« 「掃除婦のための手引き書」ルシア・ベルリン | トップページ | 「日本習合論」内田 樹 »

2020年12月18日 (金)

「『線』の思考」原 武史


原武史 著
新潮社(256p)2020.10.15
1800円+税

「線」の思考とは何だろう? と疑問を出しておきながら、さっそく答えを言ってしまえば、ここでいう「線」とは交通路、具体的には鉄道のことを指す。たとえばある特定の地点は「点」であり、特定の地点(皇居とか国会議事堂とか)について考えることは「点」の思考ということになる。一方、「点」より広い地域や領域(東京とか、日本とか)は「面」であり、それらの地域や領域について考えるのが「面」の思考ということになる。でも「点」と「面」の中間には「線」がある、と著者は言う。「点」と「点」を結ぶことで「線」(街道や海上航路、近代の鉄道)が成り立つが、「線」は「点」や「面」と共通するものを含みながら、「線」独自の文化や思想を生み出すこともある。

そんな前置きを振っておいて、著者は北海道から九州まで八つの鉄道路線に乗りながら、その沿線に広がる「地域に埋もれた歴史の地下水脈」を探ろうとした。原は『大正天皇』『皇后考』などで知られる近代政治思想史の研究者であり、同時に『鉄道ひとつばなし』の著書をもつ鉄道マニアでもある。この本は、彼の本業と趣味(?)の二つの面を結びつけたもの。といっても堅苦しい研究書でなく、鉄道に関するうんちくや駅弁についても書く読みものになっているのが楽しい。

たとえば「二つの『常磐』──『ときわ』と『じょうばん』の近現代」とタイトルを打たれた章。ここでは品川からいわきまでJR常磐線に乗っている。途中下車して訪れるのは日立駅の日立鉱山跡、内郷駅の炭砿資料館、湯本駅の常磐炭鉱跡と炭住跡につくられたスパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)など。この常磐線には「ひたち」と「ときわ」という二本の特急が走っている。「ひたち」には旧国名の常陸と、明治期にできた日立という村名(後に日立製作所が生まれる)が二重にかけられている。「ときわ」は常陸と磐城という旧国名の頭文字を組み合わせた常磐(じょうばん)の訓読みであるとともに、万葉集などに出てくる古語で永遠を意味する常磐(ときわ)でもある。水戸市一帯には古来、「常磐(ときわ)」を冠した地名がたくさんある。水戸偕楽園にある常磐神社の名は、アマテラスの血統を継ぐ天皇の地位は永遠であるとする「水戸学のイデオロギーにふさわしい」、と著者は記す。

ところで明治後期に開通した常磐線は当初、旅客輸送より貨物輸送が主な役割だった。日立鉱山の銅と常磐炭田の石炭である。どちらも常磐線開通後に本格的に開発された。そのことに触れた上で著者は、路線名と特急名についてこう述べている。「『ひたち』が常陸から日立へと変わったことで、(政治的なイデオロギーと結びつきやすい)『ときわ』から『じょうばん』へと変わった常磐同様、日本資本主義の発展を象徴する経済的な響きをもつようになったと言えようか」

もうひとつ例を挙げてみよう。「『裏』の山陽をゆく」で著者はJR山陽本線の岡山から徳山までを列車に乗っている。山陽新幹線が開通した後、山陽に限らずどの新幹線も同じだが、並行して走る在来線は乗客数が減り、ローカル線と化している。それを原は「裏」と呼ぶ。その「裏」の山陽本線に沿った内陸部では、幕末から戦前にかけて民衆のなかから新宗教が相次いで生まれた。また戦前から戦後にかけて神道系の新宗教が沿線の山を聖地とした。

まず原は熊山駅で降り、熊山遺跡へ足を運ぶ。石積みのピラミッドのようなこの奈良時代前期の仏教遺跡を、大本教の出口王仁三郎はスサノオの陵と考え聖地とした。王仁三郎は自らをスサノオになぞらえ、琵琶湖以東はアマテラスが治めるが、以西はスサノオが治めると不敬な言葉を吐いた。次に原は北長瀬駅で下車し、黒住教本部を訪れる。黒住教は幕末に生まれ、アマテラスを奉ずる神道系の宗教。さらに金光駅で降り、金光教本部へ行く。金光教も幕末に生まれた神道系の新宗教。広島で一泊した原は山陽本線を乗り継ぎ、田布施駅へ行く。ここには、もと大本の信者だった友清歓真が脱退してつくった「神道天行居(しんどうてんこうきょ)」という教団の本部神殿と日本(やまと)神社がある。この駅には、もう一つの新宗教、天照皇大神宮教の本部もある。太平洋戦争末期、天照皇大神宮教の教祖である北村サヨは、アマテラスの名を冠しながらも「天皇は生神でも現人神でもなんでもないぞ」と不敬な言葉の数々を吐いていた。

これら新宗教の教団を訪ね歩いた原は、天照皇大神宮教本部の近くで育ち、皇太子裕仁(後の昭和天皇)暗殺を試みたテロリスト難波大助の生家も訪れたうえで、「裏」の山陽には「表」の山陽にはない近現代思想史の地下水脈が流れているという。「国家や天皇に忠誠を尽くすのか。それとも反逆するのか──『裏』の山陽である山陽本線の沿線には、その答えをめぐって苦闘した人々の痕跡が、いまもなお残っているのだ」

ほかにも、小田急江ノ島線にカトリック系の教団や学校が多いのはなぜかを考えたり、JR阪和線で古代と中世、近代が交錯するありさまを見たり、房総と三浦半島の鉄道を巡りながら日蓮の足跡を訪ねたり、本書のサブタイトルになっているように「鉄道と宗教と天皇と」について思いを巡らせている。

鉄道マニアの原は、途中下車しながら電車を乗り継ぐことそれ自体を楽しんでいるようだ。また駅弁を楽しみにしている。JR阪和線の無人駅、山中渓のホームで「小鯛雀寿司」(和歌山駅の駅弁)を食しながら、「この駅弁は、個人的に宮島口の『あなごめし』と並び、西日本の駅弁の双璧だと思っている」と書く。研究者としての問題意識を披歴していたかと思うと、すぐ後でこういうマニアの顔をのぞかせるのがこの本の面白さだ。

原のそんな鉄道マニアとしての姿(というか、声)を、十数年前に直接に聞いたことがある。著者の『昭和天皇』が第12回司馬遼太郎賞を受けたときのこと。たまたまその場に居合わせた。この賞は、選考委員会が開かれ受賞者が決まって数時間後に発表の記者会見が開かれる。だから受賞者が近くにいれば会見場に駆けつけられるが、遠くにいれば電話で受賞の声を聞くことになる。この年、受賞が決まった原は秩父にいて、会見は秩父からの電話だった。なんでも受賞の知らせを聞いたのは西武鉄道の特急レッドアローに乗っている最中だったという(原には『レッドアローとスターハウス』の著書がある)。受賞の知らせが鉄道に乗っているときに届いたことで喜びが倍になったようで、そんなエピソードをまず披露した弾んだ声が会場に響いたのを覚えている。(山崎幸雄)

|

« 「掃除婦のための手引き書」ルシア・ベルリン | トップページ | 「日本習合論」内田 樹 »

 せ  」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「掃除婦のための手引き書」ルシア・ベルリン | トップページ | 「日本習合論」内田 樹 »