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2012年5月14日 (月)

「池波正太郎の東京・下町を歩く」常盤新平

Ikenami_tokiwa

常盤新平 著
KKベストセラーズ(221p)2012.02.09
840円

私は千駄木に10年間住んでいる。下町は結構ウォーキングなどで歩きまわっているけれど、その歴史や薀蓄について、それほど詳しいというわけではない。書店で「下町」という背表紙についつい反応してしまうのはそのためだろうか。今回、常盤新平「池波正太郎の東京・下町を歩く」を手に取った。本書は、随所に「鬼平犯科帳」「剣客商売」など池波の著書計13作品からの引用が散りばめられていて、他の下町案内とは一味違うつくりになっている。単なる下町散歩のガイド本としてだけでなく、池波作品のガイド本としても十分楽しめるというわけだ。

常盤は散歩の折に、鞄の中にいつも「鬼平犯科帳」か「剣客商売」を忍ばせているのだという。「一人で散歩するのが淋しいとき、心もとないとき、鬼平や秋山小兵衛と一緒に歩いているのだと思うと、それだけで『もう少し歩いてみようか』と励まされるのです」と書いている。私は必ずしも池波正太郎の熱心な読者ではないが、「剣客商売」文庫版全巻の解説を担当したという常盤のガイドで、池波正太郎の世界を歩いてみた。

池波正太郎は浅草生まれである。彼は作品の中で、
〈東京人に故郷はない、と東京人自身が口にするけれども、私はそうではない。私の故郷は誰がなんといっても浅草と上野なのである〉
〈私が生まれ育った浅草の或る町など、いまも、むかしのままの人びとがむかしのままの場所に住み暮らしている。そして、こういう人びとが、東京の下町の習俗を、わずかにつたえ残していることになる〉等々、浅草への愛着を記している。

私は、浅草についてどれだけのことを知っているのだろう? 浅草寺、雷門、酉の市、神谷バー、六区、そんな単語たちを断片的に思い浮かべる程度だ。しかも、それぞれについてそれほど詳しいわけではない。

例えば、浅草寺については、こんな記述がある。
「明治六年に東京府は浅草寺境内を浅草公園とした上で、七区画に分割して用途別に整理しました。この七分割を覚えておくと、かつての浅草寺がいかに広かったかがわかり、各エリアのだいたいの位置関係が把握できます。
 本堂周辺 — 一区、仲見世 — 二区、
 伝法院 — 三区、奥山 — 四区、
 花屋敷 — 五区、見世物興行街 — 六区、
 馬道西側 — 七区、ということになります。
 明治から昭和初期にわたり、『六区』が浅草オペラ、映画、レビューなどで人気を博し、東京一の盛り場になったのはご存知の通りです」

かくして、不勉強な私は64歳にして初めて、「浅草六区」の由来を知ることになるのである。

常盤は、そんな「浅草」を中心に、「西浅草」「向島」「本所」「深川」などを次々に紹介していく。池波作品との関連では、「『鬼平犯科帳』『剣客商売』ゆかりの地・今戸橋跡」「秋山ファミリーが登場する橋場の地」「『剣客商売』秋山父子のルーツ・向島」「桜橋で『剣客商売』の舞台を望む」「『鬼平犯科帳』シリーズは千住大橋の袂から始まった」などの項目が並ぶ。

中でも、下町の小河川や、橋など水回りの記述が興味深い。例えば、江戸時代に隅田川に架かっていた橋は、千住大橋、両国橋、新大橋、永代橋、吾妻橋の5つしかなかったとしながら、
「橋に頼らず川を渡ろうとすれば渡し舟に頼るしかなく、上流から数えて白髭の渡し、橋場の渡し、竹屋の渡し、山の宿の渡し、竹町の渡し、少し下って佃島と築地を結ぶ佃の渡しという順になります。それぞれの渡し場のおおよその位置を知っておくと、『鬼平』や『剣客商売』を読むときに思いの外、重宝します」と書いてある。これなど、池波作品に限らず、他の時代小説を読むときにも重宝するに違いない。

〈すぐ近くの橋場町から、大川をわたって寺島へ着く舟が出ている。・・・六十八間余の大川をわたって対岸の寺島村へ着くと、田圃道の向うに堤が横たわり、・・・あたりには木母寺・梅若塚・白髭明神などの名所旧跡が点在して、四季それぞれの風趣はすばらしく、秋山小兵衛がこのあたりへ住みついてから、もう六年になる〉「剣客商売」

〈そこは、浅草の北のはずれの新鳥越町四丁目の一角で、大川(隅田川)の西側二つ目を通る奥州街道が山谷掘をわたり、まっすぐに千住大橋かかろうという、その道すじの両側に立ち並ぶ寺院のすき間すき間に在る町屋の一つであった〉「鬼平犯科帳」

こうした池波作品からの引用文と並行して本書を読み進んでいくと、なんだか自分がタイムスリップして長谷川平蔵や秋山小兵衛と同時代に生きているような気分になって楽しくなってくる。

「本所を歩くのに便利な道は、大横川親水公園です。・・・便利、というのは、公園を北に向かって歩くときに巨大な目印がほぼ正面にあり、歩くにつれてそれがどんどん大きく見えてくるからです。そう、東京スカイツリーです」

まもなく、その東京スカイツリーもオープンして(2012年5月22日開業)、浅草を中心に、これまで以上に下町を訪れる人々も多くなることが予想される。そんなとき、本書片手に散策をすれば楽しみも倍増するのではないだろうか。私自身、池波、常盤という二人の直木賞作家同伴の贅沢な下町散策を堪能した。(健)

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