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2018年8月24日 (金)

「宝島」真藤順丈

Takarajima_shindou

真藤順丈 著
講談社(544p)2018.06.19
1,998円

「戦果アギヤー」という言葉がある。「戦果をあげる者」という意味の琉球語(ウチナーグチ)だ。この言葉は、第二次大戦敗戦後、米軍占領下の沖縄で生まれた。

米軍と日本軍の地上戦が繰り広げられた沖縄では多くの民間人が命を落としたが、生き残った者も家や土地など生きる基盤を根こそぎ奪われた。米軍は各所に民間人収容所を設置し、テント、食糧、衣服などを支給。収容所では地域ごとに住民が責任者や民警を選び、これが沖縄の戦後自治体のはしりとなった。

収容所生活が終わっても、土地を米軍基地に奪われ働く場もなかったから、沖縄人が食うに困る状況は変わらなかった。この時期、沖縄人の生活を支えたのは「戦果アギヤー」と「密貿易」だった(岸政彦『はじめての沖縄』)。

「戦果アギヤー」とは米軍の基地や倉庫に押し入って物資を盗み出す者。要するに泥棒だ。「密貿易」は、台湾などから物資を船でひそかに運搬し、沖縄や本土で転売する。台湾に近い与那国島が密貿易で栄えたことはよく知られる。どちらも「違法行為」だが、当時の沖縄人で、「それが『悪いこと』だと思うひとはほとんどいなかった。……生きるために必要なことだったし、また米軍も大目にみていたという」(岸政彦)

『宝島』の主役は、コザ生まれで固い仲間意識で結ばれた4人の「戦果アギヤー」。彼らが戦後沖縄をどう生きたか(生きられなかったか)が、実際に起こった事件を背景に物語られる。従来、この時期の沖縄がエンタテインメント小説の素材になることは少なかったと思うけど、これは「戦果アギヤーの魂」をめぐる熱い青春小説になっている。

「戦果アギヤー」のリーダーはオンちゃん。米軍基地や倉庫に押し入って連戦連勝の「戦果」をあげてきた。「雄々しい眉毛、角ばったあご、その美(ちゅ)らになびく黒い髪」をもつ「ウチナー面(ヂラ)」の若者。オンちゃんは、奪った物資を身内だけでなく地元に配り、コザの住民から「英雄」として愛されている。オンちゃんの親友(イイドゥシ)がグスク。オンちゃんの弟(ウットゥ)レイ。オンちゃんの恋人(ウムヤー)で、のっぽでチーマギー(おっきなおっぱい)をもつヤマコ(本名マヤコ)。4人は戦果を挙げてはヤラジ浜に出、「命びろいの宴会(ヌチ・ヌ・スージ)」で夜ごと、くたくたになるまで飲み、踊った。しかしキャンプ・カデナに侵入するという大仕事で米兵に発見されて追われ、グスクとレイは命からがら基地を脱出したが、オンちゃんの姿は見えなくなっていた。

「戦果」という軍事用語が使われているのが面白い。オンちゃんたちが盗み出したものは盗品ではなく戦果なのだ。1945年6月23日に沖縄の日本軍は敗北し、戦争は終わった。日本軍に代わって米軍が沖縄の新たな統治者として住民の上に絶対権力として君臨した。生きのび、反骨心をもった若者の心のなかで、まだ戦争は終わっていないと意識されても不思議はない。自分はたった一人でまだ米軍と戦っている。もちろんそこには、窃盗や強奪のうしろめたさをごまかす意識も潜んでいるだろう。

本書は大きく三部に分けられている。第一部の後半では、キャンプ・カデナ侵入の罪でグスクとレイが収容された刑務所の所内暴動が主題。レイは思想犯もいる雑居房で教育され、処遇改善を求める受刑者を扇動する存在になっている。暴動のさなか、レイとグスクはオンちゃんとともにキャンプ・カデナ侵入を計画した密貿易団の団員から、オンちゃんもカデナを脱出し生きているという情報を聞き出す。

第二部では、残された3人それぞれの戦後が描かれる。グスクは琉球警察の警察官になっている(戦後沖縄では受刑者がシビリアン・ポリスになりそのまま琉球警察官になる例があったらしい)。刑事になったグスクは、米兵による女性暴行殺人事件の捜査に当たることになる。この事件で能力を認められ、米民政府のアメリカ人が声をかけてきて、グスクは米兵犯罪について民政府に情報を流すことになる。オンちゃんの情報を取れるかもしれないと、グスクはこのスパイ仕事を引き受けた。一方、結婚し子供もできて普通の市民生活を営んでもいる。

レイはコザに戻り、特飲街からみかじめ料を取る地回りのボスで、名うての色事師になっている。戦果アギヤーもその源流の一部となった沖縄ヤクザは、コザ派と那覇派に分かれ対立抗争を繰り広げていた。レイはコザ出身だが、刑務所での人間関係から那覇派と組み、その一方、刑務所の「教師」と連携して反米テロリストの顔ももつようになる。

オンちゃんを忘れられないヤマコは、小学校の教員になった。教えていた小学校にキャンプ・カデナを飛び立った戦闘機が墜落し、何人もの子供の死者が出る。この米軍機墜落事故をきっかけにヤマコは本土復帰運動の活動家となってゆく。グスクもレイも、オンちゃんの恋人だったヤマコを自分のものにしたいと願い、ある事件が起きる。

著者の真藤順丈は東京生まれ。沖縄とはなんの縁もないらしい。でも警察官、ヤクザ、活動家である3人の背後で沖縄の表と裏の戦後史をきちんと踏まえていることが、この小説にリアリティをもたらしている。琉球語については、当時の言葉をそのまま再現しては本土人に理解できないだろうから、たくさんの単語にルビをつけて雰囲気を出そうとしている。よく調べているなあと思う。例えばこんな具合(ブック・ナビではルビをつけられないので読みにくいが)。

「グスクは親友の弟(ドゥシ・ヌ・ウットウ)を見つめた。兄(ヤッチー)譲りの男前ではある。……頭よりも腕っぷしで生きているはねっかえり(ウーマター)最年少のみそっかす(グーハジラー)あつかいを嫌う男。英雄の弟(ウットゥ)に生まれた幸運(カフー)をひっさげてなんにでも噛みついていく。……他人にかけられた恩義も三日とおぼえていられない野良犬(ヤマイン)だった」

もっとも「たっぴらかす(叩きのめす)」「あきさみよう(あれまあ)」「たっくるせ(叩き殺せ)」といった、多少知られた琉球語はそのまま使われる。レイもヤマコも、仲間うちの親しみを込めた場合も本気の場合も含め「たっくるせ」「たっぴらかすよ」を連発する。

物語は第三部のコザ暴動でクライマックスを迎える。コザの住民に、差出人不明の「戦果」が配られる。グスクとヤマコに「これは生還の前祝いさ」と、これも差出人不明の手紙が届く。姿を隠した「英雄」が帰ってくるかもしれない期待が高まる。キャンプ・カデナで猛毒のVXガスが漏れたと噂が立つ。相次ぐ米軍の重大事故と犯罪に、住民の我慢は限界にきていた。1970年12月、コザで米兵が日本人を轢いた事故をきっかけに暴動が起きた。暴動の炎のなかで、レイとグスクは10年ぶりに顔を合わせる。

「燃える景色に照り映えるのは、黄金の面差し(クガニ・ヌ・カーギー)。最果ての夜を疾走するのは、掛け値なしに無謀で、野蛮で、アメリカ―をきりきり舞いさせてきた沖縄人(ウチナンチュ)たち。ここにいるのはみんながみんな“戦果アギヤー”だ。戦果アギヤーの魂が暴動に受け継がれて、コザのひとりひとりがみずから走るものに、島でいちばんの英雄になってよみがえった」

コザ暴動に戦果アギヤーの魂を重ねるのは、従来の沖縄史の常識から見ればずいぶん不穏なものに感じられるかもしれない。でも警官、ヤクザ(反米テロリスト)、活動家の視点を行き来して語られるこんな沖縄の戦後は、フィクションとはいえ今まで読んだことがなかった。オンちゃんがどうなったかは最後に明かされるが、それは本書を読んでのお楽しみ。

小説としての弱点はいくつもある。グスク、レイ、ヤマコと3人の視点を設定したことで、読者は誰の心に同化したらいいのか迷い、結局、誰からも距離を取ることになる。3人の造形が、それぞれいまひとつ弱い。文章に思いがこもりすぎ、上滑りすることがある。とはいえそういうことを言いつのるより、熱い血をたぎらせた「沖縄(シマ)の叙事詩」を読めたのが嬉しい。(山崎幸雄)

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