離婚の相談にのり、ベビーシッターを任され、家の留守番をやり、結婚活動を後押しし、失踪した恋人探しに同行し、家族間の諍いを仲裁し、アルコール依存症のいつ終わるともしれぬ繰りごとをきき、ドラッグの問題を抱える人の入院先をみつけ、進学相談や職探しにつきあうことになった」。この本は、そんな著者の先住民とのつきあいの記録。研究者だから、彼らが抱える問題はきちんとデータで裏付けられる。

僕はアメリカ先住民について通り一遍の知識しかなかったから、本書からはずいぶん教えられた。サンタフェで見かけたような居留地カジノには成功例も失敗例もあり、成功したところもさまざまな問題を抱えていること。その一方、カジノに見向きもせず再生可能エネルギーで居留地を活性化させようとしている部族もあること。

先住民対白人だけでなく、先住民とアフリカ系というマイノリティ同士にも、一部先住民がアフリカ系を奴隷とした歴史に根ざす対立・差別の構造があること。白人、アフリカ系との混血が進んでいること(ビヨンセはアフリカ系、先住民系、フランス系の混血だし、マイケル・ジャクソンにも先住民の血が流れていると居留地では信じられている)。治外法権に近い居留地にはメキシコ系ギャングが入り込み、犯罪やドラッグの温床になっていること、等々。

例えばカジノ。もともとカジノはラスベガスなど特別な地域以外は非合法だったが、1980年代に独特の法制度をもつ先住民の居留地で可能になり、それまで貧困に晒されていた先住民社会が豊かになるきっかけになった。現在では年間収入2億5000万ドル以上のカジノが21個所ある一方、300万ドル以下で経営が厳しいカジノも74ある。

部族政府はカジノ収入の70%を部族社会に投資することが義務づけられている。そのお金で、多くは不毛の地である居留地のインフラが整備され、教育や老人のケア、社会福祉、警察や消防、住宅整備などが推進されてきた。同時に、居留地内にカジノがあることでギャンブル依存症も深刻化している。

 カジノからの収入のうち部族社会に投資した残りについて、大半の部族では構成員に分配する政策を取っている。経営がうまくいっている100人規模の部族では、年間分配金が1人2億円を超えるところもあるという。その場合、部族員の数が少なければ少ないほど1人当たりの分配金は多くなる。現在ではどの部族も混血が進み、一定の割合以上の部族の血が流れている者のみが構成員として認められる。部族政府がその割合の数字を意図的に引き上げて構成員を減らし、その結果、居留地に住む部族員が登録を抹消されるという事態も起きている。逆に、それまで部族とは関係ない暮らしをしてきたのに、分配金目当てに自分の先祖を調べ、先住民であるとアピールする例も後をたたない。

一方、分配金を年間1000ドル程度に留め、職を得なければ生活できないよう自立をうながしている部族もある。無論、カジノを持たない居留地では貧困が最大の問題であることに変わりはない。

カジノは一部の先住民社会を豊かにしたけれど、同時に先住民社会の格差を大きくもし、コミュニティを壊すことにもなっている。ごく少数のアメリカン・ドリームの体現者と、大多数の取り残された者というのは、先ごろの「ウォール街を占拠せよ」デモの「1%対99%」というスローガンにも明らかなアメリカ社会の歪んだ構造だけど、カジノというビジネスによって先住民社会にもそうした構造が持ち込まれたと見ることもできる。

居留地のもうひとつの問題はギャングとドラッグだ。居留地は自治権を持っているから、国境警備隊や連邦捜査局(FBI)も部族政府の許可なく居留地内で取り締まることはできない。治安維持に責任を持つのは部族政府の警察だが、その体制は貧弱で、警察官の数はごく少ない。多くの居留地は砂漠のなかにあるから、夜は人影も稀になる。アリゾナ州の居留地では、そんな夜の道路にメキシコからドラッグを積んだ小型飛行機が着陸してドラッグを下ろす。「メキシコのギャングには、これほど安全な『取引場』はない」のだ。

またアリゾナの居留地では、こういうこともある。部族政府は農場に土地を貸して、その賃貸料を部族政府の収入源にしている。農場の経営者のほとんどは白人だ。その農場では合法非合法のメキシコ人移民労働者が働いている。メキシコ移民のなかには、金を貯めて自ら農場を経営する者も出てくるから、居留地のメキシコ人はさらに増える。居留地によっては、メキシコ人のほうが先住民よりずっと多くなっている。そこへメキシコ系ギャングが入ってくる。

「居留地は誰もコントロールできない。無法地帯のようになってしまいました。部族が自治権を有することの、ネガティブな側面です」と著者の友人の先住民は語る(去年公開された映画『フローズン・リバー』は、居留地の治外法権を利用した密入国ビジネスを扱っていた)。今では先住民社会で蔓延するドラッグの70%がメキシコから持ち込まれ、ある居留地では部族政府職員の30%がドラッグの常用者だった。

他にも本書で紹介されている、さまざまな居留地のいくつかの数字を上げてみよう。児童福祉サービスを受けている先住民家庭の80~85%がドラッグかアルコールの濫用者。アリゾナ州先住民男性の平均寿命は52歳。1600人の部族員のうち700人に重犯罪歴がある。男性に虐待されたトラウマから成人女性の50~80パーセントがレズビアン。高卒女性の4分の1は卒業時には出産を経験している……。

著者は言う。「彼らがぶつかる問題の大半は、貧困や差別が根源にあり、社会のあらゆる矛盾が彼らの苦しみに反映されているように思えた」。「わたしを惹きつけるのは、先住民の人たちが生きる現在だが、そこから見えてくるのは、アメリカという大国に翻弄される部族の歴史であり、多民族社会のありかただった」。

もちろん、そのような中でも部族の伝統を継承し、経済的にも自立し、部族のアイデンティティを保って生き抜こうとしているたくさんの先住民がいる。著者は尋ね歩いたそうした人々の姿を紹介し、そこに希望を見ている。(雄)

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