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鉄道小説/天皇家の女たち/デンジャラス/帝都東京を中国革命で歩く/帝国の慰安婦/帝国の構造/帝国の残影/天使と罪の街/『帝国』日本の学知 第一巻 ー 「帝国」編成の系譜/定年前後の自分革命/定年後/哲学するネコ

2022年12月16日 (金)

「鉄道小説」乗代雄介、温又柔、澤村伊智、滝口悠生、能町みね子

乗代雄介、温又柔、澤村伊智、滝口悠生、能町みね子 
交通新聞社(256p)2022.10.06
2,420円

本書は日本の鉄道開業鉄道150年を迎えるにあたり、交通新聞社の「鉄道文芸プロジェクト」の一環として作られた短編小説集。掲載されている五編の小説は鉄道、車両、時刻表などがストーリーの重要な役割を担って、様々な人間関係と時間を結びつけている。鉄道の150年という歴史が多くの物語を生み出してきた装置であったが、各小説はともに現代に生きている主人公がその思い出と生活の範囲で構成されている。

鉄道好きの私としてはどうしても鉄道や車両に目が向いてしまうのだが、描かれている人間模様の面白さに注目して読むというのが自然なのだろう。

乗代の「犬馬と鎌ヶ谷大仏」は、新京成線の鎌ヶ谷に子供の時から住んでいる25才の男(坂本)と15年間飼っている犬(ベル)が主人公。

ある日、座敷の天袋を掃除すると奥の方から模造紙の束が出てきた。広げてみるとそれは小学校五年生の時の自由研究で「鎌ヶ谷駅の歴史」を調べた発表資料。「戦争の時代、陸軍鉄道第二連隊が津田沼と松戸の間に訓練線路を作りました。・・・戦争が終わったあと、現在の新京成線になりました。」という説明から始まる。小学校に置いてあり、もうなくなったと思っていた資料が何でここにあるのかと、母に聞くと「あんたが高校生の頃、一緒に発表した松田さんが持ってきてくれた。あんた修学旅行に行っていた時。」という。松田さんには好意を持っていたが、彼女は六年生の時に転校し、それ以来会っていない。

そんな懐かしさに浸りながら、ベルと久しぶりに小学校時代の散歩コースを歩いてみた。すると鎌ヶ谷大仏の近くで、小学校の同級生だった「国坂」とバッタリ出会う。その後ろには松田さんが立っていて「覚えていた?」と笑いながら、二人は「結婚する」と告げられる。

同級生達が未来に向けて歩んでいる。一方、今でも実家に両親と住んで老犬ベルと過ごしながら、過去の思い出に浸っている自分との違いに心が揺れている一人の青年。愛犬と一緒に昔と変わらない踏切の警報音を聞いているという、鉄道好きで犬好きの私としては切なすぎる結末だ。

温の「僕と母の国」は、戦後生まれの台湾人夫婦と3才の子供の一家が1983年に来日して帰化した話である。恵比寿に居を構えたが、その頃はまだサッポロビール恵比寿工場が稼働しており、山手線に隣接していた工場引き込み線周辺にはビール運搬用の箱が山積みされ、貨物車両が風景に溶け込んでいた時代。そして、父は亡くなったが、母は現在65才、主人公である息子も42才になった。母親はこの間25年ほど、カルチャーセンターの台湾料理教室の講師を旧姓の「王燕淑」と名乗り教え続けた。そんなある日、母を訪ねると「日本に長く居過ぎたようだから、この家を売って台湾に帰ることにした。」と打ち明けられる。戦後世代が台湾から日本に帰化してからの40年間の生き様を描いている。国籍と生活の関係とは何かとの問い掛けである。

また、帰化二世世代の多くは日本を離れて中国、欧米の大学に進学したが、主人公は日本での教育を受け、結婚し、両親が手に入れた恵比寿の家で家庭を築いていく。「窓から山手線をみると銀色に緑の線が入った車両が走って行く、子供の頃は緑一色だったのに」と思いながら。

澤村の「行かなかった遊園地と心霊写真」は、怪談好きの文筆家が仕事仲間との飲み会で、同郷と称する男(山田)が話を聞いて欲しいと近づいてきたところから始まる。

山田は小学校高学年になった頃、クラスメイトから「再来週の日曜日に宝塚ファミリーランドに行こう」と誘われた。すると、普段仲間からつま弾きにされている島崎という子が「俺も行く」と割って入って来た。皆は一瞬白けたが作り笑いをしながら「ええよ。10時半、中山駅の改札口で」と約束する。数日後、クラスメイトは「日曜日やけど、宝塚ボーリング場に変える。島崎には言わんといて」と言ってきて、皆で島崎を裏切ることになる。翌日、学校に行くと担任から「島崎君の行方が分からなくなりました、昨日の朝に出掛けたきりです。」と伝えられる。結局30年以上経った今になっても島崎は行方不明のまま。

そして、つい最近、山田は仕事で使うスケジュール帳に一枚の写真が挟まっているのを発見したという。いまは中山観音駅と改名された、宝塚線中山駅で阪急8000系をバックにした島崎が写っており、日付は失踪した1989.6.xxとプリントされている。誰が撮ったのか、何故自分のスケジュール帳に突然挟まっていたのかも判らない。山田は「心霊写真としか思えないのです」という言葉とともに、その写真を手に飲み屋から消えて行った。

一ヶ月程して、文筆家のスマホが鳴る。出てみると、阪急8000系特有の「デュオーン」という発車音が聞こえて来る。「山田です。いま中山駅を出ました」という声にかぶさる様に、「ヤマチャン」という子供の声が聞こえる。「オー島崎」という別の声が聞こえて電話は切れてしまった。まるで30数年前の「1989年6月xx日の朝」の状況の様だったという怪談話である。

滝口の「反対方向行き」は、宇都宮に行く予定で、渋谷から湘南新宿ラインに飛び乗った女性(なつめ)が行先を間違えて反対の小田原行きに乗車した話。飛び乗った車両のボックス・シートにはなつめ一人。乗り間違いに気付いたのは多摩川を渡り「次は武蔵小杉」という車内アナウンスだった。寝坊など朝から失敗続きだったので、開き直ったように「良し分かった」という気分になって乗り続ける。通路を隔てたボックスにも一人の女性が座って窓の外を見ていたが、いつしか眠ってしまい持っていた本を床に落としている。なつめが拾い上げると「鉄道時刻表」だった。ページをめくると、無理やり日本列島を詰め込んだような全国路線図が眼に入る。その路線図に詰め込まれた駅名から、今まで関わって来た人達や思い出を辿り始める。

宇都宮の祖父、祖父と別居した祖母は金沢、そして彼らと疎遠だった母との関係等を思い出していく。一人になった祖父を宇都宮から引き取り、一年間一緒に住んだこと。祖父が亡くなって七年たったことなど。我ながら込み入った人生だったと、思い出に耽りながら、今日の予定を全てキャンセルし、小田原までの旅を続ける。

能町の「青森トラム」は女性(24才)が青森に自分探しの旅に出る話。青森トラムという空想の路面電車を舞台にしている。社会人になったものの、なかなかモチベーションの感じられない生活が続くなか、コロナでのリモート勤務も重なって仕事を止めることを決断する。会社にその旨を話すと「そうですか」と引き留められることもなくアッサリ受け入れられてしまう。青森に住む漫画家・アーチストの叔母さんの所に転がり込んだものの、市内を回る青森トラムの一日切符を買って市内を見て回る日々。女性の運転手が多い事に気付きながら、青森を楽しむ。

実際に生活を始めてみると、叔母は漫画家・アーチストという仕事からのイメージとは異なる人生を歩んできたことが判ってくる。本人や叔母と付き合いのある人達との会話から、叔母の男女間のドロドロの姿を教えられる。それでも、しらっと生きて行く叔母を見て、人が自分をどう見るかではなく、自分自身の価値観で生きて行こうと考え始める。そんな自立のステップが描かれている。そうした先は青森トラムの女性運転士の一人に好意を持っている自分に気付くというもの。青森を楽しく紹介する側面も強く、鉄チャンの私としては、もう少し鉄分が含まれてほしい一篇。

これらの小説に描かれている様に、鉄道は様々な思い出を形成してくれる相棒である。私にとっては自宅のすぐそばを通っていた現在の都営荒川線だ。近所の大人たちは昭和30年代でも「王子電車」といって言っていたが、戦前は「王子電気軌道」という私鉄だったからその名残。都内に沢山あった都電で残っているのはこの荒川線だけになってしまったが、私の鉄道記憶の原点が今も残っていることに感謝である。(内池正名)

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2019年6月20日 (木)

「天皇家の女たち」鈴木裕子

鈴木裕子 著
社会評論社(400p)2019.04.09
3,780円

平成から令和へと時代が進む中、平成天皇の生前譲位や女性天皇、女系天皇、皇族の婚約といった皇室関係の話題がこれほど語られた一年もなかったのではないか。各々の論点は様々であり、その多様性こそが天皇制議論の特徴だと思うのだが、どのくらい歴史的、法律的な視点からの知識を持った上で議論しているのか、はなはだ心もとないと思うのは私だけだろうか。

本書の著者、鈴木裕子は早稲田大学で日本史学を学び、山川菊栄に代表される婦人運動家の研究とともに、民族差別やジェンダーに関する著作も多い学者だ。鈴木の考え方の基軸は、「天皇制」は男系父家長制で貫かれた差別的システムというものだ。だからこそ、「天皇家の女達」というタイトルを掲げ、古今の膨大な資料を引用しながら古代からの天皇とその家系を支えた女性達に焦点を当てて令和の時代までを俯瞰して語っている。大著であるが、全体を通しての文章表現は論理的に語ろうとする意識が見て取れる一冊になっている。

幅広く詳細な本書の中で、興味が持てた論点は、まず、古代における女帝の登場経緯と、その系図である。私自身あまり、女帝という意識で天皇系譜を辿ったことはなく、敢えて言えば最初の女帝は推古天皇だったといった知識レベルでしかない。本書で再認識させられたのは、初の女帝となった推古天皇(32代)以降、皇極天皇(35代)、皇極が再祚した斉明天皇(37代)、持統天皇(41代)、元明天皇(43代)、孝謙天皇(46代)、孝謙が再祚した称徳天皇(48代)とその女帝たちの系譜を示されると、女帝の多さに圧倒される。つまり、男系の血を確保しようとするための家系の複雑さだけではなく、皇子が年少のため中継ぎ的な形で女帝がごく普通に存在していたということである。

二点目は、後宮制度の歴史である。大宝律令(702年)による、体制確立の一環として後宮制度も定められたが、後宮は「妃」・「夫人」・「嬪」の三段階の身分を持つ女達で構成され、その上に「正室」である「皇后」がたてられる形式である。後宮・側室の人数は別として、この制度は明治天皇の時代まで継続した。

ちなみに、桓武天皇(50代)は32名の後宮を持ち、そこから親王(男)・内親王(女)を33名授かったという数字にいささか驚くのだが、桓武天皇(50代)から醍醐天皇(60代)までの11代の天皇の間で天皇一人当たりの子供の数は嵯峨天皇の50名を筆頭に平均19名だったと示している。このように後宮・側室制度が男系の確保の仕組みの根底を示しているとともに、跡目争いに端を発する戦乱が多発した血の歴史であることも系譜から読み取れる。

次の大きな論点は、明治維新による皇室の変化である。孝明天皇の死去とともに、側室中山慶子の子である睦仁(明治天皇)が皇位につくことになる。

明治維新といっても、千年という慣習の打破は簡単でなく、当時の海外の外交官が明治天皇と接見した際の文書が引用されているが、「天皇は薄化粧に結髪姿で女官に囲まれていて、頬には紅をさし、唇は赤と金で塗られ、歯はお歯黒で塗られていた」という天皇の姿は政府の考える国家新体制とはまだまだ乖離していたことを示している。

明治天皇は1869年に一条美子と結婚をした。美子皇后は近代天皇制を進め、族姓に関わらず女官を登用するという方針のもと、武家、平民出身の娘たちを集めるとともに、女性の学識経験者なども進講のために招集した。一方、明治天皇は国政の行事に積極的でなかったこともあり、美子皇后は妻として「国母」として政治・外交・軍事の面で積極的に活動したという。まさに明治の天皇家の近代化とは「雅び」の世界から「軍国日本の君主」への転換とともに、皇后の見え方も大きく変化していったことが判る。

次に、123代大正天皇は側室の庶子として生まれた。明治天皇の5名の親王は全て側室からの庶子であり、かつ成人出来たのは嘉仁親王(大正天皇)だけであった。病弱であり、政治的というには程遠かったと言われているが、節子皇后は4名の親王の実母としてだけでなく、「救癩」事業を支援する皇后の姿を国民にアピールして「国母」イメージの定着を図った。昭和天皇の良子皇后もまた日本の母としての主婦のシンボルとして「大日本連合婦人会(1931年創設)」の会長などに就き、戦後は歴代の皇后は「日本赤十字」の総裁に就いている。

戦後、象徴天皇として天皇制はスタートしたが、昭和の側室制度の不採用に端を発し、皇后は「国母」という象徴に天皇より早く到達したといえるのではないかと私は思った。この象徴天皇制のプロパガンダは主として新聞報道の皇室写真やキャプションによるメディア戦略がとられて「良き家族の母」「平和な家庭」といったイメージで皇后像の転換が図られていっただけでなく、明仁皇太子の結婚のニュースはテレビ映像が強力な手段として活用され、旧皇族・旧華族でもない「民間」の知的エリート一族の美智子妃の姿も国民の中に「良き象徴」を醸成させるに資するものがあったろう。そして、令和のいま、天皇・皇后、秋篠宮、その妃と内親王・親王達について多くの報道がされている。

しかし、天皇家が日本の家族の象徴的姿の体現であればあれほど、もはや男系男子のみの継承という文化は統計学的にも長続きしない文化であることは自明である。

以上の「女たち」という視点から離れて、著者はジョン・ダワーの「敗北をだきしめて」から引用して昭和天皇に関する問題提起をしている。

それは、終戦時、高松宮や近衛文麿らは昭和天皇退位と引き換えに天皇制維持を目指して連合国側と交渉に臨むべきと考えていたが、マッカーサーは昭和天皇の戦争責任ばかりか道徳的な責任さえもすべて免除する決断をした。このため、武官・文官・政治家の責任者達は戦犯として戦争責任を問われ処刑されていったにも関わらず、国家の最高責任者であった天皇は罪に問われることはなく、国民の心に「加害者意識」や「戦争責任意識」を薄れさせ、逆に原爆投下や都市爆撃などの「被害者意識」が強く残ってしまったという考え方だ。これが、他国から見た時の日本の戦争責任のあいまいさとして残るとともに、歴史修正主義者の存在の根源という見方だ。

著者は「天皇家の人々の存在を否定するわけではない。特別な家系のみが尊重されることが差別なのではないか」という言葉に天皇制に対する考えを集約しているようだ。

確かに、昭和天皇の戦前と戦後の二重性は同時代に生きた国民からはどう見えたのだろうかと思う。亡父は大正9年生まれ、昭和17年大学卒業とともに就職、昭和18年召集、昭和19年結婚、昭和20年ポツダム中尉で兵役を終え、元の職場に復帰、昭和22年に第三次公職適否審査委員会に出向し自らの親族の公職追放審査をやらされたという経験をしている。まさに、戦争に翻弄された人生であったが、父と天皇制について話し合うことはなかった。父はそうした話題を避けていたかも知れないが、今考えれは一言でも父の思いを聞いてみたいものであったと今更ながらに考えさせられた。( 内池正名 )

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2017年7月21日 (金)

「デンジャラス」桐野夏生

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桐野夏生 著
中央公論新社(296p)2016.06.10
1,728円

『デンジャラス』の主人公は文豪・谷崎潤一郎。桐野夏生と谷崎潤一郎。ふたつの名前を並べてみると、どこか共通した匂いがあるように思う。二人の小説から立ちのぼってくるのはタイトルどおりデンジャラスな、危険な香り。謎と秘密がふんだんに散りばめられているのも同じだ。桐野夏生は『ナニカアル』では作家・林芙美子の戦争中の行動を素材に、そこに隠された秘密を大胆に推理してみせた。『デンジャラス』は、その系列に連なる。日本文学史が孕む謎に小説の新しい鉱脈を見つけたのかもしれない。

谷崎潤一郎の小説にモデルがあることは有名だ。『痴人の愛』の「ナオミ」は、最初の妻の妹である葉山三千子。『細雪』の四姉妹は三度目の妻・松子と姉の朝子、妹の重子・信子。主人公の老人が息子の嫁に性的欲望を抱く『瘋癲老人日記』の「颯子」は、谷崎の義理の息子の嫁である渡辺千萬子。モデルとなった谷崎松子には『蘆辺の夢』などの回想録があり、『谷崎潤一郎=渡辺千萬子 往復書簡』が出版されているから、これは広く知られた事実といっていいだろう。

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2016年9月19日 (月)

「帝都東京を中国革命で歩く」 譚 璐美

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譚 璐美 著
白水社(246p)2016.07.26
1,944円

著者は1950年東京生まれ、慶応義塾大学文学部を卒業し、慶應義塾大学文学部訪問教授、ノンフィクション作家として活躍している。父親は中国広東省の出身、革命運動にのめり込み、1927年日本に脱出して早稲田大学の政治経済学部を卒業、日本人を妻として戦後も日本で暮らし続けた人物である。こうした、バックグラウンドを持った著者が辛亥革命前後の中国人たちの学びの場・生活の場としての東京での足跡を辿るとともに、そこで繰り広げられた中国革命にまつわるエピソードや人物像を描いている。

時代は二十世紀初頭(明治後期から大正)に焦点を当てている。そして、中国人留学生たちの主要活動拠点があった早稲田、神楽坂、神保町、本郷、などの地域を示すために、「東京一目新図(明治三十年)」、「東京大地図(明治三十九年)」、「東京市全図(明治四十三年)」、「東京市全図46版(大正十一年)」という、四つの時代の番地入り地図を並べて示すことで時間の変化を楽しみながらの誌上散歩である。

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2015年2月17日 (火)

「帝国の慰安婦」朴 裕河

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朴裕河 著
朝日新聞出版(336p)2014.11.30
2100円+税

従軍慰安婦問題と呼ばれるものについて、朝日新聞の記事取り消しにつづく一連の出来事も含め新聞やテレビ、雑誌で報道される以上のことを読んだり見たりしたことはなかった。

一方に数十年来頑なに公式謝罪と賠償を求める運動があり(今ではそれが韓国の国家方針になった)、他方に「慰安婦は売春婦にすぎない」といった論調がウェブにあふれ、そのどちらにも違和感しか覚えなかったから。たとえ軍による強制連行がなかったにしても慰安所と呼ばれるものに軍が陰に陽に関与していたのが明らかな以上、軍隊が慰安婦を連れて戦争していたという事態はそれだけで恥ずかしい。その程度のことしか考えていなかった。

この本を読んでみようと思ったのは、双方の当事者とは別の立場からこの問題の根元を慰安婦の証言にまでさかのぼって、しかも韓国人の視点から考えようとする姿勢に興味を持ったからだ。つけくわえると、本書は日本語で書かれた日本版だが韓国版は元慰安婦の名誉を傷つけたとして著者が告訴されている。

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2014年10月13日 (月)

「帝国の構造」柄谷行人

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柄谷行人 著
青土社(266p)2014.08.12
2,376円

「下部構造が上部構造を決定する」というのはマルクスの有名なテーゼだ。この場合、ふつう下部構造とは経済的な生産様式のことだと理解されている。近代の資本主義社会ならブルジョアジーが生産諸関係を独占的に所有している、といった具合に。ところがこの本で柄谷行人は、下部構造の中身を生産様式でなく交換様式と読み替えようという。そうすると上部構造である国家と下部構造である交換様式との関係は大雑把に言えばこんなふうになる。

国家以前(氏族社会)─互酬(贈与とお返し)
専制国家(帝国)─支配と保護
近代国家(資本主義国家)─商品交換(貨幣と商品)

その上で柄谷は、マルクスに倣って近代国家─商品交換を否定(マルクス用語なら止揚)した、来るべき上部構造と交換関係の姿をXと仮定する。そのXがどのようなものになるかを考えたのが本書『帝国の構造』だ。そしてそのXを考えるとき、いちばん重要なのは近代国家以前に広域を支配した世界帝国──古代のペルシア帝国やローマ帝国、近世のオスマン帝国や清帝国──のあり方だという。

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2011年2月10日 (木)

「帝国の残影」與那覇潤

Teikoku

與那覇潤 著
NTT出版(240p)2011.1.21
2,415円

1937年。既に日本映画界の若き巨匠として名声を確立していた小津安二郎は帝国陸軍に召集され、1939年までの2年間、一兵士として中国戦線で戦った。その足跡は上海から内陸の漢口、武昌にまで及んでいる。そうした小津の兵士としての中国体験が、戦後、小津映画にどんな影響を与えたのか。日本近代史の研究者である著者が、小津安二郎の作品を通して昭和史を考えてみようというこの本のモチーフはとても魅力的だ。

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2008年11月10日 (月)

「天使と罪の街」(上・下) マイクル・コナリー

Tensi マイクル・コナリー著
講談社文庫(各342p)2006.08.11

各680円

10年以上前に初めてマイクル・コナリーの処女作『ナイトホークス』を読んだとき、一周遅れのランナーみたいなネオ・ハードボイルドだね、という印象を持った。1970~80年代に盛んだったネオ・ハードボイルドはアメリカのベトナム戦争とカウンター・カルチャーを背景にして、ベトナム帰りの探偵やヒッピー探偵 を主人公に、かつてのフィリップ・マーロウやリュウ・アーチャーのようなタフガイではなく、心に傷を負ったり肺ガンの不安におののいたりする等身大の人間 たちが織りなすミステリーだった。

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「『帝国』日本の学知 第一巻」 「帝国」編成の系譜 酒井哲哉

Teikoku 酒井哲哉 編集著
岩波書店(359P)2006.02

5,040円

本年春から刊行が開始された本講座のうたい文句は、明治以降の開国期に欧米の学問を移入する形で出発し、日本の「帝国」化の過程で構築されていった諸学における形成過程に注目することで、「帝国」としての認識構造を明らかにすることと言っている。「学知」という言葉もなじみの薄いものであるが、学問の形成過程を踏まえつつ、同時にそれを実践文脈(知)のなかで捉えなおす複眼的視点が念頭に置かれている。

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2008年11月 4日 (火)

「定年前後の自分革命」 野末陳平

Teinen2 野末陳平 著
講談社(206p)2000.03.01
714円

これは本音の定年本だ。数ある定年本に出てくる「悠々自適」の定年生活はごくまれなケースで、実際には結構悲惨なケースが多い。著者は、身近な友人・知人の例を挙げて、大半の人々は定年後の数年間は何をして良いか分からず、鬱々と過ごしていることを実証する。そして、定年とは「そのあとに続く二十余年の人生を決める節目」だと位置づけ、定年後を快適に過ごすための方法を説く。第1章では「うつ」にならない方 法、第2章では「家族に好かれる家庭での過ごし方」、第3章では「会社人間」からの脱却法を紹介し、第4章、第5章では「自分革命」をして「生まれ変わ る」ことを提案している。

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