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2018年10月22日 (月)

「じーじ、65歳で保育士になったよ」高田勇紀夫

Jiiji_takada

高田勇紀夫 著
幻冬舎(306p)2018.08.30
1,404円

著者はIT業界という育児とは無縁の職場で定年まで活躍し、退職後に待機児童の問題を目の当たりにして65歳から保育士として働くことを決意したという。保育士の資格取得から、保育士としての体験とそこから得られた保育に関する提言を一冊にしたもの。

保育士の仕事の内容も、国家資格であることさえも知らなかったシニア男子が典型的な女性の職場に適応できるのかといった不安もかかえつつ「保育士になる」と決断させたのは、問題解決の一助として貢献したいという一念だったと著者は語っている。少子化や待機児童に関していろいろな立場の人達から問題提起がなされてきたし、ニュースにもなってきた。それに伴い、政府施策が華々しく発表されたものの、結果として問題解決に至ったという感覚はあまりない。そうした中で、問題を声高に語るだけでなく、保育士としての貢献だけに満足せず、課題を探り提言するという一連の活動は著者の意志の強さを感じる。

本書は、まず現代の育児の問題を次の様にまとめている。核家族の進展で過去には育児を一部担っていた祖父・祖母に委ねられない状況があること。離婚等での一人親が増大していること。女性の社会的活躍による高齢出産化、等から待機児童の増加が発生するという図柄である。同時に著者が指摘しているのは児童虐待の問題である。核家族や一人親のケースでは育児の相談相手は限られ、精神的にも経済的にも追い詰められて結果として心を病んでいくという負の連鎖の結果が虐待の根源なのだろう。保育所は地域の子供だけでなく、その保護者も支援する義務が有るということをこの本で知ったのだが、保護者に対する駆け込み寺としても保育所が機能し得るということは保育所が持つ機能として、もっと理解されるべき点だと思う。子供達だけでなく、保護者とのコミュニケーションについても、特に、夕方・夜の引き取り時に出来るだけ多くの会話をするという姿勢を描いているが、この点からもその重要性を再認識させてくれる。

本書の構成として、保育所と保育士に関する法的な役割を示す一方、具体的に保育士としての自分の行動に照らして一日を描いている。それを読んでいると、午前7時15分のオープンから午後8時15分お迎えの最終の子供達を送りだすまでの間に要求される作業の多様さとその量に驚くばかりである。こうした実態を知れば知るほど、保育士の人達が仕事に見合うだけの処遇がされているのか、シフトを組んで休暇をとれるだけの人員が確保されているのかといった疑問が沸いてくる。

一方、保育士の国家資格を取得するための受験体験は60歳台半ばの人間としてはなかなか大変なことは良く判る。筆記試験は、保育の心理学・児童福祉・教育原理・子供の食と栄養といった9つの領域の試験が行われ、加えて、音楽・造形・言語表現の三分野から二分野を選択してテストされる実技試験があるという。検定受験の体験が詳細に綴られているが、苦労したこと、失敗したことなどストレートな記録だけに、これから資格を取ってみようという人の取っては良い疑似体験が出来そうである。同時に、保育士とは何かを知ろうとする人にとっては、その試験範囲の広さに驚くこと間違いない。

保育士になるためにこれほど広い知識と実技を求められている中で、当の子供達の親や保護者達がどれだけ、育児・保育について知識を持っているのかということも疑問を持たざるを得ない。もっとも、著者とほぼ同じ世代で生きてきた私は育児・保育の知見もなければ、仕事に追いまくられ育児に時間を割くことも少なかった。娘にいわせれば「家庭を顧みなかった父」だ。その点、専業主婦の妻は育児に時間を割いてくれていた。典型的な戦後高度成長期の家庭である。

振り返って、現代の親たちはどうかと現役の保育士に話を聞くチャンスがあったが、子供の両親たちがこうした知識を体系だって学ぶチャンスも少ないし、自分の子供の幼児期保育やしつけについて保育園、幼稚園に任せているという様相も見えてくる。
 
現在の保育士の認定状況を2014年と2015年を比較している。2015年の資格取得者数は20,781名で前年比7,000名増。その内男性保育士数は全体の5.3%で微増となっている。

この数字だけを見れば着実に保育士資格を保有する人は増加していることが判る。しかし、資格保有者と保育士として働いている人の比率はどうなっているのかと気になって調べてみると、保育士として働いている人は資格保有者の約1/3と言われており、保育士資格を持っている人達を保育現場に参加してもらうための施策が強く求められているのももっともなことである。そして、気になる文章に遭遇した。それは「男性保育士への偏見」と著者がいっていることである。

「まだまだ男性保育士への偏見は多い。……一部の保護者の中の「男性保育士には女児のおむつ交換や着替えなどして欲しくない」という偏見には、失望を禁じ得ない。このような偏見は保育士というプロフェショナルのプライドやモラルを大きく傷つける」

こうした声が保護者の中に有る限り、男女雇用均等法も総活躍社会も成り立たなくなってしまいそうだ。もう一つ、今日的な問題を提起しているのは、著者が担当した3-4才児クラスは28名の子供達のうち、7名は両親もしくは片親が日本人でないとのこと。文化や言語の違いがある中での保育が求められているというのも新たな状況として再認識させられた。

著者がこうした問題に対して真正面から挑戦している姿を知るにつけ、発想を行動に移し、そして自ら保育士となって活動するというエネルギーには驚くばかりである。IT業界で定年まで仕事をして、まったく新たな自己実現と貢献の道に進んだことで「学び直し」という挑戦にあえて飛び込み、他業界での経験と知見を活かしながら保育の現場での経験を基にしての提言を書いている。

それは、保育所を増やしていく手段として企業内保育所のさらなる充実。保育所の経営主体として原則は社会福祉法人であることとされているが、株式会社などの法人参入をより広く行い柔軟に認可すること。広範な管理能力が求められている「園長」の立場に、管理者として経験を持つシニァ人材がもっと活用されるべきではないか。日々の仕事における「紙」の書類の多さをみてもITの活用を進めることで、より高品質で効率的な保育が可能になるのではないか。幼児突然症候群(SIDS)への対策として昼寝の際も5-10分おきに心拍、呼吸、体動などを保育士がチェックしているとのことだが、コードレス・モニターなども開発されつつありこうした機器の活用を進めるなど、ITによる保育の進化の余地は極めて大きいとしている。こうした、提言の価値や妥当性を判断できるだけの知見を私は持っていない。是非、保育の現場で働いている方々の意見も聞きたいと思った。

実は、著者の高田君とは職場を共にした時期が有る。IT活用・仕事の品質向上と効率化・異文化コミュニケーションといった経験を積んだ著者が、新しい切り口での保育のあり方を考えることに一石を投じる契機になることを期待したい一冊である。(内池正名)

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