ふ  

文豪たちの悪口本/文化大革命五十年/不便ですてきな江戸の町/FAKEな平成史/文学部で読む日本憲法/プロパガンダ・ラジオ/福島の原発事故をめぐって/日本の大転換/原発社会からの離脱/「フクシマ」論/ブラッド・メリディアン/ブラッサイ パリの越境者/PLUTO プルートウ/不良定年/封印される不平等/仏教が好き!/ブッシュの戦争/フィルムノワールの時代

2019年8月17日 (土)

「文豪たちの悪口本」彩図社文芸部

彩図社文芸部 編
彩図社(224p)2019.05.28
1,296円

名だたる文豪たちが、同業者である作家や編集者に対して発した「悪口」や「非難」の文章を集めた一冊である。「これらの悪口から文豪たちの魅力を感じてほしい」との思いから本書をまとめたとのことであるが、言葉のプロ達の「罵詈雑言」を突き付けられると喧嘩となった理由を理解・納得する以前に、彼らの人間性にいささか否定的な思いを持たざるを得ない程、激しい言葉遣いに驚いてしまう。そこまで言わなくても…と、読んでいて辟易としつつも、文壇人間模様の確認という意味ではそれなりの読書だったという事だと思う。まあ、暑い夏の読書としては、清涼感を期待してはいけない一冊。

本書で取り上げられている文豪たちは、「太宰治と川端康成」「中原中也」」「志賀直哉と無頼派作家たち」「夏目漱石と妻」「菊池寛・文芸春秋と今東光」「永井荷風と菊池寛」「谷崎潤一郎と佐藤春夫」といった人達の間での、一言でいえば喧嘩の集大成である。もっとも、夏目漱石の日記に記載されている妻鏡子に対する悪口は、漱石の洒落っ気と負けず嫌いが根底にあり、しっかり者の妻に対する亭主の遠吠えみたいなものだから、他のケースとは異なった「悪口」である。

まず登場するのは太宰治であるが、川端康成との対立は芥川賞選考に関する川端の「私見によれば作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みがあった」と言うコメントに始まっている。結果として太宰の作品「逆行」は受賞叶わず、私生活まで非難されたと感じた太宰は次の様な抗議文を「文芸通信」に投稿した。

「私はあなたの文章を本屋の店頭で読み、たいへん不愉快であった。…ただ、あなたは作家というものは『間抜け』の中で生きているものだということをもっとはっきり意識してかからなければならない」

太宰が言う「間抜け」、川端が言う「生活の厭な雲」の一端を示すものとして、太宰の日記には金を借りる話が数多く書かれているが、「小説を書き上げた。こんなにうれしいものだったかしら。…これで借銭をみんなかえせる」という文章が印象的である。川端がこうした状況を「生活の厭な雲」というのも判らなくはないが、芥川賞の選考に影響させると言うのはやりすぎだとおもうのだが。

次に、太宰が対立したもう一人の人物は志賀直哉である。志賀は「文藝」の対談で太宰の「斜陽」などの作品について「さいしょからオチがわかっていてつまらなかった」とか「貴族の令嬢の言葉遣いがおかしい」などと評している。それに対して太宰は「新潮」に反論を連載し始める。

「或る雑誌の座談会の速記録を読んでいたら、志賀直哉というのが妙に私の悪口を言っていたので、さすがにむっとなり、こちらも大いに口汚く言い返してやったが、あれだけではまだ自分を言い足りないような気がしていた。…どだいこの作家などは思索が粗雑だし、教養はなく、ただ乱暴なだけで、そうして己ひとり得意でならず、文壇の片隅に居て一部の物好きなひとから愛されているくらいが関の山であるのに、いつの間にやらひさしを借りて図々しくも母屋に乗り込み、何やら巨匠のような構えを作って来たのだから失笑せざるを得ない」

この「如是我聞」と題された一連の反論の最後が発表されたのは昭和23年3月。太宰は三か月後に愛人と入水自殺することになる。

また、志賀直哉は昭和22年の朝日評論の谷崎潤一郎と対談の中で太宰と同じ「無頼派」と言われていた織田作之助の印象を聞かれたときに「織田作之助か、嫌いだな僕は。きたならしい」とバッサリ切り捨てている。好き嫌いの表明自体が問題であるとは思わないが、記録に残る文章で「きたならしい」という発言はまさに「悪口」だ。文壇だから許されるというものではないだろう。この発言に対して織田は太宰と違って冷静に反論しているのが大人らしい。

「口は災いのもとである。…ある大家は私の作品を人間の冒涜の文学であり、いやらしいと言った。…考えてみれば、明治以降まだ百年にもならぬのに明治、大正の作家が既に古典扱いされて文学の神様になっているのはどうもおかしいことではないのか」

菊池寛は文芸春秋を創刊し、川端康成、横光利一らの若手作家の活躍の場を提供して行った。今東光も同人の一人であったが、「文芸時代」の創刊や大正13年の文芸春秋に掲載された「文壇諸家価値調査表」なる記事が契機となって騒動が勃発する。それは70名の作家を対象として、学歴、天分、風采、資産、性欲など11項目を評価採点したものである。これに憤慨した横光利一は読売新聞に、今東光は新潮に「文芸春秋の無礼」といった文章を送り付けた。ただ、横光は川端のとりなしで掲載前に撤回し、一方、今東光は以下の文章を新潮に掲載した。

「この決定的な、この上思いあがった、そしてこの非常識…何だか例に引いても不愉快だ。もうよそう。心ある文士は憎悪すべき非礼と侮蔑に甘んじられないならば、宜しく須らく『文芸春秋』に執筆しないことだ」

これに対し菊池寛は「しかし、今東光輩の『自分達を傷つける』意思云々に至っては自惚れも甚だしい…今東光でなく第三者が該表掲載の非礼を糾弾するならば自分は名義上の責任を負うて三謝することを辞さない」と激しく応えている。

菊池寛と永井荷風の確執も本書のテーマとなっている。私も学生時代に断腸亭日乗を読み通していたが、永井は数寄者で遊び人の文学者といった印象が強く、あの日記から菊池寛との関係を読み取ることは無かった。本書で引用されている断腸亭日乗では「文士菊池寛、予に面会を求むという。菊池は性質野卑。交を訂すべき人物にあらず」と一刀両断である。

多くの罵詈雑言が本書には収められているが、これらは、雑誌等の刊行物に掲載された文章、断腸亭日乗のように個人的な日記、そして谷崎と佐藤の例の様な手紙といったものに分類できる。常識的に言えば日記のような非公開のものに記述される言葉はより過激になると思うし、公的な刊行物に記載する文章は一番抑制的になると思うのだが、本書に記載されている太宰治、今東光、菊池寛たちの文章表現は感情開放度も高いことに驚くばかりである。文士にとってはこれらも作品の一部ということだろうか。

そして、本書に集められた文豪たちの活躍した時代は、お互いの「悪口」のやりとりの時間の流れが日単位・月単位であり、気持ちの落ち着きの時間が確保されていたのではないか。その点、現代のネットで罵り合うといった、あっという間に盛り上がる喧嘩とは違った意味が有ったのかもしれない。

加えて、現代では使われない言葉が沢山登場してくるのも書き手が文士であるが故なのか。そう考えると、文士たちの「悪口から魅力を感じる」というよりは、「言葉を駆使する才能を評価する」という方が本書の正しい読み方なのだろう。(内池正名)

| | コメント (0)

2019年4月22日 (月)

「文化大革命五十年」楊 継縄

楊 継縄 著
岩波書店(284p)2019.01.30
3,132円

「文化大革命五十年」という本書のタイトルを目にしたとき、時間の経過する速さに驚きつつ、あまりに遠くなってしまった当時の思い出が湧き出して来た。1960年代の初頭、中学生の私はベリカード(受信確認証)をもらう目的で各国の中波の日本語放送を聴いていた。その一つが北京放送だった。受信の記録を送ると美しくデザインされたベリカードとともにその後日本語小冊子が毎月の様に送られて来た。「人民公社好」・「大躍進」といったスローガンが躍る小冊子だったが、中学生だろうが関係なく送付していたのだろう。そんなきっかけで、中国という国に興味を持ちはじめた。1960年代中頃になると「文化大革命」という先鋭的な言葉と、報道される三角帽子を被せられた昨日までのリーダーたちが街を引きずりまわされる映像の持つギャップに不気味さというか違和感を覚えながらそのニュースに接していた。自分自身も騒然とした時代のど真ん中で混迷を深めていただけに、この対岸の騒動はニュース以上のものではなかった。

著者の楊継縄は1940年生まれ。新華社の記者の後、多くの著作を発表し、彼の代表作である「墓碑—中国六十年代大飢荒紀実」(2008年刊)は世界的にも注目された一方、楊に対する当局からの圧力が強まったといわれている。そうした理由からか、多少なりとも自由な香港で本書の原本である「天地翻覆----中国文化大革命史」(2016年刊)は出版されている。90万字という原本を要約する形で日本語版である本書は作られているが、要約とはいえ、二段組で300ページの本書は高齢者の視力ではなかなか厳しい読書であった。

著者は「文革の悪夢から逃れ、災禍の再来を避けることこそ、中国が直面する重大な任務」として、文化大革命を科学的に研究することの重要性を強調しつつ、研究がまだまだ十分でないという認識である。本質的には、依然として「中国大陸」では文革研究はタブーとされていることから、真相の研究も表面的なレベルにとどまっていると著者は考えている。中国において、当局による出版審査を通った「文革史」と呼ばれる本はいくつか出版されているが、そのほとんどは官僚や知識人を被害者として紹介しており、一方、その迫害の加害者がその時点で権力を持っていたものであったと明確にしていないという。こうした状況に対する、著者の苛立ちが本書を書こうとしたモチベーションのように感じられる。そのため、歴史に対する「責務」や「責任感」という強い言葉を使って、真相を解明しようとする論調と併存して、自らの「熱」を抑えるかのように「科学」・「事実」という視点を語っているのが印象的である。

本書は文化大革命の始まりから紅衛兵、林彪事件、毛沢東の死、四人組裁判にいたる終焉までを描いている第一部。文化大革命後の名誉回復、官僚体制下の改革開放を描く第二部。文化大革命五十年の総括として、建国後17年間の制度に立ち戻って文革の根本原因を探るなど、現在の中国にとって文革の対価や遺産は何なのかを述べている第三部、という構成になっている。

全編を通して登場する人物も圧倒的な数で、既知の名前の方が稀であることなどからも、どんどん読み進み文革を俯瞰的に理解するという読書となった。 

1965年の彭真への批判、続く劉少奇と毛沢東の対立から、1966年の中国共産党中央委員会で反革命修正主義分子を摘発するという通知が出されて、時を置かずに「中央文革小組」が成立して文化大革命が始まった。以降の10年間に発生した、林彪事件、毛沢東の死、四人組の裁判といった中国の混乱した状況に関して、膨大な資料を引用しながら記述されていく。それは複雑極まりないジグソーパズルの様で、個々のピースが全体のどこに、どう関連して行くのかを理解して行く難しさを痛感させられる。

しかし、著者が一番言いたいことは、10年間の文革の結果と収束以降を語ることにあると思う。文革の結果として判り易いのは、人的な被害の規模感である。1978年の中央政治局会議で報告された数字は、一定規模の武闘・虐殺事件で127,000人が死亡、党幹部の闘争で10,500人が非正常死、都市部の知識人・学者官僚が反革命・修正主義・反動とレッテルを貼られ683,000人が非正常死、農村部における豊農とその家族1,200,000人が非正常死、と報告されている。文革に関連して2百万を超える国民が死亡したというこの数字を示されると、権力者間の政治的な闘争といった概念を超えて、壮大な内戦であるといえる。

そうした抗争の中で、1971年の林彪事件はまだまだ多くの不明点があるものの、その結果については著者は「この事件は中国のみならず、現代世界で最大級の政治ゴシップであり、それは毛沢東に痛撃を見舞ったばかりか文化大革命の弔鐘として鳴り響いたのだ」と語っている。この事件が文革のターニング・ポイントであったとしている。

その後、1976年1月に周恩来死去、9月9日に毛沢東死去、10月6日に四人組逮捕という推移を見ると、けして政治の理によって文革が終焉したのではなく、「象徴」の死によって文革の最終章を迎えたというのが良く判る。

文革後、多くの人的損失に加えて、毛沢東の死後、文革が中国にもたらした危機に対応するために、改革が必要とされ、経済改革は進められたが、政治改革は実施されることはなかった。つまり文革後権力を握った勢力は文革を全面的に否定しながらも毛沢東の政治遺産である一党独裁と官僚の集権化を捨てることは出来なかった。

1981年6月の中国共産党十一期中全会は文革を「指導者が間違って引き起こし、反革命集団に利用されて、党と国家を各民族・人民に大きな災難をもたらした内乱である」という結論に対して楊は次の様に語っている。

「文化大革命を否定しているが、文革を生み出した理論・路線・制度は否定していない。こうしたある意味、中途半端な結論によって、現在の中国に文革の悪魔が残っている。このため、災禍の再来が避けられない。……自由主義の角度から見ると、『官僚集団』とは中立的な言葉であり、制度の執行者であるが、中国の様に官僚集団の権力が国民から支えられたものではないので、権力を抑制したり均衡させる力はなく、官僚は公務上の権力を使って、大衆を抑制することが出来る。経済は市場化したが、権力構造は計画経済時代の状態を維持している。この状態は権力の濫用と資本の貪欲さが悪質に結合しているのが現代の中国の一切の罪悪が群がるところであり矛盾の源泉である」

これが、著者が文革を研究することの熱源である。ただ、著者は自らが先達と言っている訳ではなく、「後学の徒」であり、先行の研究者の優れた大量の著作を起点として始められた良さもあると語っている。それでも、著者はその時代の当事者であったことには違いない。

本書を読んで思うのだが、「自分の体験としての時代」と「歴史としての時代」を峻別して考えることは難しいことが良く判る。自分を正当化することと相反する色々な視点からの意見を客観的に聴く姿勢を持ち続ける気力が必要だ。他者の視点を加えて時代は完成する。つまり、自分が見聞きした体験は大切にすべきであるが、それは歴史を語る上での一面でしかないのだから。(内池正名)

| | コメント (0)

2018年6月20日 (水)

「不便ですてきな江戸の町」永井義男

Huben_nagai

永井義男 著
柏書房(260p)2018.04.26
1,728円

著者紹介には、作家・江戸風俗研究家とある。1997年に「算学奇人伝」で開高健賞の受賞を始め、小説や江戸風俗に関する著作が多く紹介されているものの、永井の著作は初めての読書となった。

本書は現代人がタイムスリップして過去の時代に生きてみるという小説。著者が「仮想実験」と言っているように、かなり挑戦的な試みである。例えば、「東海道中膝栗毛」の場合、十返舎一九という江戸に生きた人間が書いているので、現代人の我々が気になるところであっても彼にとって普通の事象であれば文章として表現されることは無い。一方、現代人が過去の時代で生きるという意味は、歴史的知識を持っているだけでは対応が難しく、過去で生きるための知恵が必要なのだ。だからこそ、現代人の視点で過去を体験するという狙いはスリリングで面白い。

続きを読む "「不便ですてきな江戸の町」永井義男"

| | コメント (0)

2018年1月20日 (土)

「FAKEな平成史」森 達也

Fake_mori

森 達也 著
角川書店(264p)2017.09.22
1,728円

森達也は1956年生まれ、1998年のオウム事件をテーマとした「A」の発表に始まり、2016年の佐村河内守を主題とした「FAKE」まで多くのドキュメンタリー作品を世に問うてきた。ただ、私が森達也の名前に接したのは、映像ドキュメンタリーではなく、書籍としての「放送禁止歌」(2000年解放出版社刊)であり、その文章からは敢えてタブーに挑戦するという印象を強く持ったと思う。

本書のタイトルにある平成とは森にとって32歳から62歳の30年間、私は41歳から71歳の30年間。この年齢差によって生じる時代認識の違いは大きい。「この平成の時代を自らのドキュメンタリー作品を振り返りながら平成という時代について考察する」という本書の狙いも、平成という時代が森の仕事の時間軸にぴったりと合致することには注視すべきだろう。

続きを読む "「FAKEな平成史」森 達也"

| | コメント (0)

2016年10月19日 (水)

「文学部で読む日本憲法」長谷川 櫂

Bungaku_hasegawa

長谷川 櫂 著
筑摩書房(167p)2016.08.04
842円

俳人として活躍している長谷川櫂がなぜ憲法を語るのかという、そのギャップ感に後押しされて本書を手にした。帯には「その言葉の奥の時代精神を読み解く」とある。長谷川は俳句に接すると、俳句を生み出した日本文化とは何かといった想いに直面すると言う。限られた字数での表現の中に感情や心象を見つけ出して鑑賞するにはその文化と時代認識が必要であるということだろう。また、日本文化について書かれた名作と言われている谷崎純一郎の「陰翳礼賛」を昭和初期の時代精神を読みとるテキストとしているが、第二次大戦の敗戦を踏まえた時代精神を読み解くための最適なテキストは何かと考えた時、最も相応しいものとして「日本国憲法」を選んだと言っている。

通常、日本国憲法を語ろうとすると、条文の解釈や具体的な運用事例などがその中心になると思うのだが、「日本国憲法を文学部で読む」と言っている本書の趣旨は「法律も文学も言葉で書かれており、その言葉の奥に広がる世界を解明しようとする文学の方法で新たなるものが見えてくるのではないか」という挑戦的なもの。このように「言葉」をキーワードにして、「自分の欲望を行動や言葉で正当化する厄介な人間という動物」と「日本国憲法」の共存をどう図ろうとしているのかを探る旅のようなものだ。

続きを読む "「文学部で読む日本憲法」長谷川 櫂"

| | コメント (0)

2014年10月13日 (月)

「プロパガンダ・ラジオ」渡辺 考

Propaganda_watanabe

渡辺 考 著
筑摩書房(351p)2014.08.25
2,484円

本書は太平洋戦争時に戦時国際放送として日本から放送された「ラジオ・トウキョウ」の記録であり、放送の実態とその責任を検証しようとするものだ。NHKでは戦時の海外向け短波放送について、日英間の謀略放送の歴史、戦争末期のアメリカからの謀略放送等の特番を放映してきている。しかし、これまでのNHKテレビ番組は二つの視点が欠落していると著者は指摘している。それは、国内ラジオ放送はどのように戦争を日本国民に伝えていたのかという視点と、「ラジオ・トウキョウ」が敵国アメリカや連合国軍に対してどのような謀略戦略を仕掛けていたのかの二点である。

これらを解明しようとする番組企画がNHKで2009年に開始され、いままでは、終戦とともに日本放送協会や内閣情報局によって関係する資料や録音盤などが徹底的に焼却廃棄されたことから、その実態把握が難しかったのだが、今回は米国公文書館に保管されていた第二次大戦対戦国からの謀略放送を傍受した録音盤の存在が明らかになったことで、この検証は一挙に具体的になったようだ。一方で戦後65年という年月は人間にとっては長すぎる時間であり、放送当事者たちの多くが鬼籍に入り、存命であってもインタビューをするための制約があったという。現代史を読み解こうとすると時間との戦いの厳しさを痛感させられる。

続きを読む "「プロパガンダ・ラジオ」渡辺 考"

| | コメント (0)

2012年7月11日 (水)

「ブルックリン・フォリーズ」ポール・オースター

Brooklyn_paul

ポール・オースター 著
新潮社(336p)2012.05.30
2,415円

「ブルックリン・フォリーズ」とは、あえて訳せば「ブルックリンの愚行」とでもなるのか。ポール・オースターの新作は、彼が愛し、今も住んでいるニューヨークのブルックリンを舞台にしている。ブルックリンに住んだことのある僕としては、見逃すわけにいかない。

例えばオースターはブルックリンの町について、こんなふうに書いている。

「白、茶、黒の混ざりあいが刻々変化し、外国訛りが何層ものコーラスを奏で、子供たちがいて、木々があって、懸命に働く中流階級の家庭があって、レズビアンのカップルがいて、韓国系の食料品店があって、白い衣に身を包んだ長いあごひげのインド人聖者が道ですれ違うたび一礼してくれて、小人がいて障害者がいて、老いた年金受給者が歩道をゆっくりゆっくり歩いていて、教会の鐘が鳴って犬が一万匹いて、孤独で家のないくず拾い人たちがショッピングカートを押して並木道を歩き空瓶を探してゴミ箱を漁っている街」

続きを読む "「ブルックリン・フォリーズ」ポール・オースター"

| | コメント (0)

2011年9月13日 (火)

「福島の原発事故をめぐって」山本義隆 「日本の大転換」中沢新一 「原発社会からの離脱」宮台真司・飯田哲也

Fukusima2山本義隆 著
みすず書房(104p)2011.08.25
1,050円



Nihon中沢新一 著
集英社新書(158p)2011.8.22
735円






Gen宮台真司・飯田哲也 著
講談社現代新書(204p)2011.06.20
798円

福島第一原発の事故をめぐって、たくさんの本が緊急出版されている。

事故を起こした原子炉で圧力容器の内部がどうなっているのか、いまだに詳細は分かっていないし、収束の見通しがきちんと立っているわけでもない。6月刊の本ならゴールデンウィーク前後、8月刊なら5、6月には執筆・編集しているはずだから、まだ水素爆発などで事故の規模や被害の様相が大きく変わる可能性もあった。ひとつ間違えれば焦点のずれた本になったり、一瞬で消えてしまうトンデモ本にもなりかねない。

続きを読む "「福島の原発事故をめぐって」山本義隆 「日本の大転換」中沢新一 「原発社会からの離脱」宮台真司・飯田哲也"

| | コメント (0)

2011年8月 7日 (日)

「『フクシマ』論」開沼 博

Fukusima

開沼 博 著
青土社(416p)2011.06.15
2,310円

人に運不運があるように、本にも幸運な本と不運な本とがある。どんなに優れた内容の本でも、そのとき読者の関心がそこになければ省みられず、毎日200冊以上刊行される大量の出版物の海に埋もれてしまう。その意味では、福島第一原発の事故というこれ以上ない不幸な出来事に時期を合わせるように刊行された「『フクシマ』論」は、極めて幸運な本と言えるかもしれない。

続きを読む "「『フクシマ』論」開沼 博"

| | コメント (0)

2010年3月 7日 (日)

「ブラッド・メリディアン」コーマック・マッカーシー

Blad_3

コーマック・マッカーシー 著
早川書房(436p)2009.12.25
2,310円

この人の小説を読むのは2冊目。最初に読んだのはニューヨークに滞在していた2年前で、『血と暴力の国』(扶桑社ミステリー)というやつだった。評判になったコーエン兄弟の映画『ノー・カントリー』の原作といえば、ああ、あれかと思う人もいるだろう。ヴィレッジの映画館でこの映画を見たとき、主演したトミー・リー・ジョーンズはじめ登場人物が激しいテキサス訛りの英語をしゃべっていて、ちっとも聞き取れなかった。アクション映画だから、アクションを追うことでストーリーはある程度理解できるけれど、大事なことをセリフでしゃべられるととたんに分からなくなる。映画のラスト近く、殺し屋がある女性を殺したのかどうか、コーエン兄弟らしくくどくど説明しないから、肝心なところが分からない。そんなことをブログで書いたら、僕の英語の実力のほどを知る友人が翻訳を日本から送ってくれたのだった。

続きを読む "「ブラッド・メリディアン」コーマック・マッカーシー"

| | コメント (0)