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2018年10月22日 (月)

「じーじ、65歳で保育士になったよ」高田勇紀夫

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高田勇紀夫 著
幻冬舎(306p)2018.08.30
1,404円

著者はIT業界という育児とは無縁の職場で定年まで活躍し、退職後に待機児童の問題を目の当たりにして65歳から保育士として働くことを決意したという。保育士の資格取得から、保育士としての体験とそこから得られた保育に関する提言を一冊にしたもの。

保育士の仕事の内容も、国家資格であることさえも知らなかったシニア男子が典型的な女性の職場に適応できるのかといった不安もかかえつつ「保育士になる」と決断させたのは、問題解決の一助として貢献したいという一念だったと著者は語っている。少子化や待機児童に関していろいろな立場の人達から問題提起がなされてきたし、ニュースにもなってきた。それに伴い、政府施策が華々しく発表されたものの、結果として問題解決に至ったという感覚はあまりない。そうした中で、問題を声高に語るだけでなく、保育士としての貢献だけに満足せず、課題を探り提言するという一連の活動は著者の意志の強さを感じる。

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2018年5月20日 (日)

「醤油 (ものと人間の文化誌 180) 」 吉田 元

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吉田 元 著
法政大学出版局(269p)2018.03.09
2,808円

古代から現代まで日本における「醤油」の歴史を辿っている一冊。加えて、アジア各国における「醤油類」の製造についても俯瞰していて、広範囲な醤油文化を描いている。技術に重点を置いた内容なので、詳細な醗酵のメカニズムや製造プロセスの説明など、読み手の興味によって、選択的な読書をしても良いと思う。醤油の歴史についての好奇心を満たしてくれる十分な内容になっている。

いうまでもなく、醤油は日本で愛されて来た発酵調味料。その理由として、温暖湿潤な気候に支えられた農耕文化のわれわれ日本人の食生活は穀物中心の植物性タンパク質を大量に摂取するため。塩に頼った味付けが必要だった。過去においては、こうした日本型の食生活の欠陥として動物性タンパク質の摂取不足と塩分の過剰摂取が指摘されてきた。最近はその日本食は健康食として世界からもてはやされているというのも皮肉なものである。要すれば、何事につけても過剰摂取やバランスの崩れが食生活として問題が有るという事なのだろう。

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2018年2月21日 (水)

「主権なき平和国家」伊勢﨑賢治・布施祐仁

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伊勢﨑賢治・布施祐仁 著
集英社(272p)2017.10.31
1,620円

沖縄で米軍機の事故や米兵の犯罪が起こるたびに「日米地位協定」という言葉がメディアをにぎわす。でも、たいていは「協定によって○○(逮捕とか、調査とか、規制とか)できない」というだけで通りすぎてしまう。日米地位協定とはそもそもどんなものなのか、多くの人が知らないのではないか。僕自身もそうだった。そこで「地位協定の国際比較からみる日本の姿」というサブタイトルのこの本を読んでみることにした。

著者のひとりである伊勢﨑賢治は、国際NGOで活動した後、国連PKO幹部として東チモールの行政官となり、シエラレオネでは国連派遣団の武装解除部長を務めた。また日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を担ったこともある。自称「紛争屋」、世界の紛争地の現場で仕事をしてきた人である。本書はジャーナリストの布施祐仁が伊勢﨑へのインタビューを基に、他国の地位協定のありようを調査してまとめたものだ。

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2017年4月25日 (火)

「ジャズメン死亡診断書」 小川隆夫

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小川隆夫 著
シンコーミュージック・エンタテイメント(312p)2017.02.13
2,160円

著者は自ら整形外科医・Jazzジャーナリストと名乗っているように、ジャズ好きと医師という二つの目線を組み合わせながら「ミュージシャンの『死』から見えてくる人生、そして聴こえてくるジャズ」という考え方に基づいて彼らの人生を表現してみせている。具体的には23名のジャズ・ミュージシャンの死亡原因とその経緯を著者の医学的考察を示し、そこから遡って、音楽活動の記録を重ねてプレーヤー達のジャズ人生を振り返ってみるという試みである。このユニークな手法では死亡原因を探り、持病、麻薬中毒、アルコール依存、そして人間関係などメンタルな要素も加えることで、ジャズプレーヤー達の生き様を描き出すという構想を温めてきたとして次のように語っている。

「『音楽はミュージシャンの写し鏡』とよくいわれる。演奏に人柄が反映されていることも少なくない。……マイルス・デイヴィスやブルーノートの創業者であるアルフレッド・ライオンのお墓や墓地からは、その人物のひととなりが見えて来て、さまざまなことを考えさせられた」

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2016年11月20日 (日)

「〆切本」 夏目漱石ほか

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夏目漱石ほか 著
左右社(365p)2016.08.30
2,484円

本書は「作品原稿の〆切(締切)」にまつわるアンソロジーである。夏目漱石、田山花袋、泉鏡花といった明治・大正の文豪から堀江敏幸、吉本ばなな、西加奈子といった気鋭作家まで、作家、評論家、漫画家、加えて出版・編集関係者など90名の文章が集められている。物を書いて禄を食んでいる人達だけに「書けない・〆切に追われる」描写は切実で、「作家と編集者との関係」についても仕事と割り切れない複雑な人間関係も見て取れる。

本書を読んでいると作家一人一人の性格に肉薄できた気になるし、作品を通してイメージしていた作家の人物像とのギャップも垣間見えるという点も面白い。それにも増して、〆切に苦しみ、悩み、もがいている作家や編集者たちの姿に同情と共感が残るのはどんな仕事でも時間や日程に追われるからだろう。

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2016年3月17日 (木)

「自然の鉛筆」トルボット

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ウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボット 著
赤々社(192p)2015.1.27
4,320円

写真の歴史に興味のある人なら、トルボット(タルボットと表記されることも多い)、あるいは『自然の鉛筆(The Pencil of Nature)』という言葉を目にしたことがあるにちがいない。トルボットは19世紀前半、ニエプスやダゲールとともに写真術を発明した草創期の写真家であり、『自然の鉛筆』とはトルボットが出版した世界最初の写真集のことだ。

1844年から46年にかけて6巻刊行された『自然の鉛筆』には合わせて24点の写真が収められている。写真史の本にはたいていそのなかから、トルボット邸の厩舎の開いた扉と立てかけられた箒の写真が、小さく不鮮明な複写(複写の複写)で使われている。僕自身もそのように写真の黎明期を象徴する資料のひとつとしてこの写真を認識していたにすぎなかった。また彼が考案したカロタイプという写真術の歴史的意義は、ネガ・ポジ法によって一枚のオリジナルから同一のコピー(プリント)を無限につくりだせることにあった。そのような写真術を発明したトルボットと『自然の鉛筆』は、多くの人にとって偉大ではあるが過ぎた歴史のひとこまとして整理されていたと言ってもいいだろう。

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2015年8月17日 (月)

「昭和を語る– 鶴見俊輔座談」鶴見俊輔

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鶴見俊輔 著
晶文社(302p)2015.06.25
2,376円

本書(2015年6月30日第一刷)を読み始めて数日経った時に鶴見俊輔の訃報に接した。なにやら運命的である。鶴見と言えば「共同研究 転向」が印象に強く、高校生の時に父の本棚にあったものを読んでいたことを思い出す。本書は1960年代から1990年代に行った対談から集成したもので、語られているテーマは憲法・戦争・敗戦・戦争体験・天皇制というサブタイトルがつけられ、都留重人・羽仁五郎・司馬遼太郎・河合隼雄・吉田満・開高健・粕谷一希といった思想・理念が異なる人達との会話を通して、「上手い聴き手」を演じつつ、相手との違いもけして否定的でない形で表現しているのも鶴見らしい座談になっている。

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2015年5月11日 (月)

「書物の夢、出版の旅」ラウラ・レプリ

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「書物の夢、出版の旅」ラウラ・レプリ
ラウラ・レプリ 著
青土社(290p)2014.12.10
3,024円

『書物の夢、出版の旅』は16世紀ベネツィアの出版業と、それにたずさわる上流階級の人々を描いた「歴史ノンフィクション」だ。著者は作家養成研究所を主宰し、文学賞の審査員も務めるイタリア屈指の編集者だそうだ。僕も長年、記者・編集者稼業をやってきたので、印刷・出版に関することには興味がある。書店の棚で「書物」とか「印刷」という書名を目にすると、つい手に取ってしまう。この本もそのようにしてレジへ持っていくことになった。

この本の面白さは二つある。ひとつは、ルネサンス期のベネツィアを登場人物とともに歩いているような気分にさせてくれること。広場や街路など街の様子がていねいに描きこまれている。もうひとつは、黎明期の出版業がどんなものだったのかを教えてくれること。本書の原題は「富か栄誉か──書籍、出版、虚栄、十六世紀のベネツィア」なのだが、なんだ、印刷・出版の世界は今とたいして変わらないんだなあ、というのが読み終えての感想だった。ここでは後者の面白さを見ていこう。

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2015年3月16日 (月)

「司馬遼太郎 東北をゆく」赤坂憲雄

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赤坂憲雄 著
人文書院(232p)2015.01.30
2,160円

「街道をゆく」と題して司馬遼太郎は昭和46年から25年間にわたり日本国内だけでなく、海外を含めて、膨大な紀行文を週刊朝日に連載してきた。それは、広範な知識と好奇心に支えられた知的体験と発見の旅だったに違いない。本書はその中の東北の部分に焦点を当てて、「東北」と「司馬遼太郎」の双方を再確認するという試みである。対象となった旅は「陸奥のみち」「羽州街道」「仙台・石巻」「秋田県散歩」「白河・会津のみち」「北のまほろば」である。それを読み解いているのは赤坂憲雄。民俗学者である彼は、長く東北学と称して、フィールドワークを主体とする新しい視点の東北地域文化の確立にエネルギーを注いできた人間だが、3.11の後は地域に寄り添いながら復興の活動を活発に行うとともに、政府の「東日本大震災復興構想会議」の委員として名を連ね、現在は学習院大学教授・福島県立博物館館長を務めている。

赤坂が「わたしは多分、司馬遼太郎のまっすぐな読者ではない。肌合いがはっきり違う」と言っているように、「東北」を考えるヒントとして二人の異なった視点からの理解が提示され、結果として深まりのある東北論となっているところが面白い。また、司馬は関西の出身であり、ある年齢までは「箱根の関」以東については無知であったことを極めて率直に正直に語っている一方、訪れた土地・土地で東北に対するシンパシーをこれでもかと表現しており、赤坂の言葉を借りれば、まさに「たじろぐほど」の至上のシンパシーを発露しているその源泉を確認していく楽しみもある。

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2014年4月15日 (火)

「地震と独身」酒井順子

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酒井順子 著
新潮社(283p)2014.02.21
1,512円

東日本大震災から三年。この間、津波や原発事故を多様な視点から捉えた書籍は数多く世に出されたが、まったく異なった切り口の本が本書。著者・酒井順子は1966年生まれ。彼女が認められる契機であり、女性論として長く語り継がれていくであろう「負け犬の遠吠え」から10年。その後も「徒然草Remix」や「ユーミンの罪」などの作品を発表し、洒脱で落ち着いた文体ながら斬新な視点で切り込んでいく姿勢は読者の期待を裏切ることはなかった。本書は、酒井が自らの「47歳・独身」という立場をベースに、被災地を巡り「独身者」達を取材して彼らの行動と思考の軌跡をまとめたもの。なぜ「独身者」に焦点を当てたのかは、東日本大震災の一周年追悼式典で被災三県の遺族代表の言葉に接した時から始まる。

「涙をぬぐいつつ、私が一つ実感したのは、遺族というのは『残された家族』のことなのだ、というごく当たり前のことでした。人が世を去った時、その人を悼み、思うのは家族なのだと。・・・では、独身の人たちはいったい何をしていたのだろう・・・震災の家族の物語とは対照的に独身者の姿があまり見えてこなかったからこそ、私は今、このようなエッセイを書いています」

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