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僕が出会った人/ポリティコン(上・下)/ホーチミン・ルート従軍記/崩御と即位/堀田善衛 上海日記/香港映画の街角/本人の人々/僕とライカ/骨の健康学

2020年3月15日 (日)

「僕が出会った人」山崎幸雄

山崎幸雄 著
ブック・ナビ (301p)2020.02.10
非売品

本書は、著者が記者・編集者として活動し書き綴ってきた文章から「出会った人」をテーマに選択して一冊にしたものだ。著者は1970年に朝日新聞に入社して、37年間は1/3が雑誌記者、1/3が雑誌編集者、1/3が単行本編集者という経歴と自ら語っているが、「アサヒカメラ」「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者、編集者として一線を歩み、退職後はフリーランスのライター、編集者、校閲者として活動してきたから、職歴からすれば文章を書くというのは仕事そのものだったと思う。

本書を作ろうとしたきっかけとは、昨年(2019年)の一月に悪性リンパ腫と診断され、1クール3週間(1週目は抗がん剤の点滴、2週目は感染症リスクを抑えるため自宅で静養、3週目は徐々に体調が戻ってくるというサイクル)の抗がん剤治療を開始した。これを8クール実施したと言うから、その期間は体力的だけでなく、メンタルにも厳しかったであろうことは私も同世代であるだけに容易に想像がつく。がんの治療技術は進歩して寛解確率が高まって来たとはいえ、死に至る確率がゼロではないというプレッシャーは厳然と存在していたはずだが、その間に没頭できる対象を見つけたという事のようだ。そして、同時期に後輩のお別れ会に出席した時にその後輩が書いた記事を綴じ込んだ小冊子が遺稿として配られたこと等から、自らの遺稿集を作ろうと思い立ったという。

そして、「遺稿集」作成にとりかかり、原稿を読み返し、選び、構成、校閲、本文を組み、ゲラを作り、装丁を考えるといった、一連の工程を一人で実行している。門外漢の私にはそれらの工程を楽しむという感覚は十分理解できない所もあるが、「抗ガン剤治療とはまた別の自己治療」だったという感想を述べているように、その時間は充実した素晴らしい時間だったのだろうと思う。

本書は「僕が出会った人」というタイトルの通り、著者が第一線で活躍していた期間に出会った人を中心に、司馬遼太郎に代表される「街道をゆく」に関連する人々や木村伊兵衛を始めとする写真家達、そして、映画監督、作家、俳優、歌手といった多くの人達との出会い、対話を書き綴っている。当時の週刊朝日やアサヒカメラなどに書かれた文章が多いが、一部は企業の広報雑誌、自身のブログやブック・ナビという書評サイトに掲載された文章も加えられていて、多様なメディアで表現活動をしてきたことが良く判る。

司馬遼太郎の取材旅行に同行していた経験を通して、司馬遼太郎の「街道をゆく」は1971年から1996年という長期に亘り週刊朝日で発表されて来たが、歴代担当記者の一人として司馬遼太郎との取材旅行で国内外を共に歩き、語り、飲みということだから、その時間を通してお互いが見えてくるということだろう。人は言葉にしなくても、日々の生活の中の行動でその人の姿を見ることが出来る。「司馬遼太郎とは」と大上段に構えて語る必要もなく、「余談の余談」に表現された日々の体験談からは「司馬遼太郎」だけでなく「山崎幸雄」の双方が私たちに見えてくる。

そして、細かな機微が書かれていることを読むにつけ、司馬遼太郎との取材旅行の何年も後に「余談の余談」を書くことが出来るということに驚かされる。多分、職業柄から丹念な取材メモや記録が残っているということなのだろう。そうした、詳細な記述がされている本書を読んでいると、その時代の私をその状況に置いて、時代を振り返ってみるという読み方になってしまうのだ。

著者の仕事歴からすると司馬遼太郎や木村伊兵衛といった人達が登場するのは想像がつくが、ジャズ評論家の平岡正明についても週刊朝日や朝日ジャーナルで出会いのチャンスがあったというのは羨ましい限りである。また、週刊朝日の「人物スポット」(1973年)というコラムには多様な人々が登場する。1973年といえばまだ入社して3年目だと思うが、若手記者がこうした人々とのインタビューを行い、コラムを書いていたというのも、広範な分野カバレージは著者の視野の広さということなのだろう。例えば、萩原健一、阿久悠、藤圭子、三国連太郎、白川和子、深作欣二といった人々と対話をしている。

同年代の私がIT業界に身を置き、学生時代からの趣味・志向とは無縁の仕事に24時間追い回され、ストレス解消のための逃げ場としてのみ映画や音楽が存在していたのとは大違いである。従って、多くの魅力的な人々との出会いを示されると、羨ましさを感じるのだが、冷静に考えれば趣味と仕事の違いは想像以上に大きいはずで、羨ましさというのは読み手側の勝手な感覚であろう。別の言い方をすれば、著者は自らチャンスを具体化して良い仕事をしてきたという事だし、それも実力と納得するばかりである。

本書に描かれている何人かの人達は、私自身としても記憶を刻んでいる人もいる。その内の一人が「人物スポット」で取り上げられている萩原健一である。インタビューが行われた1973年といえば彼は歌手から俳優へシフトしていたこともあり、歌手としての時代を「テンプターズでは実力より先にスターになった。譜面も読めずに歌をうたっていたという、うしろめたさもあったし」と語っている。その言葉を読んで、萩原健一に関する記憶が思い起こさられた。それは、私がまだ学生の頃、彼がザ・テンプターズのリードボーカルとして「エメラルドの伝説」(1968年) をレコーディングした際に、この曲の作曲家である村井邦彦氏に誘われてビクターのレコーディング・スタジオに行っていた。

そのレコーディングはかなり苦労の連続で、演奏も唄もなかなか上手くいかず何十というtakeを録音していたことを思い出す。しかし、レコードがリリースされるとその楽曲は大ヒットした。レコーディングを見聞きしていたこともあり、私はレコード化されるという意味は、それ自体が創作活動であるというのを痛感した覚えが有る。そう考えると、萩原健一が全く音楽を離れて俳優として生きることにハンドルを切ったのは、自身の才能に関する冷静な判断として納得できるというものだ。

こうして、「著者」と「出会った人」と「私」が時間を巻き戻して存在出来る楽しさを味わいながらの読書であった。

本書を当初の狙いの「遺稿集」としてではなく、著者自らの手から受け取れたことは本当に嬉しかった。こうした本に接し、私も働いていた頃の原稿を整理してみようと思いながら本を閉じた。(内池正名)

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2011年4月11日 (月)

「ポリティコン(上・下)」桐野夏生

Poli

桐野夏生 著
文藝春秋(上448p・下416p)2011.02.15
各1,650円

まず断っておきたいのですが、この記事はいわゆるネタバレです。ただしそのネタバレが的を射ているのかどうかは、僕にも分かりません。いずれにしても、これから桐野ワールドに浸りたいと思っておられる方は、小説を読んでからもう一度、ここへ戻ってこられることをお勧めします。と前振りしておいて、まずはそのネタバレから。『ポリティコン』は、桐野夏生の小説には珍しい「ボーイ・ミーツ・ガール」なのだった。そのことが、800ページ以上あるこの小説の最終ページまで読んできて分かった。……と、言ったそばから弱気になるのだが、この見方に同意してくれる人はいないかもしれないなあ。これはどこから見ても普通の「ボーイ・ミーツ・ガール」の青春小説じゃないし、読み終えて感動の涙を流すこともないからなあ。

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2009年5月 7日 (木)

「ホーチミン・ルート従軍記」レ・カオ・ダイ

Hochimin レ・カオ・ダイ著
岩波書店(386p)2009.04
2,940円

本書(2009417日発行)を手にしたすぐ後に、評者はベトナムの公的機関から表彰を受けるためベトナム・ハノイに出張した。フランス占領時代に建設された立派なオペラハウスで式典が挙行され、国家の重鎮も顔をそろえ、その模様はTVで生中継されていた。そうした晴れがましいイベントに身をおきながら、ハノイの中心部に居るということもあり、北爆やベトナム戦争の多くの情景がどうしてもフラッシュバックしてしまう。目の前で繰り広げられている華やかさとの40年前の感覚とのギャップに戸惑うばかりであった。

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2009年4月 2日 (木)

「崩御と即位」保阪正康

Hougyo保阪正康著
新潮社 364p2009.01
1,890円
 

この数年間に限っても、天皇制および天皇家についていくつかの議論がなされてきた。女性天皇の是非、靖国神社の合祀問題、人格否定問題などであった。しかし、内容の賛否に関わらず、議論の過程においても「象徴」を対象とするが故の踏み込みの甘さが如実に明らかになったし、議論のプロセス自体も曖昧さが目立った状況といえるのではないか。本書は保阪が近代日本史を検証するという視点で「天皇と時代」というキーワードを掲げ、その核心は先帝の「死」と皇位継承者(皇太子)の「天皇への就任」という事象にあるとの思いで書かれたもの。対象としている時代は孝明天皇の崩御から、明治天皇・大正天皇・昭和天皇・今上天皇の即位という範囲である。

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2008年12月26日 (金)

「堀田善衛 上海日記」紅野謙介

Hotta 紅野謙介編
集英社 (440p)2008.11.05
2,415円

横浜山手「港の見える丘公園」の緑に埋もれるように神奈川近代文学館はあるが、そこで本年(2008年)10月から堀田善衛展が開催された。目玉のひとつが本書のベースとなった未発表の日記である。第二次大戦の終結前後の19ヶ月間、堀田は上海に滞在し、日本にとっての敗戦、中国にとっての解放という異常事態の真っ只中で日記を書き綴っていた。堀田は戦後上海や中国に係わる作品を数多く発表しているが、特に、1959年に出版された「上海にて」に描かれている多くのプロットはこの日記の中にあることが分かる。日記と推敲された文章の違いは大きいが、日々の断片的な思いである日記からは推敲された文章とは違った意味のパワーを感じるものである。

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2008年11月 9日 (日)

「香港映画の街角」 野崎 歓

Honkon 野崎 歓著
青土社(336p)2005.02.25

2,730円

『インファナルアフェア』を見て以降、香港映画を見ることが多くなった。「香港ノワール」と称される香港の犯罪映画、黒(ヤクザ)社会と警察組織を素材にした映画は、かつてチョウ・ユンファが主演した『男たちの挽歌』シリーズ が大ヒットして人気を集めた。でもシリーズの監督、ジョン・ウーらがハリウッドに去り、香港の中国返還などもあって製作本数やヒット作も減り、ノワールだ けでなく映画界全体が沈滞期に入ったと言われてきた。

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2008年11月 6日 (木)

「本人の人々」南 伸坊

Honnin 南 伸坊著
マガジンハウス(156p)2003.11.20

880円

「ひ との身になって考えることを実践してみた」。これを「本人術」と称する本書は、我々が普段考えている「本人」という思いを揺るがすパワーがある。70名 (正しくは69名と一匹)を対象に南がその人物に扮する写真と各々に添えられた短文で構成されているのだが、思わず笑ってしまうものや、まったく似ておら ずいかがなものかと考えさせられるもの等なかなか楽しめる。

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「僕とライカ」 木村伊兵衛

Boku 木村伊兵衛著
朝日新聞社(188p)2003.05.30

2,100円

木村伊兵衛、ライカを持つ姿は下町のカメラ好きのオジサンそのものの風貌、いい人なんだろうなと思う。戦前・戦中・戦後と活躍してきた木村の代表作品とエッセイをまとめたこの本は遅れてきたカメラ小僧の私には勉強になる一冊だ。紙芝居に群がる子供たちを木漏れ日の中に撮った写真を表紙の上半分に配し、下半分の余白には黒のタイトルがキリリと占めて、ページをめくる期待をゆっくりと醸成する。そんなシャレタ装丁の本である。

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2008年11月 4日 (火)

「骨の健康学」 林 泰史

Hone 林 泰史 著
岩波書店 新書 (243p)1999.06.21
735円

骨粗鬆症という言葉が市民権を得て以来、骨への関心は加齢学と共にますます強くなっている。これは時宜を得た書、科学としての骨の働きと、一般人が留意すべき点を的確に教えてくれる。全7章立て、順を追い、また重要点は繰り返され、学習に容易な構成。

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