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世界史を大きく動かした植物/「線」の思考/生命式/戦争育ちの放埓病/世界まるごとギョーザの旅/セカンドハンドの時代/戦争まで/戦艦大和ノ最期/絶筆/戦後入門/セロニアス・モンクのいた風景/千本組始末記/拙者は食えん! /戦後腹ぺこ時代のシャッター音/『世界地図』の誕生/全国フシギ乗り物ツアー/戦略の本質/世界のすべての七月/戦争が遺したもの/青春の終焉

2021年10月17日 (日)

「世界史を大きく動かした植物」稲垣栄洋

稲垣栄洋 著
PHP研究所(224p)2018.06.18
1,540円

『世界史を大きく動かした植物』というタイトルに惹かれてこの本を手にとった。腰巻きに踊る「植物という視点から読み解く新しい世界史」「一粒の小麦から文明が生まれ、茶の魔力がアヘン戦争を起こした」という惹句も、なにやら魅力的だ。植物が人類の進化に大きくかかわってきたであろうことは容易に理解できる。頭の中では、以前読んだ『銃・病原菌・鉄』(本書の参考文献のひとつでもある)の植物版というイメージで読み始めた。

本書は植物学者である著者が、世界史を大きく動かしたであろうと考える植物をいくつかピックアップして、それぞれについて解説をしている。コムギ、イネ、コショウ、トウガラシ、ジャガイモ、トマト、ワタ、チャ、サトウキビ、ダイズ、タマネギ、チューリップ、トウモロコシ、サクラの14点がそれだ。

植物ごとに章立てをしていて、記述内容には濃淡があり、ここでは比較的世界史寄りの記述が多い植物を中心に紹介してみたい。

コムギの章には、「植物の種子は保存できる・・・保存できるということは、分け与えることもできる。つまり、種子は単なる食糧にとどまらない。それは財産であり、分配できる富でもある」という記述がある。実は「植物は富を生み出し、人々は富を生みだす植物に翻弄された」(はじめに)というのが、本書の大きなテーマの一つでもある。

例えば、コショウである。コショウは今でこそ多くの香辛料や調味料の陰に隠れて目立たない存在だが、「その昔、コショウは金と同じ価値を持っていたと言われている」。なぜか? 古来、ヨーロッパでは家畜の肉が貴重な食糧であったが、肉は腐りやすいので保存できない。ところが、香辛料があれば良質な状態で保存できる。「香辛料は『いつでも美味しい肉を食べる』という贅沢な食生活を実現してくれる魔法の薬だったのである」

コショウの原産地は南インドであり、ヨーロッパの人々にとっては手に入りにくい高級品であった。陸路をはるばる運ぶしかなく、どうしても高価になる。インドから海路で直接ヨーロッパに持ち込むことができれば、莫大な利益が得られる。そこで、スペインやポルトガルの船団が地中海の外側に船を繰り出し、これが「大航海時代」の始まりとなった。植物が世界を「大きく動かした」ことになる。

コショウを求めてインドを目指したコロンブスは、1492年アメリカ大陸に到達した。そこで出会ったのはコショウならぬトウガラシであった。トウガラシは辛味が強くヨーロッパ人には受け入れられなかったが、ポルトガルの交易ルートによって、アフリカやアジアに伝へられていった。インドやタイ、中国などに無理なく受け入れられたのは、「栄養価が高く、発汗を促すトウガラシは、特に暑い地域での体力維持に適していた」からだという。

半世紀後、トウガラシは日本にも伝わり、中国経由だったことから「唐辛子」と名付けられた。一方、韓国には日本から伝わったことから、韓国の古い書物には「倭芥子」と記されている。日本ではそれほど広まらなかったが、韓国ではトウガラシの食文化が花開いて現在にいたる。

ジャガイモの原産地は、南米のアンデス山地である。コロンブスが新大陸を発見して以降、16世紀にヨーロッパに持ち込まれた。もともとヨーロッパには「芋」はなく、ジャガイモの芽や葉などに毒が含まれていて、めまいや嘔吐など中毒症状を起こすことなどから、当初は「悪魔の植物」と呼ばれていた。主にドイツで普及して、今ではヨーロッパ料理に欠かせない存在になった。豊富にとれたジャガイモは、保存が効き、冬の間の家畜(主にブタ)のエサにも利用されて、多くのブタを一年中飼育できるようになって、ヨーロッパに肉食を広める要因になった。

アイルランドでは18世紀には主食となるほどに普及したが、1840年代にジャガイモの疫病が流行し、大飢饉が発生した。当時イギリスの対応は冷たく、100万人にも及ぶ多くの人々が、故郷を捨て新天地のアメリカを目指すことになる。イギリスとアイルランドの確執は、このときから始まったのかもしれない。「このとき移住した大勢のアイルランド人たちが、大量の労働者として、アメリカ合衆国の工業化や近代化を支えたのである」

ワタは「世界史を大きく動かした植物」の中でも出色の存在であろう。ワタの主要な原産地はインドである。「17世紀になって、イギリス東インド会社がインド貿易を始めると、品質の良いインドの綿布がイギリスで大流行することになる」。18世紀後半には蒸気機関の出現により、手間のかかる機織りの作業が機械化され、大工場での大量生産が可能になった。これが「産業革命」である。

「産業革命」はいいことばかりではない。材料となる大量の綿花が必要になり、19世紀には、もはやインドだけでは足りなくなり、イギリスは新たなワタの供給地をアメリカに求めた。アメリカにはワタを栽培するのに必要な広大な土地はあったが、十分な労働力はなかった。そこで、アフリカから多くの黒人奴隷がアメリカに連れて行かれたのである。アメリカから綿花がイギリスに運ばれ、イギリスから綿製品や工業製品がアフリカに運ばれ、アフリカからは大勢の黒人奴隷たちがアメリカに連れて行かれた。「このようにして常に船に荷物をいっぱいにするための貿易は、三角形のルートで船が動くことから三角貿易と呼ばれている」。そして奴隷制などをきっかけとして1861年南北戦争が勃発する。

ワタと並んでチャもまた世界史に大きく影響を与えた植物の一つだ。チャは中国南部が原産の植物だ。仏教寺院で盛んに利用され、宋代には日本からの留学僧たちによって抹茶が日本に伝えられた。一方、ヨーロッパには長い海路でも傷みにくい紅茶が出荷されるようになった。はじめにオランダへ、次いでイギリスへと伝わった。アメリカ大陸にはすでにオランダから紅茶が伝わっていたが、その後イギリスの植民地に変わったことで、イギリスとアメリカの間にチャを巡る騒動が勃発する。1773年の「ボストン茶会事件」がそれだ。そして1775年には独立戦争に発展する。

イギリスで紅茶が普及すればするほど、大量のチャを清国から輸入しなければならず、代わりに大量の銀が流出していく。この貿易赤字を解消するため、「イギリスは、インドで生産したアヘンを清国に売り、自国で生産した綿製品をインドに売ることで、チャの購入で流出した銀を回収するという三角貿易を作りだしたのである」。そして、1840年にはイギリスと清国都の間でアヘン戦争が勃発する。この間、1823年にはイギリスの探検家がインドのアッサム地方で中国とは別種のチャの木を発見する。こうして、インドはチャによって経済を復興していく。

世界三大飲料として紅茶、コーヒー、ココアが挙げられるが、いずれもカフェイン含んでいる。「植物が持つカフェインという毒は、古今東西、人間を魅了してきた。そして、カフェインを含むチャもまた、人間の歴史を大きく動かしてきたのである」

植物は本来、昆虫や鳥、動物などを介して種子を広く散布してきたが、本書を読むと、人類もまた植物を世界中に広めることに大きく貢献してきたことがよくわかる。著者は「人類は長い歴史の中で、自分たちの欲望に任せて、植物を思うがままに利用してきた。そして、物言わぬ植物は、そんな人間の欲望に付き従ってきた。・・・はたして、植物たちは人間の歴史に翻弄されてきた被害者なのだろうか? 私は、そうは思わない」(おわりに)と述べている。著者は、実は、植物こそが人間を利用してきたのではないかと言いたかったのかもしれない。

全体的には、雑学的な要素も多く、面白く読めた。ただ、個別の植物ごとに章分けしたことで、植物の特性に関する記述が中心で、肝心の「世界史を大きく動かした」という視点が希薄な章が散見された点が少々残念な気がした。

なお、21年9月に新たにコーヒーの章を追加、タイトルも『世界史を変えた植物』と改題して文庫化(PHP文庫)されている。(野口健二)

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2020年12月18日 (金)

「『線』の思考」原 武史


原武史 著
新潮社(256p)2020.10.15
1800円+税

「線」の思考とは何だろう? と疑問を出しておきながら、さっそく答えを言ってしまえば、ここでいう「線」とは交通路、具体的には鉄道のことを指す。たとえばある特定の地点は「点」であり、特定の地点(皇居とか国会議事堂とか)について考えることは「点」の思考ということになる。一方、「点」より広い地域や領域(東京とか、日本とか)は「面」であり、それらの地域や領域について考えるのが「面」の思考ということになる。でも「点」と「面」の中間には「線」がある、と著者は言う。「点」と「点」を結ぶことで「線」(街道や海上航路、近代の鉄道)が成り立つが、「線」は「点」や「面」と共通するものを含みながら、「線」独自の文化や思想を生み出すこともある。

そんな前置きを振っておいて、著者は北海道から九州まで八つの鉄道路線に乗りながら、その沿線に広がる「地域に埋もれた歴史の地下水脈」を探ろうとした。原は『大正天皇』『皇后考』などで知られる近代政治思想史の研究者であり、同時に『鉄道ひとつばなし』の著書をもつ鉄道マニアでもある。この本は、彼の本業と趣味(?)の二つの面を結びつけたもの。といっても堅苦しい研究書でなく、鉄道に関するうんちくや駅弁についても書く読みものになっているのが楽しい。

たとえば「二つの『常磐』──『ときわ』と『じょうばん』の近現代」とタイトルを打たれた章。ここでは品川からいわきまでJR常磐線に乗っている。途中下車して訪れるのは日立駅の日立鉱山跡、内郷駅の炭砿資料館、湯本駅の常磐炭鉱跡と炭住跡につくられたスパリゾートハワイアンズ(旧常磐ハワイアンセンター)など。この常磐線には「ひたち」と「ときわ」という二本の特急が走っている。「ひたち」には旧国名の常陸と、明治期にできた日立という村名(後に日立製作所が生まれる)が二重にかけられている。「ときわ」は常陸と磐城という旧国名の頭文字を組み合わせた常磐(じょうばん)の訓読みであるとともに、万葉集などに出てくる古語で永遠を意味する常磐(ときわ)でもある。水戸市一帯には古来、「常磐(ときわ)」を冠した地名がたくさんある。水戸偕楽園にある常磐神社の名は、アマテラスの血統を継ぐ天皇の地位は永遠であるとする「水戸学のイデオロギーにふさわしい」、と著者は記す。

ところで明治後期に開通した常磐線は当初、旅客輸送より貨物輸送が主な役割だった。日立鉱山の銅と常磐炭田の石炭である。どちらも常磐線開通後に本格的に開発された。そのことに触れた上で著者は、路線名と特急名についてこう述べている。「『ひたち』が常陸から日立へと変わったことで、(政治的なイデオロギーと結びつきやすい)『ときわ』から『じょうばん』へと変わった常磐同様、日本資本主義の発展を象徴する経済的な響きをもつようになったと言えようか」

もうひとつ例を挙げてみよう。「『裏』の山陽をゆく」で著者はJR山陽本線の岡山から徳山までを列車に乗っている。山陽新幹線が開通した後、山陽に限らずどの新幹線も同じだが、並行して走る在来線は乗客数が減り、ローカル線と化している。それを原は「裏」と呼ぶ。その「裏」の山陽本線に沿った内陸部では、幕末から戦前にかけて民衆のなかから新宗教が相次いで生まれた。また戦前から戦後にかけて神道系の新宗教が沿線の山を聖地とした。

まず原は熊山駅で降り、熊山遺跡へ足を運ぶ。石積みのピラミッドのようなこの奈良時代前期の仏教遺跡を、大本教の出口王仁三郎はスサノオの陵と考え聖地とした。王仁三郎は自らをスサノオになぞらえ、琵琶湖以東はアマテラスが治めるが、以西はスサノオが治めると不敬な言葉を吐いた。次に原は北長瀬駅で下車し、黒住教本部を訪れる。黒住教は幕末に生まれ、アマテラスを奉ずる神道系の宗教。さらに金光駅で降り、金光教本部へ行く。金光教も幕末に生まれた神道系の新宗教。広島で一泊した原は山陽本線を乗り継ぎ、田布施駅へ行く。ここには、もと大本の信者だった友清歓真が脱退してつくった「神道天行居(しんどうてんこうきょ)」という教団の本部神殿と日本(やまと)神社がある。この駅には、もう一つの新宗教、天照皇大神宮教の本部もある。太平洋戦争末期、天照皇大神宮教の教祖である北村サヨは、アマテラスの名を冠しながらも「天皇は生神でも現人神でもなんでもないぞ」と不敬な言葉の数々を吐いていた。

これら新宗教の教団を訪ね歩いた原は、天照皇大神宮教本部の近くで育ち、皇太子裕仁(後の昭和天皇)暗殺を試みたテロリスト難波大助の生家も訪れたうえで、「裏」の山陽には「表」の山陽にはない近現代思想史の地下水脈が流れているという。「国家や天皇に忠誠を尽くすのか。それとも反逆するのか──『裏』の山陽である山陽本線の沿線には、その答えをめぐって苦闘した人々の痕跡が、いまもなお残っているのだ」

ほかにも、小田急江ノ島線にカトリック系の教団や学校が多いのはなぜかを考えたり、JR阪和線で古代と中世、近代が交錯するありさまを見たり、房総と三浦半島の鉄道を巡りながら日蓮の足跡を訪ねたり、本書のサブタイトルになっているように「鉄道と宗教と天皇と」について思いを巡らせている。

鉄道マニアの原は、途中下車しながら電車を乗り継ぐことそれ自体を楽しんでいるようだ。また駅弁を楽しみにしている。JR阪和線の無人駅、山中渓のホームで「小鯛雀寿司」(和歌山駅の駅弁)を食しながら、「この駅弁は、個人的に宮島口の『あなごめし』と並び、西日本の駅弁の双璧だと思っている」と書く。研究者としての問題意識を披歴していたかと思うと、すぐ後でこういうマニアの顔をのぞかせるのがこの本の面白さだ。

原のそんな鉄道マニアとしての姿(というか、声)を、十数年前に直接に聞いたことがある。著者の『昭和天皇』が第12回司馬遼太郎賞を受けたときのこと。たまたまその場に居合わせた。この賞は、選考委員会が開かれ受賞者が決まって数時間後に発表の記者会見が開かれる。だから受賞者が近くにいれば会見場に駆けつけられるが、遠くにいれば電話で受賞の声を聞くことになる。この年、受賞が決まった原は秩父にいて、会見は秩父からの電話だった。なんでも受賞の知らせを聞いたのは西武鉄道の特急レッドアローに乗っている最中だったという(原には『レッドアローとスターハウス』の著書がある)。受賞の知らせが鉄道に乗っているときに届いたことで喜びが倍になったようで、そんなエピソードをまず披露した弾んだ声が会場に響いたのを覚えている。(山崎幸雄)

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2020年3月15日 (日)

「生命式」村田沙耶香

村田沙耶香 著
河出書房新社(272p)2019.10.20
1,815円

芥川賞や直木賞の受賞作を読む習慣をなくしてしまって久しい。でも数年前に、何のはずみだったか村田沙耶香『コンビニ人間』を読んで面白かった。世の中の「正常」に違和感を覚える主人公が、その違和を逆転させコンビニというマニュアル世界の歯車になることに喜びを見いだしてゆく倒錯が、軽やかな文章で描かれていた。

『生命式』は、そんな彼女の最新の短篇集。12の短篇小説が収められている。読後の印象は、村田沙耶香というのは、とんでもない作家だな。何度も笑うしかなく、しかも恐ろしい。これらの短篇に比べれば、『コンビニ人間』は口当たりのいい、とてもまろやかな小説だった。

たとえば本のタイトルとなった「生命式」。冒頭の一文はこうだ。

「会議室でご飯を食べていると、ふいに後輩の女の子が箸を止めて顔を上げた。
『そういえば、総務にいた中尾さん、亡くなったみたいですね』」

村田沙耶香の小説は、たいていごく当たり前の日常風景から始まる。その夜の式に呼ばれている主人公たち女性社員は、中尾さんについてひとしきりおしゃべりした後、ある先輩がこう切り出す。

「『中尾さん、美味しいかなあ』
『ちょっと固そうじゃない? 細いし、筋肉質だし』
『私、前に中尾さんくらいの体型の男の人食べたことあるけど、けっこう美味しかったよ。少し筋張ってるけど、舌触りはまろやかっていうか』」

いきなりの不条理の世界。事務職の女の子たちのどこにでもありそうな会話にいきなり挟まれる、「中尾さん、美味しいかなあ」。そのあまりの落差。これは、なんなんだ? 

やがてその理由が説明される。世界の人口が急激に減って、人類は滅びるかもしれないという不安感から「増える」ことが正義になり、セックスというより「受精」という妊娠を目的とした交尾が奨励されるようになった。人が死ぬと「生命式」が行われ、そこでは死んだ人間を食べながら男女がお相手を探し、相手が見つかったら二人でどこかで(しばしば人の目のある路上で)受精を行うことが当たり前になった。もっとも、と主人公は考える。「死者を皆で食べて弔うという部族はずっと昔からいたようなので、突然人間のなかに生まれた習性というわけではないのかもしれなかった」。

もっともらしい理由づけは、この小説の面白さとあまり関係ない。読み進むうえで、読者が納得してくれればそれでいいというだけのもの。それより、思わず笑ってしまうのはこんな描写だ。

「中尾さんの家は世田谷の高級住宅地だった。ちょうど夕食時で、あちこちから食事の匂いが漂ってきている。その中の一つが、中尾さんを茹でる匂いなのかもしれなかった」

誰もが記憶にあるだろう夕餉の風景のなかに、さりげなく差し挟まれる「中尾さんを茹でる匂い」。こういうあたりが村田沙耶香の真骨頂かもしれない。しばらく後で、今度は主人公の同僚の山本が亡くなり、その生命式で、主人公と山本の母親との間でこんな会話が交わされる。故人は、式のレシピを残していた。

「『業者に頼むとほら、どうしても味噌のお鍋になっちゃうでしょ。あの子はそれじゃいやだったみたいで、団子にしてみぞれ鍋にしてほしいみたいなんです』
『あの子って食いしん坊だったでしょ。自分が食べられるときも注文が多くて、鍋だけじゃないんですよ。カシューナッツ炒めとか、角煮とか……』
『え、鍋だけじゃないんですか?』
『そうなんですよ。なるべく遺志を尊重してやりたいんですけど、もう、困っちゃって』」

それに続く食事のシーンでは、「じゅわっと、中から肉汁がしみ出す」とか、「人肉には赤ワインかと思ってたけど、これは白も合いそうだなあ」なんてセリフも飛び出す。そして式に参加した人間は、母親に「ごちそうさまでした」「受精してきます」と感謝して立ち去ってゆく。

式の後、海辺で会った見知らぬ男性に向かって、主人公はこうつぶやく。

「『世界はこんなにどんどん変わって、何が正しいのかわからなくて、その中で、こんなふうに、世界を信じて私たちは山本を食べている。そんな自分たちを、おかしいって思いますか?』
『いえ、思いません。だって、正常は発狂の一種でしょう? この世で唯一の、許される発狂を正常って呼ぶんだって、僕は思います』」

長々と引用してしまったけれど、この作家の「とんでもなさ」が少しは伝わったろうか。「正常」と呼ばれるものは「この世で唯一の、許される発狂」にすぎないという感性は、この短篇集のそこここから匂ってくる。

人毛を使ったセーターや人間の皮膚を素材にしたベールが最高級品になった時代の結婚話である「素敵な素材」。ポチと呼ばれるおじさんに首輪をして飼う小学生二人の物語「ポチ」。オフィス街のわずかな土に生えるタンポポやヨモギを摘んで調理し、自分が野生動物であることを発見してゆく「街を食べる」。「委員長」「姫」「アホカ」と、つきあう仲間によっていくつものキャラを使いわける女性を描いた「孵化」。どれも、「正常」と呼ばれるものに違和を持ち、そこからこぼれ落ちるものを見据えて、それに忠実に、誠実に従ってゆく。

僕がこの小説を読んで思い出したのは、高校時代に読んだ星新一の短篇群だった。50年以上前に読んだきりなので間違っているかもしれないが、星新一の短篇にも、正常と異常をひっくり返して僕たちの常識を揺さぶるものが多かった。ただ、星の小説は知的な遊戯といった余裕が感じられたのに比べ、村田のそれは知的なというより時代への肉体的な拒否反応が、もっと切羽詰まったかたちで噴き出しているように思う。それが、生きづらさを感じている女性たちの、さらには男たちの共感を呼ぶんだろう。彼女の小説が30カ国で翻訳されるという事実は、村田沙耶香の描くものが現在の世界の先端で共感をもって受けとめられていることを示しているんじゃないか。

ほかに僕が好きだったのは「パズル」という一篇。人間の皮膚からその内臓を感じてしまう、内臓感覚ともいうべきものが強烈だ。

「生命体とは何と美しいのだろう。顕微鏡で貴重な細胞でも覗くように、早苗はじっと彼らの皮膚や筋肉を目で追った。/中身が僅かに透けた皮膚の中には、蠢く内臓がぎっしりと詰め込まれている。筋肉が根のように張り巡らされ、首に浮き出た血管には血液が循環し続けている」

人間を内臓のかたまりとして見てしまう主人公には、人の呼吸は内臓の匂いを発散させるものにほかならない。満員電車のなかで、彼女はこう感じる。

「早苗は、身体の力を抜いて体温の渦に寄りかかった。さまざまな口から放出された溜息が溶けあった空気につかるように、目を閉じてその湿度を肌で味わい、その中を漂う。乗客が吐き出す二酸化炭素にまみれていると幸福だった」

満員電車でぎゅう詰めになっていることへの肉体的な拒絶反応が、『コンビニ人間』と同じように逆転して過剰適応し、ぴったり身体を接している乗客の吐く息にまみれて「幸福」を感ずる。この倒錯と過剰適応はいかにも若い世代の感受性を感じさせる。日常の風景から、そういう感覚を掬いあげてみせる。この世代の小説はあまり読んでないけど、素晴らしくオリジナルな作家だと思う。(山崎幸雄)

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2019年1月18日 (金)

「戦時下の日本犬」 川西玲子

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川西玲子 著
蒼天社出版(265p)2018.07.25
3,024円

タイトルは「戦時下」となっているが、厳密には昭和初期から終戦後までの期間に於ける、愛犬団体が発行していた会報や新聞記事を基にして日本犬と飼い主たちがこの時代に翻弄されながら生きて来た姿を描いている。明治維新以降、日本犬は減少の一途をたどっていたが、それは先進的な西洋の文明を取り込むとともに犬についても洋犬至上主義とも言うべき風潮があったことも一因とされる。犬の世界を切り口として見ることで近代日本の土着性と西洋志向のせめぎあいが炙り出され、維新以降の日本人の精神史を映し出しているというのが著者の考え方であり、面白い切り口である。

加えて、私の個人的な理由で「戦時下の日本犬」というタイトルに惹かれて本書を手にした。それは、母が生前、戦争中に体験した愛犬の供出事件を思い出として語っていたからだ。母は大正14年生まれであるから18歳位の時の話だろう。実家では秋田犬を飼っていた。父親(私からすると祖父)が家族に犬を供出しなければならないと伝えた時、母は激しく反対したという。弁護士だった父親は戦時に鑑み供出も止むなしという結論を出した時、父親に「もう二度と犬は飼わない」という念書を書かせたという話だ。「犬好きの母」と「戦時の犬の供出」という二点が中心の思い出だが、母が生きてきた戦中をもう少し理解してみようという思いで本書を読み進めた。

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2018年1月20日 (土)

「戦争育ちの放埓病」色川武大

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色川武大 著
幻戯書房(416p)2017.10.11
4,536円

戦争中の色川にとって、未来を考えるとは戦争で死ぬまでの間どんな生き方をするか、ということだった。敗戦が決まり、見渡す限り焦土と化した東京を眺めて、それまで家があって畳があってと思っていたのが「実際は、ただ土の上に居たのだと知った」。家も高層ビルも、地上の人工的なものの一切は地面の飾りにすぎない。

「元っこは地面。その認識がはたして私の一生の中でプラスしたかマイナスしたかはわからないけれど、どのみち、あの焼跡を見てしまった以上、元っこはあそこ、ばれてもともと、という思いで生きるよりしかたがない」

虚無と楽天が分かちがたく絡みあった彼らの書くものが毎週、毎月、僕たちを楽しませてくれた時代の空気は、あれよあれよという間に変わってしまった。「戦後が終れば戦前だ」といったのは故竹内好だったけれど、僕たち戦後世代はいま生まれてはじめて戦争になるかもしれない恐怖に直面している。「核のボタンは私の机の上にある」と脅す金正恩。「私のはもっと大きくてパワフル」と返すトランプ。万一現実になれば韓日で100万単位の犠牲が出るとの予測もある危険なゲームをつづける二人。その一方のトランプを全面的に支持する戦後世代の首相を僕たちは持っている。

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2017年6月23日 (金)

「世界まるごとギョーザの旅」 久保えーじ

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久保えーじ 著
東海教育研究所(252p)2017.02.21
1,944円

著者は世界50ヶ国以上を旅して、現地で出会った食べ物を日本で再現している人だ。奥さんは調理師という能力を生かしつつ、夫婦が追いつづけたテーマの一つが「ギョーザ」である。中国人が日本でギョウザを焼くことにカルチャーショックを受けたというエピソードに象徴されるように、今となっては、焼き餃子はれっきとした日本のソウルフードになったと言って良いだろう。

それは、文化の伝播の常として受容のプロセスの過程で多様な変化が発生し、そこに新しいものが生まれるのは必然という証左でもある。その結果、長い歴史を持ちながらも世界各国にギョウザの仲間が存在し続けていることは「ギョーザ」の持つ魅力であることを教えてくれる努力の一冊になっている。

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2017年3月18日 (土)

「セカンドハンドの時代」スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

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スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 著
岩波書店(630p)2016.09.29
2,916円

1991年12月、ソビエト連邦が消滅した。その1年半前、わずか10日間だがモスクワとサンクト・ペテルブルクを一人で旅したことがある。すでにベルリンの壁は崩壊し、東欧の共産主義国家が次々に倒れていた。ゴルバチョフのもとでペレストロイカとグラスノスチが進行していたがモノ不足からインフレが進行し、経済の混乱は目を覆うばかりだった。日々そんな報道に接して、国が壊れるというのはどういうことかと、野次馬的な興味から「物見遊山」の旅だった。

夜遅くモスクワの空港に着いて、市内のホテルにチェックインした。空腹だったのでホテルのレストランに行くと、サラダしかできないという。仕方なくパンとサラダを頼むと、固いパンにぶつぎりのキュウリとキャベツが出てきて、ドレッシングもかかっていなかった。市内のレストランに入ると、メニューは国民向けにルーブル、外国人にはドル建てと二重の価格が書かれていた。ルーブルより1ドル札が通貨として通用していた。アメリカたばこが通貨代わりに喜ばれると聞いて持っていったが事態の変化は早く、もう誰も喜んではくれなかった。

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2016年10月19日 (水)

「戦争まで」加藤陽子

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加藤陽子 著
朝日出版社(480p)2016.08.20
1,836円

加藤陽子が7年前に出した『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』の続編である。『それでも……』は、日本近現代史を専門とする加藤が17人の中高生を相手に日清戦争から太平洋戦争までを語った講義録だった。ポイントを衝いた加藤の解説と中高生の生き生きした反応で、大日本帝国が戦争にのめりこんでいく過程が実に分かりやすくおさらいできるようになっていた。

『戦争まで』も同じスタイル。28人の中高生を前に、この国の運命を決めた3つの外交交渉──国際連盟脱退にいたる「リットン報告書」、ドイツ、イタリアと組んだ「三国軍事同盟」、真珠湾攻撃の直前までつづけられた「日米交渉」──と、その失敗を語っている。

『それでも……』もそうだったけれど、この本がいいと思うのは、中高生相手だからといって変にやさしくしゃべったりせず、まずリットン報告書なり同盟交渉の原文(もちろん一部だが)を示して、それを読むことから始めるやり方。一般書ではこうしたものはしばしば要約され、著者による解釈がほどこされることが多いから、読者にとっても原文を読むのは新鮮だ。

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2016年8月22日 (月)

「戦艦大和ノ最期」吉田 満

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吉田 満 著
講談社(224p)2016.07.09
1,080円

講談社文芸文庫ワイドとして「戦艦大和ノ最期」が2016年7月8日に発行された。「戦艦大和ノ最期」の初版は1952年(昭和27年)に創元社から発行され、その後、決定稿とされた北洋社版が1974年(昭和49年)4月に出版、同年11月にはこの「戦艦大和ノ最期」と「提督伊藤整一の生涯」など、吉田満の4編の作品をまとめた「鎮魂戦艦大和」が講談社から出版されている。今回とりあげる、講談社文庫本ワイドにはこの決定稿「戦艦大和ノ最期」が収められているのに加えて、三つの版の各々に書かれた吉田の「あとがき」、創元社版に載せられた、河上徹太郎、小林秀雄、林房雄、三島由紀夫、吉川英治の「跋文」、講談社版の、江藤淳の「序文」、鶴見俊輔の「解説 戦艦大和ノ最期」、古山富士雄の「作家案内 吉田満」が収められている。

こうした、あとがき、跋文、解説などを発行された時代とともに読むと、文章を書いた人々の戦争体験が当然色濃く反映されているとともに、各版の時代(昭和27年と昭和49年)の社会状況も映されていることが判る。それは読み手である私自身にもいえることで、自分がどんな状況でその本を読んだかで受け止め方も当然異なってくる。私は「戦艦大和ノ最期」を過去二回読んでいる。一度目は父の書架にあった創元社版の「戦艦大和ノ最期」を中学生のときに手にした。

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2016年2月19日 (金)

「絶筆」野坂昭如

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野坂昭如 著
新潮社(379p)2016.01.22
1,728円

野坂昭如は2015年12月9日に85才の生涯を閉じた。それに先立つ2003年5月に脳梗塞を発症したものの、陽子夫人の手を借り口述筆記によって文章を発表し続けていた。本書も2004年から雑誌「新潮」や「新潮45」に掲載されていた日記形式のコラムをまとめたものである。タイトル「絶筆」とあるように最期のコラムは死亡当日のもので死の数時間前の口述と書かれている。

十年を超える、リハビリの中の記録だけに、毎日の食事や日常生活描写が多くなっているのは当然として、以前からの趣味であるラグビーや相撲といったスポーツ、過去の戦争の記憶、政治状況に対する思いなどが広範囲に綴られていて、その旺盛な好奇心や過去の記憶も衰えることのない姿は野坂の強さを表していると言える。加えて、第二次大戦に関する記憶に基づく戦争への警鐘が常に底流としてあるが、一方、「思い出」として穏やかに語られる部分もある。

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