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2016年12月20日 (火)

「マラス 暴力に支配される少年たち」工藤律子

Marath_kudou

工藤律子 著
集英社(336p)2016.11.30
1800円+税

5年ほど前、『闇の列車、光の旅(原題:Sin Nombre /名無し)』というメキシコ・アメリカ合作映画を見たことがある。貧しいホンジュラスの少女が、父がアメリカに残した家族に会うためパスポートも持たず貨物列車の屋根に乗り、アメリカ国境に向けてメキシコを旅する映画だった。少女は列車の屋根に乗る移民を襲ったギャングの少年と仲良くなり、少年は逆にギャングに追われることになって少女とともに逃避行を試みる。物語の大部分が列車の屋根の上で展開する、とてもユニークな映画だった。

貧困やギャング、麻薬といった中米がかかえる問題を背景にした青春映画。きっと映画が描いたような現実が実際にあり、それをベースにしているんだろうな、と感じた。『マラス』を読んでいたら、映画と同じように貨物列車の屋根に乗ってアメリカを目指すホンジュラスの少女が出てきて、ああやっぱり、と思った。

中米やメキシコからアメリカを目指す移民たちが屋根に乗る貨物列車は「ラ・ベスティア(野獣)」と呼ばれるそうだ。移民局の検問があれば貨車のなかに隠れたり、飛び降りて逃げなければならない。なかには転落し、列車にひかれて死ぬ者もいる。晴れた日には、強烈な日差しで脱水症になる者もいる。そんな、自分の命を託さなければならない過酷な旅の相棒を「野獣」と呼んだのだろうか。

2013年10月から9カ月間でメキシコ・米国国境を不法に越えようとして拘束された未成年者は5万2000人にのぼるが、そのうち75パーセント以上がグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス出身者だという。この中米3カ国から逃げてくる移民の子供たちの多くに共通するのが、「地域を支配するギャングの脅し、暴力から逃げてきた」という事実だ。

本書は中米にはびこる若者ギャング組織「マラス」の実態を追って、その背後にある社会問題を浮き上がらせたドキュメント。今年の開高健ノンフィクション賞を受賞した。

著者の工藤律子は、長いことメキシコのストリートチルドレンを取材し、彼らを支援するNGOも組織してきたジャーナリスト。メキシコシティのストリートチルドレンに接するなかで、中米3カ国から逃げてきた少年少女がいることからマラスに関心を持った。

マラスという名称はスペイン語のマラブンタ(marabunta)に由来するそうだ。マラブンタとは「群衆・群れ」のことで、「通り道にあるすべてを悔い尽くすアリの集団」も意味する。もともとマラスは1950年代にアメリカ西海岸のロサンゼルスで生まれた、中米出身者も含むヒスパニック系若者が集まる複数のギャング集団だった。その後、不法移民だった若者が母国に送還され、マラスはホンジュラスなど中米諸国に拡散する。

当初はだぶだぶのTシャツにジーンズ、短髪、タトゥー、ラップといった若者文化をもたらしたグループだったが、カリフォルニアの本家から「自分たちと同じ組織・行動パターンを維持せよ」と指令が届き、互いに縄張り争いすることで凶悪化。盗み、ゆすり、強盗、誘拐、殺人を繰り返す暴力集団と化した。やがてメキシコやコロンビアの麻薬カルテルの下部組織となる。いったんマラスのメンバーになると抜けることは許されない。抜けることは「死」を意味する。マラスの若者の恋人になることを拒んだ少女もまた、追われることになる。

工藤はマラスの暴力から逃げてメキシコにきた少年や、ホンジュラスで例外的に抜けることができた元大物ギャングで(神に仕える場合のみ抜けられるそうだ)、その後、獄中のマラス・メンバーに布教活動をおこなう牧師のアンジェロから話を聞いている。彼の話に耳を傾けることで、スラムの少年がどんなふうにギャングになるのかがよくわかる。

アンジェロは首都テグシガルパのスラムで育った母子家庭の末っ子だった。兄の一人がギャングのメンバーだったことから、アンジェロも少年ギャングの仲間入りをする。親に見放され、貧乏で楽しみも少ないスラムの少年にとって、ギャング団は居心地のいい場所だった。喧嘩や盗みでスリルを味わい、強さを誇示し、大勢の仲間をもつことができる。格闘技の黒帯だったアンジェロは頭角を現し、「ギャング仲間にリスペクトされる」ようになる。この周囲からの尊敬の眼差しもまた、スラムの少年たちにとっては大きな勲章になる。強盗で金を奪い、流行のアイテムで決めれば女にもモテる。

一般的に少年がマラスに入ると、まずは「バンデーラ(旗)」として見張り役をやらされる。その後、武器管理係や「戦争税(みかじめ料)」の取り立て役などをやらされ、最後には殺し屋グループに入ることになる。凶悪犯罪に手を染めれば染めるほど集団内の地位が上がり、実入りもよくなる。

アンジェロはプロの犯罪者として強盗をなりわいにし、大きな犯罪では警察の特殊部隊のインストラクターをボディガードとして雇うこともあった。やがて逮捕され刑務所に収監されるが、従わない者を「消して」、獄中の麻薬取引の全権を掌握する。そんなとき、アンジェロは獄中にいた元革命派のゲリラから神の言葉を聞き、信仰に目覚めた。やがて仮釈放された彼は、スラムに教会を建て囚人を導く活動に従事するようになった。

少年たちがギャングになる最大の原因は、社会に存在する格差、貧困の存在だ。スラムには定職に就いている大人がほとんどおらず、職があって真面目に働いても貧困から抜け出せる見通しが立たない。ラテンアメリカでは、努力が報われることは稀にしかない。また有能であっても、コネがなければ経済的な成功を手にすることは至難の業だ。そんなとき、マラスは少年に居場所とアイデンティティーと金を与えてくれる。

国家もこういう集団の存在を助長している。ホンジュラスはマラスの構成メンバーを厳罰に処す「反マラス法」を成立させ掃蕩作戦を行ったが、ギャング団がそれに対抗してかえって凶悪化するという結果をもたらした。工藤は、政府が対応策ではなく壊滅策を打ち出したことが、青少年の生活・教育支援課題であるはずの問題を治安問題に変質させてしまった、と記す。

また国家そのものがマラスに汚染されてもいる。マラスは18歳になったメンバーのなかから警察や軍に入る人材を募るという。だから警察や軍の内部にもマラスのメンバーがいる。一方、警察がマラスに対し有効な対策を立てられないのに業を煮やした一部の警察関係者と民間人が「死の部隊」と呼ばれる私組織をつくり、マラスのメンバーを殺害しているともいわれる。

日本に住む私たちからすれば、こういう中米の現実は別世界のお話と感じられるかもしれない。でも少年たちが居場所やアイデンティティーをもてないことに焦点を当てると、中米の子供たちも日本の子供たちも根は同じ問題をかかえている。例えば「いじめ」に加担する子供たち。

「いじめに関わるというかたちでしか、居場所やアイデンティティーを確保できない環境と、それを容認している社会。そこにおいて子どもたちは、……世間の価値観に合った才能や成績、長所を示さなければ、誰にもかまわれず、もやもやとした日々を送るはめになる。もし仮にそこが、少年ギャング団が普通に存在するような地域、社会であったなら、彼らの一部は、学校でいじめをするのではなく、学校へ行かずにギャング団に入ったかもしれない。そんな子どもたちもまた、物質的な飢えを感じることこそ稀であれ、多忙なおとなと自己中心的な社会に置き去りにされて、心の飢えにあえぎ、自分の存在意義を見失ったストリートチルドレンや少年ギャングたちと同じ孤独や不安に苦しんでいるのではないだろうか」

最後に個人的な思い出を。評者が週刊誌の編集者をしていた二十数年前、著者がメキシコシティーのスラムに住む少年少女をレポートした原稿を持ち込んできた。若々しい文章が新鮮で、3週にわたって掲載させてもらった。当時、著者は大きな目がくりくり動く大学院生で、それが一般誌に原稿を書いた最初だったと思う。以来、一貫したテーマを追い、NGOを組織して活動してきた姿勢に頭が下がる。それだけに今回の受賞が嬉しい。(山崎幸雄)

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