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2017年6月23日 (金)

「田中陽造著作集 人外魔境篇」 田中陽造

Tanaka_tanaka

田中陽造 著
文遊社(480p)2017.04.25
3,564円

ずいぶん凝った装幀の本だなあ、と思って書店で手に取った。コートしてないオフホワイトのカバー用紙に、余白をたっぷり取った小村雪岱の版画。鏡台のある部屋から外を眺めている。運河と低い甍の連なりは明治の風景か。「田中陽造著作集」のタイトルは、かすれさせた古風な明朝で小ぶりな縦組み。紺色の帯のキャッチコピーに「魔の棲む映画」とある。本を開くと見返しにも雪岱の墨一色の版画。別丁扉の前にもう一枚、半透明で模様入りの扉が挟まれている。雪岱が装幀家、挿画家として人気だった大正から昭和初期の造本を意識したらしい粋な仕上がりだ。

脚本家・田中陽造の名前をはじめて記憶にとどめたのは、「実録白川和子 裸の履歴書」(1973)だったか「㊙女郎責め地獄」だったか。当時、日活ロマンポルノが猥褻図画として摘発されてスキャンダルになり、しかも映画として質の高い作品が多かったので、週刊誌記者として面白がって取材し記事にしたのだった。田中陽造は20本以上のロマンポルノの脚本を書き、その後も『新仁義なき戦い 組長の首』『嗚呼‼ 花の応援団』『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』『セーラー服と機関銃』『魚影の群れ』『居酒屋ゆうれい』と話題作の脚本を書いた。

本書は、1960~80年代の日本映画を背後から支えた田中陽造の文章を集めたものだ。内容は大きく三つにわけられる。ひとつは、映画と映画人をめぐるエッセー。ふたつめは、週刊誌のライターとして異能人間に会い、奇妙な犯罪を追ったレポート。三つめは未発表シナリオ。そのどれもが一貫した嗜好に貫かれている。「人外魔境篇」というタイトルがそれを暗示している。

映画と映画人をめぐっては、亡くなった日活の監督たち、藤田敏八や神代辰巳の記憶が心にしみる。

田中は藤田敏八『若者の砦』の脚本を藤田らと缶詰めになって書いていた。仕事ははかどらず、空の酒瓶だけが増えてゆく。「パキさん(藤田)は、常にムニャムニャと酔っており、……建設的な意見が口から漏れることだけは、絶対になかった。ホン作りの過程をわざとムチャクチャにして、その混沌の中に身をおいているのが楽しい、といった感じだった。……じつはパキさん自身にも分かっていなかったのだろう。簡単に理解できる人間の話なんかやりたくないと思っていたのかも知れない。……結局、私はなんの戦力にもなれなかった。それっきりパキさんとの縁が切れたことでも、それは分かる」

あるいは神代辰巳について。

「『陽炎座』が映画になったあと神代さんに会ったら、私が書いたホンを読んでいて、あれを俺に撮らせてたらなあ、と心底くやしそうに言った。めったにそんなことを言う人ではないので、ちょっと驚いたが、そのとき私は、あー、俺は神代さんとはぐれてしまったんだなあ、と悲しかった。/神代さんはどこかに魔の棲む映画をいちばん作りたかったのだろう。それを書けるライターとして目をかけられたのに、私はこたえられなかった。ほんとうに私は神代さんともっとたくさん仕事をやっているはずだった。いったいどこではぐれてしまったのだろうか」

『陽炎座』を神代辰巳が映画にしたら、どんなものができたろう。鈴木清順の映画は傑作として名高いけど、あのように絢爛たるものでなく、もっと粘っこくて、暗い情感あふれたものになっていただろうか。鈴木清順の脚本家として出発した田中だが、その資質は情感なんてものを端から信用しない鈴木清順でなく、むしろ神代辰巳と近かったかもしれない。もし神代が『陽炎座』を撮っていたら……。これは1980年代日本映画の大きな「if」だろう。

二つめのジャンルは異能人間と犯罪のレポート。例えば、医学部教授である親子の二代続けた刺青コレクションがある。遺族や本人に頼まれて死体から剥いだ刺青のコレクションが百数十枚。

「道具はホラ、こんな小さいメス一本、脂肪にまみれてメスもゴム手袋も何度とり替えるか知れやしない。だから全身刺青のヒトの場合なんか大変な作業になるわけ。遺族の方は葬式の支度して外で待ってるしね。……死斑を避けるために急ぐのね。早いときは二時間で全身を剥ぐかな。他の方には不可能でしょうね。ボクは病理解剖で馴れてるから」。剥いだ皮はホルマリンに浸し、乾燥を繰り返して仕上げるのに2年かかる。「ひとたび標本として完成したときの優美さは悪魔的で、……それを晴れ渡った陽光にかざして透かし見るに及んでは、あたかも絹布に赤い蝋、青い蝋で繊細極微の戦慄的な細密画を描いたごとく、筋彫りくっきり浮きたち、ボカシは朧(おぼろ)の空に霞んで秋だというのに、虚空には桜が舞い散った」──田中陽造の面目躍如といった文章だ。

ほかにも全国をさすらう刺青師、蛇使いの女、津軽凧の絵師、幇間、琵琶師、ルソン島で人肉食をした元兵士などを訪ね歩いている。こういうエロとグロすれすれの場所で勝負し、すれすれゆえに人間の裸の姿が浮かび上がるルポが1970年前後の週刊誌には掲載されていた。これは『週刊サンケイ』に連載されたものだが、映画関係者はこういう題材に強いと思われたのか、『アサヒ芸能』に連載された映画評論家・斎藤龍鳳の性風俗ルポなど今読んでも唸るしかない名作だ。

三つめの未発表シナリオは、円地文子原作の「木乃伊(ミイラ)の恋」と谷崎潤一郎の「痴人の愛」。なかでも「木乃伊の恋」は村上春樹『騎士団長殺し』も下敷きにしていた上田秋成の怪奇譚を基にしたもので、グロテスクでエロチックで滑稽でもあるお話。過去と現在を行き来する構成も映画的で、今このシナリオを映画にできるのは廣木隆一監督しかいないのではないか。

1960年代にはこういうテイストの本が何冊も出版されていた。「人外魔境」にさまよいこんだ男。執筆から半世紀近く経て出現した奇書と呼んでもいいかもしれない。(山崎幸雄)

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