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デンジャラス/帝都東京を中国革命で歩く/帝国の慰安婦/帝国の構造/帝国の残影/天使と罪の街/『帝国』日本の学知 第一巻 ー 「帝国」編成の系譜/定年前後の自分革命/定年後/哲学するネコ

2017年7月21日 (金)

「デンジャラス」桐野夏生

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桐野夏生 著
中央公論新社(296p)2016.06.10
1,728円

『デンジャラス』の主人公は文豪・谷崎潤一郎。桐野夏生と谷崎潤一郎。ふたつの名前を並べてみると、どこか共通した匂いがあるように思う。二人の小説から立ちのぼってくるのはタイトルどおりデンジャラスな、危険な香り。謎と秘密がふんだんに散りばめられているのも同じだ。桐野夏生は『ナニカアル』では作家・林芙美子の戦争中の行動を素材に、そこに隠された秘密を大胆に推理してみせた。『デンジャラス』は、その系列に連なる。日本文学史が孕む謎に小説の新しい鉱脈を見つけたのかもしれない。

谷崎潤一郎の小説にモデルがあることは有名だ。『痴人の愛』の「ナオミ」は、最初の妻の妹である葉山三千子。『細雪』の四姉妹は三度目の妻・松子と姉の朝子、妹の重子・信子。主人公の老人が息子の嫁に性的欲望を抱く『瘋癲老人日記』の「颯子」は、谷崎の義理の息子の嫁である渡辺千萬子。モデルとなった谷崎松子には『蘆辺の夢』などの回想録があり、『谷崎潤一郎=渡辺千萬子 往復書簡』が出版されているから、これは広く知られた事実といっていいだろう。

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2016年9月19日 (月)

「帝都東京を中国革命で歩く」 譚 璐美

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譚 璐美 著
白水社(246p)2016.07.26
1,944円

著者は1950年東京生まれ、慶応義塾大学文学部を卒業し、慶應義塾大学文学部訪問教授、ノンフィクション作家として活躍している。父親は中国広東省の出身、革命運動にのめり込み、1927年日本に脱出して早稲田大学の政治経済学部を卒業、日本人を妻として戦後も日本で暮らし続けた人物である。こうした、バックグラウンドを持った著者が辛亥革命前後の中国人たちの学びの場・生活の場としての東京での足跡を辿るとともに、そこで繰り広げられた中国革命にまつわるエピソードや人物像を描いている。

時代は二十世紀初頭(明治後期から大正)に焦点を当てている。そして、中国人留学生たちの主要活動拠点があった早稲田、神楽坂、神保町、本郷、などの地域を示すために、「東京一目新図(明治三十年)」、「東京大地図(明治三十九年)」、「東京市全図(明治四十三年)」、「東京市全図46版(大正十一年)」という、四つの時代の番地入り地図を並べて示すことで時間の変化を楽しみながらの誌上散歩である。

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2015年2月17日 (火)

「帝国の慰安婦」朴 裕河

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朴裕河 著
朝日新聞出版(336p)2014.11.30
2100円+税

従軍慰安婦問題と呼ばれるものについて、朝日新聞の記事取り消しにつづく一連の出来事も含め新聞やテレビ、雑誌で報道される以上のことを読んだり見たりしたことはなかった。

一方に数十年来頑なに公式謝罪と賠償を求める運動があり(今ではそれが韓国の国家方針になった)、他方に「慰安婦は売春婦にすぎない」といった論調がウェブにあふれ、そのどちらにも違和感しか覚えなかったから。たとえ軍による強制連行がなかったにしても慰安所と呼ばれるものに軍が陰に陽に関与していたのが明らかな以上、軍隊が慰安婦を連れて戦争していたという事態はそれだけで恥ずかしい。その程度のことしか考えていなかった。

この本を読んでみようと思ったのは、双方の当事者とは別の立場からこの問題の根元を慰安婦の証言にまでさかのぼって、しかも韓国人の視点から考えようとする姿勢に興味を持ったからだ。つけくわえると、本書は日本語で書かれた日本版だが韓国版は元慰安婦の名誉を傷つけたとして著者が告訴されている。

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2014年10月13日 (月)

「帝国の構造」柄谷行人

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柄谷行人 著
青土社(266p)2014.08.12
2,376円

「下部構造が上部構造を決定する」というのはマルクスの有名なテーゼだ。この場合、ふつう下部構造とは経済的な生産様式のことだと理解されている。近代の資本主義社会ならブルジョアジーが生産諸関係を独占的に所有している、といった具合に。ところがこの本で柄谷行人は、下部構造の中身を生産様式でなく交換様式と読み替えようという。そうすると上部構造である国家と下部構造である交換様式との関係は大雑把に言えばこんなふうになる。

国家以前(氏族社会)─互酬(贈与とお返し)
専制国家(帝国)─支配と保護
近代国家(資本主義国家)─商品交換(貨幣と商品)

その上で柄谷は、マルクスに倣って近代国家─商品交換を否定(マルクス用語なら止揚)した、来るべき上部構造と交換関係の姿をXと仮定する。そのXがどのようなものになるかを考えたのが本書『帝国の構造』だ。そしてそのXを考えるとき、いちばん重要なのは近代国家以前に広域を支配した世界帝国──古代のペルシア帝国やローマ帝国、近世のオスマン帝国や清帝国──のあり方だという。

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2011年2月10日 (木)

「帝国の残影」與那覇潤

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與那覇潤 著
NTT出版(240p)2011.1.21
2,415円

1937年。既に日本映画界の若き巨匠として名声を確立していた小津安二郎は帝国陸軍に召集され、1939年までの2年間、一兵士として中国戦線で戦った。その足跡は上海から内陸の漢口、武昌にまで及んでいる。そうした小津の兵士としての中国体験が、戦後、小津映画にどんな影響を与えたのか。日本近代史の研究者である著者が、小津安二郎の作品を通して昭和史を考えてみようというこの本のモチーフはとても魅力的だ。

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2008年11月10日 (月)

「天使と罪の街」(上・下) マイクル・コナリー

Tensi マイクル・コナリー著
講談社文庫(各342p)2006.08.11

各680円

10年以上前に初めてマイクル・コナリーの処女作『ナイトホークス』を読んだとき、一周遅れのランナーみたいなネオ・ハードボイルドだね、という印象を持った。1970~80年代に盛んだったネオ・ハードボイルドはアメリカのベトナム戦争とカウンター・カルチャーを背景にして、ベトナム帰りの探偵やヒッピー探偵 を主人公に、かつてのフィリップ・マーロウやリュウ・アーチャーのようなタフガイではなく、心に傷を負ったり肺ガンの不安におののいたりする等身大の人間 たちが織りなすミステリーだった。

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「『帝国』日本の学知 第一巻」 「帝国」編成の系譜 酒井哲哉

Teikoku 酒井哲哉 編集著
岩波書店(359P)2006.02

5,040円

本年春から刊行が開始された本講座のうたい文句は、明治以降の開国期に欧米の学問を移入する形で出発し、日本の「帝国」化の過程で構築されていった諸学における形成過程に注目することで、「帝国」としての認識構造を明らかにすることと言っている。「学知」という言葉もなじみの薄いものであるが、学問の形成過程を踏まえつつ、同時にそれを実践文脈(知)のなかで捉えなおす複眼的視点が念頭に置かれている。

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2008年11月 4日 (火)

「定年前後の自分革命」 野末陳平

Teinen2 野末陳平 著
講談社(206p)2000.03.01
714円

これは本音の定年本だ。数ある定年本に出てくる「悠々自適」の定年生活はごくまれなケースで、実際には結構悲惨なケースが多い。著者は、身近な友人・知人の例を挙げて、大半の人々は定年後の数年間は何をして良いか分からず、鬱々と過ごしていることを実証する。そして、定年とは「そのあとに続く二十余年の人生を決める節目」だと位置づけ、定年後を快適に過ごすための方法を説く。第1章では「うつ」にならない方 法、第2章では「家族に好かれる家庭での過ごし方」、第3章では「会社人間」からの脱却法を紹介し、第4章、第5章では「自分革命」をして「生まれ変わ る」ことを提案している。

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2008年11月 3日 (月)

「定年後」岩波書店編集部

Teinen 岩波書店編集部編
岩波書店(494p)1999.01.21
1,890円

超ベストセラーではないが、99年初頭より、平積みが続いている。岩波にしてはむしろベストセラーは珍しいといっては失礼か。老後もの、定年モノのコーナーがいつのまにか店頭にできあがっているが、それとリストラもの、転職ものが合体すると、手にするのもいささか周りを見回す感じ、この類はひっそりと実用書コーナーにこそ・・・。

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「哲学するネコ」 左近司祥子

Tetugaku 左近司祥子著
小学館(222p)1998.5.1 
438円 

「ソフィーの世界」風だが、著者は哲学科教授。登場ネコは29匹、狂言回しにお助けレディーと称す3人の著者の娘の行状が独特の母親眼でまとわりつく。必 ずしもソフィーほどストーリーに密着しているわけではないが、哲学、哲学者,人生訓が織り成されていく、少し付けた表題に捕らわれてしつこい感じではある が……。だが、沢山のネコを飼う方法、マンションに閉じ込められた家猫としてそれら達を飼う技術書として読むときわめて優れた体験書といえる。

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