« 「ジャズを求めて60年代ニューヨークに留学した医師の話」中村 宏 | トップページ | 「化粧の日本史」山村博美 »

2016年6月12日 (日)

「谷崎潤一郎文学の着物を見る」大野らふ+中村圭子編著

Tanizaki_ohono

大野らふ+中村圭子編著
河出書房新社(160p)2016.03.20
2,052円
谷崎潤一郎を読んだことのある人なら、殊に大正期の初期作品や、己の本性に先祖返りした晩年の作品を読んだことのある人なら、谷崎がどんなにフェティッシュな作家であるかはよくわかっている。

いちばん有名なのは、谷崎が足フェチであることだろう。短編小説「富美子の足」の隠居は「お富美や、後生だからお前の足で、私の額の上を暫くの間踏んで居ておくれ」と富美子に懇願するし、「瘋癲老人日記」の主人公は、元踊り子だった息子の嫁・颯子の足型を取って自分の墓に刻み、嫁の足に踏まれて永眠したいと願っている。颯子のモデルで、谷崎の息子の嫁だった渡辺千萬子と谷崎との往復書簡を読むと、谷崎は実際にそんな願望を千萬子に語っていたのがわかる。

谷崎は耽美主義の作家といわれるくらいだから美しいものに目がなかった。それは本書のテーマである着物についても同じ。たとえば初期の短編「秘密」では着物に対するフェティッシュな愛着を語っている。

主人公の青年は、友人との交わりを絶って浅草の隠れ家のような一間に暮らしている。ある晩、青年は古着屋で「女ものの袷(あわせ)」を見て、それを身につけたいと欲望する。「あのしっとりした、重い冷たい布が粘つくように肉体を包む時の心好さを思ふと、私は思はず戦慄した。あの着物を着て、女の姿で往来を歩いて見たい」。袷だけでなく羽織、長襦袢を求めた主人公は、さっそくそれを着てみる。「長襦袢、半襟、腰巻、それからチュッチュッと鳴る紅絹裏の袂、──私の肉体は、凡べて普通の女の皮膚が味はふと同等の触感を与えられ、襟足から手頸まで白く塗って、銀杏返しの鬘(かつら)の上にお高祖頭巾を冠り、思いきって往来の夜道へ紛れ込んで見た」

そんなふうにして入った浅草の映画館で、主人公はかつて訳ありだった女に会うのだが……。いけない、ここは『谷崎潤一郎文学の着物を見る』について書くんだった。

本書は、谷崎が小説のなかで描いた着物の描写や、小説のモデルとなった女性たちが写真のなかで着ている着物、名だたる挿画家たちが描いた挿画を基に、昭和初期のアンティーク着物を集めてその装いを再現したものだ。「細雪」「痴人の愛」「春琴抄」などから着付けられたマネキン25体のカラー写真を中心に、発表当時の挿画や写真、編著者による解説が付されている。

例えば代表作「細雪」の主人公、幸子ら三姉妹のモデルはよく知られるように谷崎の三度目の妻・松子とその妹たち。1940(昭和15)年春に、松子ら三姉妹が小説と同じように京都へ花見に行ったときの写真が残されており、それを基に三人の着物姿が再現されている。松子は薄い地色に植物柄が染められた着物に黒地の絵羽織。「マダム然とした艶やかさ」とは編著者の言。奔放な妹・信子は江戸紫に花亀甲の綸子(りんず)の着物に別珍(べっちん)の華やかなショール。末の妹の重子は、鳩羽紫の着物に牡丹を染めた羽織と「しとやかな雰囲気」。

いずれも昭和初期のアンティーク着物で、ずいぶん派手だなあという印象を受ける。谷崎は松子が「関西好み」の大きな柄の着物を身につけるのを好んだ。今でも大阪へ行くと、東京ではまず見られない大胆な格好をした女性が歩いていてびっくりすることがあるけれど、着物でも東京好みと関西好みははっきり違うようだ。それだけでなく、時代によって流行も違う。小生が派手と感じたものが、時代が違うことによるものか、東京と大阪の好みの差によるものかはよくわからない。いずれにしても、地味な江戸小紋を粋に着こなすのを美しいと感ずる感性からはかけ離れている。

その江戸小紋が出てくるのは、先ほど触れた「秘密」に登場する主人公の女装。小説にはこうある。

「或る晩、三味線堀の古着屋で、藍地に大小あられの小紋を散らした女ものの袷が眼に附いてから、急にそれが着て見たくてたまらなくなった。/一体私は衣服反物に対して、単に色合いが好いとか柄が粋だとかいふ以外に、もっと深く鋭い愛着心をもって居た。女物に限らず、凡べて美しい絹物を見たり、触れたりする時は、何となく顫ひ附きたくなって、丁度恋人の肌の色を眺めるやうな快感の高潮に達することが屢々であった。殊に私に大好きなお召しや縮緬を、世間憚らず、恣に着飾ることの出来る女の境遇を、嫉ましく思ふことさへあった。/……私は一も二もなく其れを買ふ気になり、ついでに友禅の長襦袢や、黒縮緬の羽織迄も取りそろへた」

編著者がコーディネートしたのは、藍地でなく鼠地の大小あられの江戸小紋。羽織は小説どおり黒の縮緬。半襟は、茄子紺の縮緬地に紅葉の蔦が刺繍されているもの。明治~大正の流行に合わせて、半襟をたっぷり見せている。「細雪」の大阪好みとは対照的に、「彼(谷崎)の好みは江戸趣味らしい粋な雰囲気。ちらっと華やかな色はのぞいても全体的には渋い装いにまとめようとしている」と編著者。そういえば坂東玉三郎がこんな雰囲気の小紋を着ているのを見た記憶がある。谷崎も「秘密」の主人公のように、実際にこんな着物を着て夜の浅草を歩いたことがあったのかどうか。

それとは反対にいちばん華麗にコーディネートされたのが、「肉塊」に出てくる混血の娘が仮装舞踏会で着る着物。本文にこうある。

「顔と同じに円く肥えた体へキモノを纏った格好は、日本流に見て決して優雅とは云へないけれども、しかしそう云ふ毒々しい、ちりめんで縫った毬のやうな姿にも一種の美観がないことはない。猪頸の襟を抜き衣紋にしてゐるので、丘のやうに隆い背中の肉が直ぐに生え際へつづきさうに頸の領分へ喰み出して、その肩だか頸だか分らない部分に黄色いクリスタルの珠を繋いだ頸飾りを巻いてゐるのが、ちっと在来の日本服には見られない婀娜っぽい風情を加えてゐる」

編著者は大正から昭和初期の着物と帯をそろえ、肩に大ぶりなロングネックレスをかけている(本書のカバー写真)。着物にロングネックレスという組み合わせは、明治時代の令嬢の記念写真でも見られるそうだ。「着物も当時はアール・ヌーヴォーの柄が流行し、純日本趣味ではなく和洋折衷が好まれた。大流行した袴にブーツの女学生の服装も和洋折衷のひとつだ。着物にハイヒール、着物に首飾り……。不思議と、アール・ヌーヴォーの着物にはしっくり合う。日本趣味と西洋趣味のあわせ持つ魅力は『痴人の愛』や『細雪』でも登場している」

谷崎潤一郎の小説とヴィジュアルとはとても相性がいい。谷崎は、その作品が映画化された数では日本でいちばん多い作家だそうだ。谷崎自身も若いころは映画フリークで、映画台本の体裁を取った作品を何本も書いている。さらに実際の映画製作にも乗り出し、大正活映という映画会社にコミットして、谷崎の原作、最初の妻の妹・葉山三千子(「痴人の愛」ナオミのモデル)を主役に『アマチュア倶楽部』をつくっている。妻の妹に惚れた谷崎が彼女をスクリーンに映し出してみたいという欲望が最大の動機だったと言われるが、映画の出来は悪くなかった。

そんなふうにヴィジュアルの側から谷崎を見直してみると、文字だけの理解とはまた別の見え方がしてくるのがこの本の面白さだろう。着物を通して見た谷崎からは、肌に密着した着物の感触に谷崎がフェティッシュな快感を感じたように、「耽美・華麗・悪魔主義」(本書のサブタイトル)と呼ばれた谷崎の感性の秘密といったものを感ずることができる。

編著者の大野らふはアンティーク着物店の店主でスタイリスト、中村圭子は弥生美術館(文京区)の学芸員。その弥生美術館で現在、本書に集められた着物を展示して本書と同名の展覧会が開催されている(~6月26日)。縮緬など四種の着物に触れることもでき、谷崎が味わった快感、戦慄を追体験できる。(山崎幸雄)

|

« 「ジャズを求めて60年代ニューヨークに留学した医師の話」中村 宏 | トップページ | 「化粧の日本史」山村博美 »

 た  行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「ジャズを求めて60年代ニューヨークに留学した医師の話」中村 宏 | トップページ | 「化粧の日本史」山村博美 »