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2016年11月20日 (日)

「〆切本」 夏目漱石ほか

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夏目漱石ほか 著
左右社(365p)2016.08.30
2,484円

本書は「作品原稿の〆切(締切)」にまつわるアンソロジーである。夏目漱石、田山花袋、泉鏡花といった明治・大正の文豪から堀江敏幸、吉本ばなな、西加奈子といった気鋭作家まで、作家、評論家、漫画家、加えて出版・編集関係者など90名の文章が集められている。物を書いて禄を食んでいる人達だけに「書けない・〆切に追われる」描写は切実で、「作家と編集者との関係」についても仕事と割り切れない複雑な人間関係も見て取れる。

本書を読んでいると作家一人一人の性格に肉薄できた気になるし、作品を通してイメージしていた作家の人物像とのギャップも垣間見えるという点も面白い。それにも増して、〆切に苦しみ、悩み、もがいている作家や編集者たちの姿に同情と共感が残るのはどんな仕事でも時間や日程に追われるからだろう。

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2016年3月17日 (木)

「自然の鉛筆」トルボット

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ウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボット 著
赤々社(192p)2015.1.27
4,320円

写真の歴史に興味のある人なら、トルボット(タルボットと表記されることも多い)、あるいは『自然の鉛筆(The Pencil of Nature)』という言葉を目にしたことがあるにちがいない。トルボットは19世紀前半、ニエプスやダゲールとともに写真術を発明した草創期の写真家であり、『自然の鉛筆』とはトルボットが出版した世界最初の写真集のことだ。

1844年から46年にかけて6巻刊行された『自然の鉛筆』には合わせて24点の写真が収められている。写真史の本にはたいていそのなかから、トルボット邸の厩舎の開いた扉と立てかけられた箒の写真が、小さく不鮮明な複写(複写の複写)で使われている。僕自身もそのように写真の黎明期を象徴する資料のひとつとしてこの写真を認識していたにすぎなかった。また彼が考案したカロタイプという写真術の歴史的意義は、ネガ・ポジ法によって一枚のオリジナルから同一のコピー(プリント)を無限につくりだせることにあった。そのような写真術を発明したトルボットと『自然の鉛筆』は、多くの人にとって偉大ではあるが過ぎた歴史のひとこまとして整理されていたと言ってもいいだろう。

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2015年8月17日 (月)

「昭和を語る– 鶴見俊輔座談」鶴見俊輔

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鶴見俊輔 著
晶文社(302p)2015.06.25
2,376円

本書(2015年6月30日第一刷)を読み始めて数日経った時に鶴見俊輔の訃報に接した。なにやら運命的である。鶴見と言えば「共同研究 転向」が印象に強く、高校生の時に父の本棚にあったものを読んでいたことを思い出す。本書は1960年代から1990年代に行った対談から集成したもので、語られているテーマは憲法・戦争・敗戦・戦争体験・天皇制というサブタイトルがつけられ、都留重人・羽仁五郎・司馬遼太郎・河合隼雄・吉田満・開高健・粕谷一希といった思想・理念が異なる人達との会話を通して、「上手い聴き手」を演じつつ、相手との違いもけして否定的でない形で表現しているのも鶴見らしい座談になっている。

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2015年5月11日 (月)

「書物の夢、出版の旅」ラウラ・レプリ

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「書物の夢、出版の旅」ラウラ・レプリ
ラウラ・レプリ 著
青土社(290p)2014.12.10
3,024円

『書物の夢、出版の旅』は16世紀ベネツィアの出版業と、それにたずさわる上流階級の人々を描いた「歴史ノンフィクション」だ。著者は作家養成研究所を主宰し、文学賞の審査員も務めるイタリア屈指の編集者だそうだ。僕も長年、記者・編集者稼業をやってきたので、印刷・出版に関することには興味がある。書店の棚で「書物」とか「印刷」という書名を目にすると、つい手に取ってしまう。この本もそのようにしてレジへ持っていくことになった。

この本の面白さは二つある。ひとつは、ルネサンス期のベネツィアを登場人物とともに歩いているような気分にさせてくれること。広場や街路など街の様子がていねいに描きこまれている。もうひとつは、黎明期の出版業がどんなものだったのかを教えてくれること。本書の原題は「富か栄誉か──書籍、出版、虚栄、十六世紀のベネツィア」なのだが、なんだ、印刷・出版の世界は今とたいして変わらないんだなあ、というのが読み終えての感想だった。ここでは後者の面白さを見ていこう。

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2015年3月16日 (月)

「司馬遼太郎 東北をゆく」赤坂憲雄

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赤坂憲雄 著
人文書院(232p)2015.01.30
2,160円

「街道をゆく」と題して司馬遼太郎は昭和46年から25年間にわたり日本国内だけでなく、海外を含めて、膨大な紀行文を週刊朝日に連載してきた。それは、広範な知識と好奇心に支えられた知的体験と発見の旅だったに違いない。本書はその中の東北の部分に焦点を当てて、「東北」と「司馬遼太郎」の双方を再確認するという試みである。対象となった旅は「陸奥のみち」「羽州街道」「仙台・石巻」「秋田県散歩」「白河・会津のみち」「北のまほろば」である。それを読み解いているのは赤坂憲雄。民俗学者である彼は、長く東北学と称して、フィールドワークを主体とする新しい視点の東北地域文化の確立にエネルギーを注いできた人間だが、3.11の後は地域に寄り添いながら復興の活動を活発に行うとともに、政府の「東日本大震災復興構想会議」の委員として名を連ね、現在は学習院大学教授・福島県立博物館館長を務めている。

赤坂が「わたしは多分、司馬遼太郎のまっすぐな読者ではない。肌合いがはっきり違う」と言っているように、「東北」を考えるヒントとして二人の異なった視点からの理解が提示され、結果として深まりのある東北論となっているところが面白い。また、司馬は関西の出身であり、ある年齢までは「箱根の関」以東については無知であったことを極めて率直に正直に語っている一方、訪れた土地・土地で東北に対するシンパシーをこれでもかと表現しており、赤坂の言葉を借りれば、まさに「たじろぐほど」の至上のシンパシーを発露しているその源泉を確認していく楽しみもある。

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2014年4月15日 (火)

「地震と独身」酒井順子

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酒井順子 著
新潮社(283p)2014.02.21
1,512円

東日本大震災から三年。この間、津波や原発事故を多様な視点から捉えた書籍は数多く世に出されたが、まったく異なった切り口の本が本書。著者・酒井順子は1966年生まれ。彼女が認められる契機であり、女性論として長く語り継がれていくであろう「負け犬の遠吠え」から10年。その後も「徒然草Remix」や「ユーミンの罪」などの作品を発表し、洒脱で落ち着いた文体ながら斬新な視点で切り込んでいく姿勢は読者の期待を裏切ることはなかった。本書は、酒井が自らの「47歳・独身」という立場をベースに、被災地を巡り「独身者」達を取材して彼らの行動と思考の軌跡をまとめたもの。なぜ「独身者」に焦点を当てたのかは、東日本大震災の一周年追悼式典で被災三県の遺族代表の言葉に接した時から始まる。

「涙をぬぐいつつ、私が一つ実感したのは、遺族というのは『残された家族』のことなのだ、というごく当たり前のことでした。人が世を去った時、その人を悼み、思うのは家族なのだと。・・・では、独身の人たちはいったい何をしていたのだろう・・・震災の家族の物語とは対照的に独身者の姿があまり見えてこなかったからこそ、私は今、このようなエッセイを書いています」

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2014年2月16日 (日)

「純粋異性批判」中島義道

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中島義道 著
講談社(234p)2013.12.06
1,575円

著者は哲学者であり、カントの専門家。評者が「わからないなァ」と嘆息する二大対象である「カント哲学」と「女性」を組み合わせて論じている本書は壮大かつ挑戦的な内容である。カントの「純粋理性批判」の構成に則って「女性」を理解する(著者は解剖すると言っている)のが本旨なのだが、同時に「女性」を通して「純粋理性批判」を理解するという両面性を持っていて、時折り内容が「哲学的」に偏っていくのも止むを得ないところだろう。著者は全編を通してかなり辛辣な言い回しで「女性」を評しているが、けして「女性」蔑視に基づいての女性論ではないことは確かである。日々、奥さんや娘さんから、いわれの無い批判に付き合っている諸氏にとってはウイットに富んだ知的読書が保証できるのだが、自立した平等論者の諸嬢にとっては「はじめに」を読んでいる途中で本書をぶん投げたくなるというリスクもありそうである。我慢して最後まで読んでくれるのを祈るばかりだ。

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2013年11月10日 (日)

「社会の抜け道」古市憲寿 X 國分功一郎

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古市憲寿 X 國分功一郎 著
小学館(254p)2013.10.01
1,785円

本書は古市憲寿と國分功一郎という若手論客が2012年春から2013年の夏にかけて行った対談をまとめたもの。「世界規模の何か」について語るというテーマを大上段に構えて、消費社会の変容、民主主義のありかた、食料問題、女性の就業、インターネット等について具体的な体験や、観察を基にして二人は議論を進めている。この対談を國分はあえてカジュアルな議論と言っているように、肩肘張ったものではなくどの部分からも読んでいける形になっている。古市は1985年、國分は1974年生まれと、評者から見ると子どもより若い世代の人たちである。従って、議論の中には時代感覚の違いも所々に見えてくるのだが、それも理屈の問題ではなく、自分が持っていない視点として受け入れて読んでいけるのも、カジュアルな議論の良さなのだろう。

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2013年10月21日 (月)

「ジャズ昭和史」油井正一

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油井正一 著
DU BOOKS(670p)2013.08.09
3,990円

ジャズファンであれば油井正一の名前はジャズ専門誌のスイングジャーナル(SJ誌)やレコードのライナーノーツで目にし、ラジオの音楽番組で独特な語り口を耳にしてきた。評者が油井正一の文章や声に接したのは高校生の頃、半世紀前の話だ。その油井は1998年6月、享年79歳で世を去った。死後、彼が残した膨大なジャズに関する資料や原稿・草稿・ノートなどは母校である慶応義塾大学のアート・アーカイブスに収蔵され、その活動の成果も踏まえながら本書が作られている。

大きく二つの柱で構成されていて、ひとつはSJ誌の1987年2月号から1988年12月号にかけて連載されていた「ジャズ昭和史」の再録で、もう一つの柱は1990年ごろから執筆を始めたと言われている「自叙伝・もうひとつの昭和史」である。この「自叙伝」は評者も初見であった。これは出版社の依頼で書かれたものではないとのことであるが、未完の状態の原稿や草稿として残されていたものを編者行方がまとめたものである。その経緯は本書に詳しく述べられている。

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2013年9月15日 (日)

「『昭和』を送る」中井久夫

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中井久夫 著
みすず書房(330p)2013.5.20
3,150円

前にも書いたことがあるけれど、精神科医の中井久夫のことを今この国で最高の知性のひとりだと思っている。彼が専門家向けでなく書いたものが数年おきに出版される。書店の棚にそれを見つけるとすぐに買い求め、その度に大きな刺激を受けてきた。

中井久夫を読む最大の喜びは、自分に関心あるテーマ、またまったく知らなかったテーマが常識的にはありえない角度から照らし出される経験を、読むたびに味わえることだ。論理の積み重ねが、ある瞬間、「ここがロドスだ」とばかりに飛躍する。神戸大学病院精神科の責任者を務めた医師なのに、「抗精神病薬の効果は、プラセボー効果(注・偽薬効果。効くと思って飲めば偽薬でも効く)が三割、薬理学的効果が一割、後の六割は不明だという」と書く人である。論理と飛躍のない交ぜになった知性は、彼が理系の思考とギリシャ詩の翻訳者であることからも分かる詩人のひらめきを併せもつことから来るのではないか、と考えるのはあまりに通俗的な理解だろうか。

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