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2018年6月20日 (水)

「雪の階(きざはし)」奥泉 光

Yukino_okuizumi

奥泉 光 著
中央公論新社(592p)2018.02.10
2,592円

昭和初期、皇室に貞明皇太后(昭和天皇の母)の信任厚い島津ハルという女官長がいた。そのころ天皇機関説を攻撃する「国体明徴運動」が沸騰していたが、霊感をもった島津を中心に「国体明徴維神の道」を求める密かな集まりがあった。島津が崇拝するのは『古事記』冒頭に出てくる天地開闢の神アメノミナカヌシ。島津は、裕仁天皇(昭和天皇)がやがて崩御し、幼い明仁皇太子が天皇となってアメノミナカヌシの霊と一体となり神人が合体すると告げた(原武史『皇后考』)。

こうした動きの背後には、昭和天皇を嫌い秩父宮を溺愛した貞明皇太后の存在があり、昭和天皇を廃し秩父宮を擁立しようとする重臣グループ、青年将校グループが存在したこととも無関係ではなかったろう。

そんな秘められた歴史を背後においてみると、2.26事件前夜を舞台にした『雪の階』という小説はにわかに生々しさを増してくる。といって、別にこの小説は事実に即して書かれているわけではない。実在の人物もちらほら出てくるけれど、主要な登場人物はすべて創作。でも戦争に向かって一歩、また一歩と歯車が回りつつあるなかで、上流階級に属する人間たちの陰謀とロマンス、豪奢と頽廃が探偵小説の形を借りて匂うがごとく浮かびあがってくる。

探偵小説で必要なのは謎であり、なにより死体である。昭和10年、富士山の青木ヶ原樹海で男女の心中死体が発見される。男は弘前歩兵連隊の久慈亮二中尉。女は東京帝国大学教授・宇田川利隆の娘、寿子。久慈中尉は昭和維新を熱く語る青年将校で、一方、寿子の父は天皇機関説を支持するリベラルな学者だった。

もうひとつ探偵小説に欠かせないのが探偵。この「心中」に疑問を持ったのが寿子の親友で女子学習院に通う笹宮惟佐子だった。父の笹宮惟重伯爵は貴族院議員で、天皇機関説を攻撃して時流に乗り密かに政権の黒幕の座を狙う野心家。本書のヒロイン、20歳の惟佐子は茶の湯生け花といった華族の娘に求められる花嫁修業に目もくれず、数学と囲碁に凝っている。でも装いは常に金のかかった和服。「今日の惟佐子の、薄藍の色留袖に鉄黒の袋帯を締めた姿は、思わず見とれてしまうほどに艶やかで美しかった。細身の絵姿が近代的(モダーン)な印象を与えるのに対して、玉結び風の黒髪の下に、低い頬骨のうえの瞼が厚く目の細い古風な美人顔が置かれているのが、不思議な魅力となって結晶している」

でも深窓の令嬢である惟佐子は、歩き回る探偵役としては身動きがとれない。かわりに探偵役を務めるのは、惟佐子が子供時代にあてがわれた遊び相手(「おあいてさん」)の牧村千代子。成人した千代子は新米の女流カメラマンで、新時代の「職業婦人」として新聞記者の蔵原誠治を相棒にあちこち尋ねまわる役割を引き受ける。

惟佐子の周辺に多彩な人物が出没する。ドイツから来日し、彼女に近づくピアニスト、カルトシュタイン。彼はアーリア人種の優越を説く心霊音楽協会の一員だった。日独文化交流協会を仕切る青年貴族、木島柾之。寿子が死ぬ前に訪問したらしい紅玉院の庵主で、霊能力をもって上流夫人の信者を集める清漣尼。ドイツにいる元外交官・白雉博允は惟佐子の伯父で、ナチスに共感し『偉大なる文明の復活と超人類の世紀』なる著書をもつ。惟佐子の兄で、小説のなかでなかなか姿を見せない陸軍の青年将校・惟秀。死んだ久慈中尉の仲間で、子爵家出身の槙岡貴之中尉。『皇道日本』の発行人で、政治家の汚れ仕事を引き受ける黒河八郎。

久慈中尉と寿子は心中でなく殺されたのではないかと疑う惟佐子に代わって、千代子と蔵原が歩きまわる。と、さらに死体が増えてゆく。間諜(スパイ)組織や昭和維新を唱えるグループの影が見え隠れする。かたわら、惟佐子は親が決めた政治家のぼんくら息子と婚約しながら、「白蛇の軀(からだ)」で木島、黒河ら次々に男と枕を交わしてお付きの老女中を唖然とさせる。惟佐子もまた霊能力を持つらしい。彼女の幻視が挿入される。

「夕暮れの、一面が濃紫(こむらさき)に染まった空の下、焔に炙(あぶ)られ焼け焦げたものか、それとも何かの疾病なのか、どれも一様に黒変した、ひょろ長い灌木とも棒杭ともつかぬものの点在する荒野を独り彷徨(さまよ)い歩きながら、寒草疎(まば)らに散るこの冷たい地面の下には、獣や鳥や虫の死骸が折り重なり堆積して居る」

惟佐子が繰り返し見る、獣や虫また人間の死体が積み重なった荒地のイメージは何を意味しているのか? 

半ばまで読みすすめると読者は、どうやら惟佐子は犯人捜しの探偵役などでなく、この謎めいた物語の中心にいるらしいことに気づく。終盤近く、血のつながりがあると分かった清漣尼と惟佐子が語り合う場面がある。二人の出身である白雉家は神代以来続くと伝えられる家系で、アメノミナカヌシを祀る。伯父の博允の著書はこう説いていた。朝鮮半島から渡来した天皇家の祖先はユダヤ人であり、従って天皇家には「獣人」の血が混入している。今こそ黄土の大陸から渡来したヤマト人とその首領である天皇家を廃し、アメノミナカヌシの直系たる高貴な「純潔天皇」が現れ出でる時である……。

クライマックスは2.26を翌日に控えた夜、大雪に覆われた麹町の神社。雪の石段に立つ笹宮惟秀と槙岡貴之。二人の陸軍士官と、鳥居の陰から見つめる惟佐子。政治と生と性の絡みあった情景が、雪明かりのなかにぽっと浮かびあがって息を呑む。

叙述は現代的なミステリーというより古典的な探偵小説に近いが、謎解きや犯人捜しに主眼がおかれているわけではない。意識的に漢字をたくさん使った文語調で描写されるヒトこまヒトこまを、強い酒をなめるようにじっくり味わうのが、この小説を読むいちばんの快楽だと思う。最初とっつきにくいけれど、いったんこの文体に慣れれば自分がこの時代にタイムスリップして事件を目撃している感覚にひたることができる。言葉がイメージを喚起する道具として使われているのでなく、歴史のなかで意味を重層させてきた言葉そのものの力を引き出そうとしているように見える。筋を追うのに急がず、ゆったり構えて言葉を噛みしめれば、噛みしめるほどに味が出てくる。

去年読んだ松浦寿輝『名誉と恍惚』もそうだったけど、この小説も昭和前期を素材にしている。テロと狂信の果てに破滅的な戦争に突っ込んだこの時代は、怪しげで危険な(誤解を恐れずにいえば)魅力に満ちている。惟佐子の兄、博允がつぶやく呪詛──「異国の支配者の顔色を窺い、媚を売り、諂(へつら)い、数々の貢ぎ物を差し出して、この惨めな国に君臨する……混凝土(コンクリート)の塀に囲われた猿山に穢れたヤマト人ども」──を読んでいると、昭和10年のヤマトだけでなく現在のヤマトにも呪詛の射程が及んでいるようで、一瞬ぎくっとする。贅沢な読書の時間だった。(山崎幸雄)

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